第4話 Dis・モーメントをプロデュース

 朝食も終わり、少々時間がたった後。


「それじゃ、私は出かけるから後はよろしくね、伊緒。麗ちゃんと紅音ちゃんはゆっくりしていってねー。」

「いってらっしゃい姉さん。遅く帰ってきていいよー。」

「またお会いしましょうお義姉さん。」

「いってらっしゃいませ伊澄香さん。」

 伊澄香を見送る伊緒、麗、紅音の3人。3人とも朝食を食べたばかりなのに、何故か顔色が少々青黒く見える。

「さて、と......」

「なんか......ごめん......」

 伊澄香がドアを閉め、鍵がカチャりと音を立てたのを確認した後、伊緒が溜息混じりで呟いた。

「まさかご飯食べてるときに、あんなに感想聞かれるとは思わなかったわ......」

 麗が疲労を隠し切れず、額を手で押さえながら応える。

「その、頂いている立場としてこういうこと言うのもなんなんだと思うのですが......こう......思ったよりは良かったなぁ、ってものに対して称賛を大量に求められるとこちらも困惑するというか......いや、美味しかったんですけど......いい味だったんですけど......」

 紅音も申し訳なさそうに吐露する。

「いや、姉さんを止められなかった私のせいだから、あんま気にしなくていいよ保寺さん......ちょっと気合いいれるとさ、そのことばっかに気になっちゃうのよね伊澄香姉さんは......」

「私、一生分の『ふわふわ』って形容詞でものを褒めた気がする......」

「ハムエッグはまだわかるけど、味噌汁と自家製沢庵にふわふわは無いわ麗......」

AnyWaysま、ともかく、次から褒め言葉のボキャブラリーは増やしとくとして。あれやっちゃいましょうか。」

 紅音が持ってきた黒色のバッグに手を入れ、ゴソゴソと探り始めた。

「そうね、時間的にもちょうどいい感じだし。伊緒ちゃんのお部屋ってBlu-ray再生できる?さっきお部屋入ったときよく見てなかったからさ。」

「あんたベッドしか見てなかったもんね。私は持ってないけど、姉さんがポータブルプレイヤー持ってるから部屋から取ってくるね。許可なら取ってあるから。」

「私は伊緒ちゃんしか見てなかったわよ。え、ポータブル?画面小さくない?」

「ケーブル経由してTVに繋げればいいでしょう?」

「......そんなことできるの?」

 ぽかんと麗は口をあける。

「え、それマジで言ってんの?」

「麗はもう少し最近の機械に詳しくなりましょうね......」

「い、いいじゃないの少しくらい苦手なもの位あったって!!それより紅音ベニオン、あんた何時までバスローブ着てんのよ?見てて暑苦しいのよね。」

「それがね......どうやら伊澄香さん、私の着替えを洗濯機に入れてしまったみたいで......」

「ぶほっ!?」

「姉さんなにやってんの!?」

 なるほど。先ほどから風呂場から鳴っている鈍い回転音、稼働中の洗濯機の中に紅音の私服が回っているわけだ。

 「紅音ベニオンあんたこのままずっとバスローブなの!?クッソウけるんだけど!!お義姉さんのほうがよっぽど芸人の才能あるわーっ!!天然って怖いわね?FuckYeahってやつじゃないこれ?このままお家帰るの?ねぇ?ねぇ?」

 麗が床を拳をバンバンと撃ちつけながら腹を抱えて笑い転げる。

「人の家の床を叩くな糞女。とりあえず私の部屋行こうか。何か着替え用意しとくから、今日はそれ着てて保寺さん。次の学校で服返すからさ。」

「え、紅音ベニオンあんた伊緒ちゃんの服着れるの?その体で?私のなら多分着れそうだけどさ。」

「バスローブかベビードールの二択かぁ......外出れないのに変わらないわぁ......」

 伊緒は言うまでもなく、麗より縦にも横にも前にも後ろにもデカい身体を持つアメリカと日本人のハーフ令嬢、保寺・T・紅音。悩みは自分に合うサイズの服が普通の店で中々買えないことである。制服でさえも特注だ。

「まあ、私の古着だし。いくら汚しても伸びちゃってもかまわないからさ。」

Soz ごめんね......このお礼はいつか。着替え持ってきてくれるように家には連絡しとくね......」

紅音ベニオン結局伊緒ちゃんの服着れるの!?なにそれうらやま!!」

「あんたは早く私のブラ外しなさいっての!!」

「......そうね。思った以上に苦しいわこれ。そんなに気持ちよくもなかったし、はい。」

 麗は背中に手を回しホックを外し、胸元に寄せてから伊緒にブラを渡す。外すさいに麗のたわわな乳房がプルンと揺れるのを見て、伊緒は舌打ちを我慢できずにはいられなかった。

「......もうこれはいいとしてさ、先に部屋行っててくれる?姉さんの部屋からプレイヤー持ってくるからさ。」

Gotcha了解、アイス持ってきたんでそちらも持っていくわね。」

「おうけぃ。ポップコーンは塩味とキャラメル、両方持ってきたわ。勿論紙コップも。雰囲気出るでしょ?」

 紅音はスマホを操作し、麗は自分のブラを着けながら部屋にあがる準備をする。

「結構みんな準備いいのね。私が用意するの飲み物位でよさそうだったわ。」

「それはまぁ、家にお呼ばれされてるわけですし。」

「おやおや伊緒ちゃん、もしかして私が来るの楽しみで浮かれちゃってた?」

 麗がニヤニヤと笑いながら伊緒を見つめる。

「お前は早く部屋行けよな、麗。保寺さん、これ着替えだから着といて。雑だけどフリーサイズだからどうにか......なる、でしょ?」

 伊緒はソファの上に畳んであったシャツとジャージを紅音に渡す。

Sankyuありがとね。」

「......それ、後で私も着てみていい?」

「買い取ってくれるならね。」

「三田村さん、この馬鹿はホントに買い取ると思うから迂闊な事は言わない方がいいわよ。」

 紅音がバスローブを脱ぎながら、伊緒に忠告した。今の紅音は、柔らかさと神秘さを感じさせる上半身と腹もさながら、むっちりとした下半身から手入れされたであろう金色のモザイク状のものまでが丸見えだ。『ソドブリ』のまとめサイトやwikiを見るとたまに出てくるアダルトサイトのバナーにこんな外人出てたなー、と伊緒は裸体を見ながら冷蔵庫から飲み物を取り出した。

「そういえば紅音ベニオン、下着の方は大丈夫なの?洗濯機の中入ってるんじゃない?」

Sure大丈夫!!蒸れるの嫌だから予備ならバックの中にいつもいれてるわよ。」

 全裸のままバックからブラとショーツを取り出し付け始める紅音。恐らく特注なのでであろう、白色のフリルが付いた桃色のブラとショーツは、体格以外は紅音を幼く見させる。

「聞いた私が馬鹿だったわ......」

「ほら、馬鹿ども!!用が済んだらさっさと部屋に行ってくつろいでろ!!」

「「はーい。」」

 伊緒が籠に飲み物とおやつ、紙皿を詰めながら二人を急かす。これから始まることを考えたら、こんなところでぐだぐだしているのはもったいないのだ。普段あまり感じていなかった高揚感を、伊緒は身に染みていた。



「というわけでーっ!!第一回映画鑑賞会in伊緒ちゃんハウス開始!!」

「Yeah!!」

「おーいぇー。」

 伊緒の部屋にて、麗が紙コップに注いだコーラを掲げ音頭をとる。それに続き、紅音と伊緒もコップを掲げる。

「最初外でも出てブラブラしようかと思ったけど、伊緒ちゃんあんま連れまわすのもあれだなーって思ってさ。せっかく伊緒ちゃんち行けるなら映画の鑑賞会もいいかなーって。」

「麗にしては名案だったわね。」

「これに関しては感謝してるわ。正直、今月あんま小遣い持ってなかったからさ私。見たいもんレンタルするきっかけにもなったし。」

「どうせゲームに小遣い使い過ぎたんでしょ?」

「図星でございます......」

 麗の突き詰めるような視線に、伊緒は冷や汗を流しつつ視線を逸らす。

「まぁまぁ、それを見越しての鑑賞会なんですから。早速やりましょうよ、まずは誰のからかしら?」

 紅音がポップコーンを口にほう張りながら持ってきたBlu-rayをカバンから取り出す。

「そんな焦るなよ紅音ベニオン。てか、伊緒ちゃん珍しいシャツ持ってるのね、ダックスフンドとか。」

「いや、チワワだったんだけどねそれ......保寺さんでかいから伸びちゃったのね......」

 かつてチワワであっただろうシャツにプリントされた生き物の胴が、紅音の触れれば沈むほど柔らかく、しかし雄の大量虐殺を可能とする兵器でアコーディオンの様に引き延ばされている。

「ま、まぁいいわそんなんわ。どうせ古着だし......ねぇ。」

 平静な態度を装ってはいるものの、自分の服がこうにも変貌するとは。思わず伊緒は、ダックスフンドと化したチワワをチラチラと見ざるを得なかった。

「触ってみますか?三田村さんなら多少はかまいませんけど?」

「ふぇ!?」

「何言ってんのアンタ!?」

 紅音が得意げな顔で、見せつけるように伊緒にその虐殺兵器を突きつけた。思わず喉元から出したことの無いような声が出る伊緒と麗。

「いや、麗には言われたくはないんだけど。」

「アンタ何伊緒ちゃん誘惑してるの!?このデブ!!」

「A?年中発情期風情が人間様に意見しないでくれる?」

「なんなら発情期の流法スタイルってのを見せて、がぁ!?」

 服を脱ごうとするよりも早く、伊緒は麗の顔面に裏拳を叩き込んだ。

「ディス!!イズ!!マイ!!ルーム!!OK!?」

「ゼアじゃないかしら?」

「五月蠅い!!企画もまともに進められんのかあんたらはもう!!」


 伊緒は気づいてしまった。つい先ほど感じていたのは高揚感でなく、これからの後始末のためのウォーミングアップであったということに。

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