格納区 監禁部屋 2
…………バカか、と誰もが思うだろう。
俺だって思ってる。
俺はバカだ。
ヘケト流剣術は脚力と機動力が肝、それを自分から潰して、あまつさえ苦手とする腕力と持久力が勝負の鍔迫り合いに持ち込むとか、未熟以前の問題だ。こんなんならヘケト流を名乗ることすら
……それでもなんとかなってるのは、骨面が少女だからだ。
俺に負けず劣らず非力で小柄な身体、長い得物はそれを補うため、遠心力を乗せるためらしい。その代価として鎧の類を捨てた軽い装備、機動力重視の一撃離脱戦法、即ち俺と同じスタイルなのだ。
詰まるとろお互い苦手分野での争い、ゆえに拮抗している。できている。
……熟練者なら苦手でも、受け流したり絡め取ったり手がありそうだが、未熟な俺にはそんな手はなく、骨面にもないようだった。
未熟な二人の未熟な争い、未熟同士でも負けてるのは俺の方だった。
ジリジリと、確実に押されてる。若干だが、骨面の方が腕力が勝るらしい。
焦りを噛み殺しながらチラリとドアを見ても、ドラム缶は崩れたまま立てず、中からの援軍は望めない。
……この状況、打開する手が、技が一つしかない。
そいつをやらないのは嫌悪感と恥じらいから、だがやるしかない。
息を飲み、覚悟を決める。
ヘケト流剣術・遊技『雨垂れ』
大層な名前、でもやることは単純だ。
口を開き、狙いを定め、舌を飛ばす。
狙いは骨面、眼窩、その奥、真っ黒な瞳だった。
ベタリと飛び伸びたひと舐めは眼窩を抜けて狙い通り命中、ざらついた舌触りに塩っぱい味がする。ばっちい。
拭い去りたい衝動を抑えて怯む骨面から、押される力を横へいなす。
視力の低下と戸惑いとで反応が遅れた骨面は狙い通りに軸がずれてバランスを崩す。
刹那のチャンス、限られたスペース、時は足りなく、面倒な死地、脱却し切り抜ける技は……俺の一番嫌いな技しかなかった。
舌をしまうと同時に構え、放つ。
ヘケト流剣術『
足は肩幅、軽く前後に開き、刀は右肩へ、切っ先を天井へ向けて、ごくごくありふれた構えから足を踏ん張り、そこからの力に腰の捻りを加えて腕へ、全身全力込めて斜め下へと斬り落とす。
そこらの剣術でも普通に存在する、普通の、力任せの斬撃だ。
だがそんなの、俺の技量、腕力では両断など、無理だ。
だから骨面の長剣を弾き飛ばせただけでも上出来だ。
手から離れてガチャンと音を立てて壁に当たった長剣を、一瞬呆然と骨面は見ていた。
が、すぐに我に返り、俺と目が合う。
……骨面の黒い黒い瞳が、魔法の灯りに煌めいて、まるで星空のように見えた。
「殺せ!」
ドラム缶のどれかが叫ぶ。
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
続くドラム缶たち、得物の無い骨面、俺の兜割り、未熟な俺は、未熟を止めるために未熟な選択を……切っ先を向けるしかなかった。
「何をしている!」
ドラム缶のどれかが怒鳴ってくる。だが俺は、ドラム缶へ向けた切っ先をどかすつもりはなかった。
そんな俺が、どう見えたのか、骨面は一瞬躊躇ってから、闇の中へと消えていった。
▼
「……だから、あそこであのまま戦い続けてれば、そっちにも被害が出ると考えたんだよ」
口にしてる俺でさえ見え見えとわかる言い訳に、当然ドラム缶たちは納得しなかった。
それぞれが好き勝手に俺の暴言吐きまくる。その中には当然、一人一人引っ張り出しては立たしてやった俺への感謝の言葉などカケラもなかった。
「軍法会議にかけて貴様など吊るし首だ」
最後の一つが立たされながら吐く。
「俺は、とうの昔に軍、辞めてますよ」
「関係ない!」
俺の指摘をバッサリと切り捨てやがる。
「そもそも貴様は事の重大性を理解してるのか?」
「してませんよ。説明していただけますか?」
「機密事項だ。一市民には開示できん」
「じゃああの骨面は何者です? 知ってるから殺せと言うんでしょ?」
「機密事項だ」
「ならせめて何故ゴーレムを、いやどのゴーレムを倒しちゃいけないかぐらいは指示くださいよ」
「機密事項だと言っておるだろうがたわけが!」
あぁこれは、確かに、ブチ切れられて閉じ込められてもしょうがないな。
……ただ、これは勘、に近いものだが、このドラム缶たちに焦りというか、恐怖のようなものが感じられる気がする。それも命に関わるようなレベルの、だ。
それが保身か、国の威信か、あるいは世界の命運かは、未熟な俺には計り知れなかった。
「この責任は全てケイくんにとってもらう」
「へ?」
いきなりの責任転換にドラム缶のどこかに混ざってるケイがスッキョントンな声を上げる。
「そうだろう? あのジェネラルを逃したのは君の部下だ。ならば責任は君にある。だから追跡は君が率いて行くべきだ」
……この時初めて、どれがケイだかわかった。
ズラリと並ぶドラム缶の中から、離れ、外され、除け者にされ、一面が磨かれて輝いてる一つ、そこからケイの声が聞こえてきました。
「わかり、ました」
不満が隠しきれてない声だった。
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