元老院隔離区 3
破片が落ちて跳ねる。
バラバラとなった椅子、斜めに両断された長剣、音もなく落ちた骨の面……赤色は、斬った刀の刀身のみだった。
俺から見て左へ、吹っ飛ばされ、落ちて転がり距離をとる骨面、手の長剣は片手剣と先の尖った棒に斬られて別れ、顔を隠してた骨の面は右のこめかみを切り飛ばされていた。
咄嗟の判断、切り裂かれた椅子を見ての切り替えたのだろう、身動き取れない空中にて、振るわれた斬撃を受けるでなく、緋色の斬撃を動かさず、真剣白刃取りの要領で、刀身を斬られた長剣で挟み、掴み、自分の体の方を動かし避けて見せたのだ。
見事、としか言いようがない神業だった。
だがしかし、それは死地における極限の集中力が産み出した偶然だったと、露わになった骨面の、右の眼差しが自白していた。
大理石に近い白色の肌、こぼれ出た髪は明るい紫色で、その目はまさしく夜空のように暗く、なのに星のような光を煌めかせていた。
一風変わった容姿でも、例えそれが極一部であったとしても、焦りと恐怖は見てわかる。
それだけ、一本角は強いということだ。
俺は無意識に、刀を正面中段に構えていた。
……これは、防御の構えだ。
相手が繰り出してきた攻撃を弾いて防ぐ、ヘケト流では悪手とされる構えだった。
なのに、とらざるを得ない。
これは経験か、本能か、とにかく防御に徹しろと体が動いていた。
……そんな俺を見てるのか、一本角は着地の姿勢からゆっくりと立ち上がる。
両手を下げ、右手の刀も下げ、ただ真っ直ぐ、少し前屈みに、立つ。
強者の余裕、なのだろうか、動く気配は感じられない。
…………俺は、動けなかった。
いわゆる先に動いたら負け、とも違う。何かしたら今よりきっと悪くなる、希望のない絶望の硬直、皮肉にも、漏らす前の緊張と少し似ていた。
そんなジリリと炙られる静寂、最初に耐えきれなくなったのは骨面だった。
二つに別れた長剣の柄の方の棒をぶん投げ、同時にその影に隠れるよう、踏み切った。右手残した切っ先を腰だめに、突き刺しの姿勢で加速する。
先行し、回り飛んでくる棒に、一本角は向きなおり、しかし避けず構えず防がず、その胸に棒は命中した。
ガキィーーーーーン、と響く金属音、なのに一本角は動じない。
無傷、不動、対して骨面は動じて足をわずかに緩める。
そこへ一本角が突っ込んだ。
動きとしてはほんの数歩、されど流れる動きは瞬く間に距離を潰して両者を両断の間合いへ。
斜めに振り上げられた緋色の刃に強張る骨面、防御不能、回避無理の窮地に身をすくませてる。
……俺でなければ間に合わなかった。
全力の加速は恐怖を置き去り、瞬時に死地へ、緋色の刃が届く距離へと俺を運ぶ。
素早い反応、向き直る一本角、迎撃の横薙ぎに、俺は右へと、骨面とは逆方向へと跳ぶ。
が読まれてた。
地を踏む足はそのままに、重心を滑らせ、刀を右から左へ持ち替え、首はしっかりこちらを捉え、それら一連の動きが連動して放たれた横薙ぎに走馬灯も間に合わない。
……回避できたのは漏らしてたから、湿った足元が大理石に滑って転べたからだった。
未熟な俺は、生き長られ、手にした貴重な時を尻餅つきながら幸運に感謝するのに使い果たした。
そして次に見上げた、高々と角に重ねるように振り上げられた緋色の刀に、為すすべが思い浮かべられなかった。
あとは振り下ろせば俺は両断、なのに一本角は、その代わりに右足を横へと跳ねた。
その一動作で蹴り飛ばされたのは骨面だった。
軽装の体を折り曲げ、苦悶の声を上げながら吹っ飛ばされる。
できた隙、俺は迷わず引いた。引くしかなかった。
転がり、嗚咽を漏らしながら立ち上がろうとする骨面、一本角が狙ったのは骨面だった。
蹴り上げた足でそのまま踏み込み、間合いを詰めての更なる追撃、左手を振り上げて見せた背中は、俺には隙だらけに見える。
それは誘う罠かと疑う余裕もない。
だが未熟な俺は、その罠から逃れらなかった。
息を飲み、もう一度の全力加速、踏み締め蹴り出し駆ける中で思うは最悪の動き。
そして一本角はその最悪の動きをしやがった。
振り返り様の横薙ぎ、斜めに切り下ろす斬撃は思い浮かぶ限り最適で最悪な攻撃だった。
だがお陰で助かった。
ヘケト流剣術『泥たまり』
踏み込み着地するはずだった左の足の、膝の力をわざと抜き、勢いに負けてわざと潰れる。
打ち付けた膝への激痛と身動き取れない状況と引き換えに得られるのは、加速中の急激な下への回避、基本技の中で最も練習が嫌だったこの技は、それに見合った効果をもたらし、俺を緋色の刃が走る下へと滑り込ませた。
痛みに眩む一瞬、一本角と目線が合う。
相手に驚きが、感情が、あるかは知らないが、できた隙は美味しく頂く。
片膝立ちの姿勢、激痛、そこから放つ後追いの跳ね上げる斬撃は、刀を振り切り止まる寸前の、一本角の左の指のどれかを斬りつけた。
……伝わる感触は希望と絶望が混ざっていた。
響く感触は、こいつが中までギッシリ金属であると、つまり斬り捨てて構わないゴーレムということ、だがしかし、生半可な斬撃じゃ傷一つ、指の一本も落とせないと、知らしめた。
飲んでた息が、漏れ出てしまう。
扱うは名刀、動きは機敏、力もありそうで、強度は鋼、ついでにゴーレムらしいから心も不屈か?
同じ剣士でありながら、全てにおいて上位の、いや脚力はこちらが上で、それ以外負けてる相手に、最後の最後で出くわすとは、笑えない。
俺の折れそうな心とは裏腹に、痛みの少ない右足は素直に動いて床を蹴り、距離を作った。
一本角に、その指にダメージは見られない。それでも警戒のためか、距離を離してくれた。
これで仕切り直しだ。
だがもう、嫌だった。分が悪すぎる。
…………真面目に、未熟者と呼ばれていいから、逃げる、ということを考え始める。
別に問題はこいつの攻略ではないのだ。それにここに人影はない。ならば逃げて、先に問題を解決しよう。
……そうしよう。
思い、答えを出して、踏み込む手前、骨面が、吠えた。
………………それは響き渡り、静寂を壊し、言葉に形容しがたい音色で、だけども心には伝わる、感情の爆発だった。
全てを吐き出し、立ち上がり、構え直す骨面の眼差しに、逃げる意思などない。それだけ強い覚悟が、そこにあった。
……こいつと、骨面との間に何があったかは知らない。興味もない。それに何かがあったにせよ、俺には関係ない話だ。
……なのに、あぁなのに、未熟な俺からは、逃げるという発想が消え去ってしまった。
あぁ未熟者、己を笑いながら、俺は刀を構え直した。
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