第18話 Ray・The・Obductをプロデュース
「伊緒ちゃーん、ちょっと待ってよ早いってばー。」
『ケーヤ』から出た後、逃げ去るように足早に駅へと向かう伊緒を追いかける麗。
「......るさい......うるさいっての......」
橙色に染め上げられた街中を、ぶつくさと文句を垂れながら伊緒は麗を無視し歩き続ける。
「何?伊緒ちゃん放置プレイのつもりなの?それならそれでいいと思うけどさっ!!」
「のぁ!?」
麗が半歩踏み込むその瞬間、背中に人肌の熱を持つ質量がのしかかり、伊緒はその場で転げた。
「お前何すんだよ!!いったいなもう!!私怪我人なんだぞこう見えてさ!!」
「ごめんねー伊緒ちゃん、こうでもしないと私と向き合ってくれないじゃない?こっちは色々聞きたいのにさぁ?」
伊緒を押し倒しながらいつものテンションで、伊緒を見つめながら軽快に喋る麗。
「はーなーせーよー!!人が来たらどうすんだよ!!不審者扱いで通報されるぞ!?いやする!!今すぐ私はする!!」
「まーたまたー、わざわざ人があんまいないとこ使って帰ろうとしといてさ?私に襲ってくださいって言ってるもんでしょ伊緒ちゃーん?でさ。」
伊緒の両腕を押さえつけながらぐいと顔を近づける麗。
「代表戦、なんで断ろうとしたの?あんな大金かかってるのに伊緒ちゃんが飛びつかないとかおかしいでしょ?」
「そ......それはさ......」
思わず伊緒は眼をそらす。初めて麗と話した時と同じ状況になっている。前とは違い、荒い鼻息がかかってはこないが。こいつ、こんな整った顔していたか?眉とかどう剃ってるんだ?
額から垂れる汗が頬を伝わり、麗の褐色をより艶かにしている。夕日をも反射して少し赤みがかかった髪が伊緒の頬に触れる。こそばゆさこそ感じたものの、なぜか不愉快な感じがしない。でも、駄目だ。こいつの瞳がまっ直ぐ過ぎて直視できない。こんなに、こんなにも私の事を見てくれる人なんて、今までいなかったんだ......なのに......
「ちゃんと言ってくれないとずっとこのままよ?いいわよ私は通報されても。正直、そういうの慣れてるし。」
不意に、麗の表情に陰りが生じたのを伊緒は見逃さなかった。
(しっかりしろ伊緒......ここで言わなきゃ、ここで立ち向かわなきゃ私は人として終わるぞ......ッ!!)
「あのさ、その前に私の質問に答えて貰ってもいい?」
「えー、質問を質問で返すの?ちょっとそういうのなー?」
「いいから。イエスかノーかで答えろ。」
組み伏せられてるにも拘わらず、毅然とした態度で麗に命令する伊緒。全く不利な状態なのになんでこんな強気になれるんだ、伊緒は自分の横柄ともいえる態度に思わず苦笑した。
「ふふっ。やっといつもの伊緒ちゃんらしくなった!!いいわよ答えてあげる。」
普段のように、麗が微笑む。顔が、近い。
(やっぱこいつは笑ってた方がいいわ......ってそうじゃなくて!!)
伊緒は雑念を消すために、首を横にブルブルと振り、麗をもう一度見直す。
「いつもの私ってたいして長く付き合ってないでしょうに......じゃ、じゃあさ......」
言うしかない、今この瞬間にしか聞けないのだから。
「な.....なんで、私に......」
「伊緒ちゃんにぃ?」
(構うの?こんなに好きでいてくれるの?何?これは告白タイムぅ?ついに私の思いが伊緒ちゃんに届いたのね!!何が来てもOKよ!!)
迷いを抱えていても真摯に麗を見つめる、伊緒の濁りつつも熱い瞳。心の奥に潜むもう一人の自分が、ダブステップで踊り始めている。麗のテンションは金曜夜の居酒屋よりも高まっていた。
「キレないの?」
「それは伊緒ちゃんの事がッ!!.....へ?」
伊緒の口から飛び出たのは、愛の告白などという甘いものでは無く「何故自分に怒らないのか?」などという理解に困るものだった。
「え......伊緒ちゃんに私がキレなきゃいけないの?何故ぇ?そういうプレイがしたいの?叱る伊緒?」
「アンタさっき私が何してたか聞いてたわよね?何か思う事とか無かったの?」
「えっとー......『
「う、うるさっ!!わりと気に入ってたんだよ、あの名前!!もうイオンには会えないけどさ......て聞きてえのはそこじゃねーよ!!他にあっただろ!?」
「伊緒ちゃんに友達がいたことは正直驚いたわね......いや、ホント、武尾さんもなんかこう、伊緒ちゃんの同類って部分あるわよね。ちみっこに対する態度とか......」
伊緒と喧嘩しつつも、津瑠子に対して時折キツイ事を言うはづきを思い出しながら麗は溜息をついた。
「お前さぁ!?ホントに私の事好きなの!?さっきから私の事何もわかってないじゃない!!何が言いたいか位察せよぉ......!!」
「うわぁ、めんどくさい彼女って感じ.....」
「そうだよめんどくさいんだよ私は......屑なんだよ私はさぁ......」
伊緒の目から涙が溢れ出す。
「......伊緒ちゃん?」
「タケとの件とかさぁ、アンタが藤間と戦ってる時とかも私は自分の事しか考えてなかったよ......」
「うん、武尾さんのはともかく私は予想できてたわよ?だって伊緒ちゃんだし。」
「だからさ、なんでキレないの......?おかしいよ麗......普通許さないでしょ私の事......」
「伊緒ちゃんがそう思うってのはさ、私に対して罪悪感あるって事なのよね?それは嬉しいんだけどー?あ......」
何か納得しように微笑む麗。
「だからなの?代表戦断ろうとしたの?私の為?」
「......悪い?私にだってさ、目の前で私の為に血まみれになってる人がいればそん位の判断取るわよ......」
「そんな事?私は大丈夫よ、伊緒ちゃんの為なら。」
「だからさ、それがわからないっつてんのよ......あんたが私の事好きってのもよくわかんないし......ああ、もう!!ちょっと重いから一旦離れて!!逃げないからさ。」
「は、はい......」
伊緒に命じられ、その場から離れる麗。起き上がり制服に付いたごみをパンパンと伊緒は払いのける。
「はぁ.....もう色々聞きたいけどこれだけにしとくわ......私の気持ちも纏まんないし。」
「ふふっ、伊緒ちゃんは私に何を聞いてくれのかしら?」
「中学ん時、何してたの?」
「えっ......ちゅ、中学?中学生してたわよ?」
突然、眼が宙を泳ぎ、しどろもどろになる麗。
「誰だってしとるわ!!あの喧嘩慣れしてる動き、ぜってーなんかしてただろ?」
「い、いや、私はタダの中学生でしたわよ......ちょっとお茶目な女の子だっただけで......」
「口調が変わる位は色々してたのねー。通報されるの慣れてる、ってたし。まあ言わなくてもこっちで勝手に推測しますわ。で、コンビニ強盗とかしてたの?殺人上等、みたいな?」
顎に手を当て意地悪そうに笑う伊緒。
「そんな犯罪してないわよぉ!!傷害沙汰なら何度かやったけど......お巡りさんにも顔見知りできたけど......」
「前科持ちに変わりねえわ!!あーやっぱりかぁ......」
「院とか言ってないし......前科は無いわよ、多分......指導は喰らったけど......」
ごもりながら、虚ろな目で俯き始める麗。己が昔起こした事を思い出し、伊緒を見ることすらできない。
「知られたく、無かったなぁ伊緒ちゃんには......」
先程の元気もなく、ただただ自分と目線を合わそうともしない麗に伊緒は呆れながらため息をついた。
「あのなー麗。先言っとくけど、別にあんたの事嫌いにはなんねぇーからな。」
「そう、なの?ホントに?」
「そらそうでしょ。だってさ......だって......」
麗に気合を入れようとした伊緒だが、これから放とうとしている言葉が、なぜか口から出てこない。
「だって?」
「私の事、好きでいてくれるんだもん......」
蚊の泣くような声で呟いた後、顔を真っ赤にし、歯ぎしりをしながら伊緒は目元を抑えた。
「え?なぁにぃー?よく聞こえなかったからもう一度言ってくれるぅ?」
麗のハーレム作品の主人公のような腹立たしいスルーの一言に、伊緒の中の熱が急速に冷めていく。
「犯罪者の同級生とか珍しくていいと思うからです。」
「ちょっと!?さっきのとだいぶ言ってること違わなくない!?」
「あんたが!!私の事好きでいてくれるからに決まってるだろ馬鹿!!他に理由なんかどうでもいいわ!!」
「こふっ!?」
麗の鳩尾にストレートを決めながら叫ぶ伊緒。
「何よアンタってやつは!!私が素直になったらトボケやがって!!ヘタレかぁ!?甲斐性なしが!!」
「わかった!!わかったから伊緒ちゃんの気持ちは痛いほどわかったからね!!痛いから!!文字通りに痛いから、ね!!」
「ホントは痛くなんかねえだろぉ?受け取れよ私の愛をよぉ!!」
息も絶え絶えになっている麗を見もせずに右フックを決めていく伊緒。
「いい加減にしなさい伊緒ちゃん!!そこはちみっこに刺されたとこだって!!」
流石に我慢しきれなくなったのか、麗は伊緒の拳を掴みそのまま逆方向に捻った。
「つて!!い、いつもの調子戻ってきたじゃないか......」
「伊緒ちゃん、まさか私を元気づけるためにわざと......?」
「......そう思いたければ思っときなさいよ......」
右拳を掴まれ、振り上げられながら吐き捨てるように伊緒は言った。
「本当はぁ?」
にやつきながら伊緒に顔を近づける麗。その瞬間、伊緒は覚悟を決める。
「......前払い......」
「んー?ッ!?」
伊緒は自由になってる左腕を麗の首元に回し、そのまま自分の方へと顔を引き寄せた。目の前にきた瞬間、麗が抵抗する前に、そのまま舌先で唇をこじ開けた。
(ぬ、ぬくい......)
麗の柔らかさと体温、先ほど食べていたカツサンドのソースが伊緒の唇から脳へと伝わる。これが、麗の中身なのか。見た目に反さない熱さだ、私は、こんなものを受け入れようとしているのか......やがて、酸素を求めて口を離し目を開くと麗と伊緒の間に糸が引いた。
「ぷはッ!!麗!!参加してやるわ代表戦!!こいつは私からの前払いよ!!ありがたく受け取りなさい!!」
「ん!?ぬ!?」
突然、伊緒と唇が重なった。その事実が受け止められずに麗はただただ混乱している。
「何ボケてるの?あんたこうなるの望んでたんじゃないのぉ?やっぱヘタレ?」
「そ、そうなんだけど......まさか、伊緒ちゃんからこうしてくれるとかその、予測範囲外だったというか......ま、まずはこう、雰囲気とかそういうの私大事にしたくて......」
「はぁ~!?嬉しくないのぉ!?こういうの欲しがってたと思って私のファーストキスをあげたってのにぃ!?」
恥の上塗り。恥ずかしさと怒りが混ざり合い最早何を口にすればいいか伊緒にはわからない。
「い、いや、嬉しいんだけど!!とても嬉しいんだけどさ!!その......今、欲しくなかったっていうか.....贅沢言ってるのはわかるんだけど......」
「私のした事は擦り抜けで当たったピックアップ外レアと同じなわけぇ!?ざけんな馬鹿ッ!!」
耐え切れず泣きながら麗を突き飛ばす伊緒。
「ごめん伊緒ちゃん!!擦り抜けってのはよくわからないけど私そんなつもりじゃ!?」
「うっせーバーカ!!私の純情返せヘタレズ!!てめぇなんかあのチビに膾切りにされちまぇ!!」
「いや!!ちょっと待って!!い、伊緒ちゃん~!!」
立ち上がると麗は、泣きじゃくりながら駅へと走り出す伊緒の後を追い始めた。そんな二人を後ろから見ていた影が動く。
「
深いため息をつきながら、伊緒と麗が絡んでいた場所へ紅音は歩き出す。
「こんな事だろうと思ってつけてみたら......たく、なんでこんな腑抜けちゃったんだか......でも、あの時の貴女にもう一度会いたいのよねぇ、私。」
制服の内ポケットから、傷一つない白銀のスマホを紅音は取り出し操作する。
「津瑠子はちゃんとやってくれるかしら?ねぇ?桜中の銀狼さん?」
スマホに保存していた写真を見て、せせら笑う紅音。そこには、拳に鎖を巻き、銀髪と制服に返り血がついた、中学時代の短髪の麗が写っていた。
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