Mr.ローレンス

ゴルゴ竹中

第1話 看板


 5月27日、時刻は13時くらいだろうか。固い土の足場に押され、足と右腕の疲労も溜まってきた。辺り一面は変化のない草原。もし今日宿が見つからなかったら、3日連続野宿ということになる。それだけは何としても阻止しなくてはならない。


 歩いていると、大きな岩場を見つけた。岩の影で転がしていたウォーキングメジャーを置き、歩いた道を地図に書き示す。ふぅ〜と一呼吸おき、リュックの中に入れていたパンと水で休憩を取ることにした。


「変化がないのが一番きついな、3日前はこの景色が気持ち良いと思えていたのに」

そう言いつつ空を見上げては雲ひとつない青い壁に癒されていた。


 実際のところ、僕の精神をまいらせていたのは、『何もない景色』ではなく、ここ数日の『日差しの強さ』なのだろう。ただそれを口に出してしまうと何か負けた気がするのだ。誰かがいるわけでもないのだが。


 ぼっ〜としていると、進行方向右手に何か人の声のようなものが聞こえた気がした。昔から耳の良さには自信があるので、きっと民家があるに違いない。荷物を急いでまとめると音のした方角へ向かった。

 しばらくすると、巨人にも耐えうりそうな高い壁が見えてくる。人工的な物だろう。近づいて見ると自分の身長の2倍もある赤く威嚇する門が壁に備え付けられている。門の前には看板が立ててあるが、特に何も書かれてはいなかった。


 耳をすますと、やはり会話する声が聞こえる。

……間違いない、この向こうから人の声がする、それも複数。助かったなぁ。

この3日間の旅の辛さがより自分の安堵を溢れさせた。


 門には鉄格子と呼び鈴のようなものがついている。覗いてみたが近くには誰もいないようだ。

「すいません、誰かいますか?」

 少し待つと声が返ってきた。

「あ、ちょっと待ってくだせぇ」

 チンケな小悪党みたいな声みたいな声だ。


 格子の向こう側に現れたのは垂れた目が特徴的なヤンキーばりの金髪リーゼントの男だった。きっと舐められないようにこんな髪型にしているんだろうが、むしろその不似合い加減が一層ダサくみえてしまう。


「おっ、旅の方ですか? なかなかかっこいい身なりしてますね〜。その帽子、イカしてますよぉ、旦那ァ」

「ど、どうも」

 お世辞には違いないだろうが、唐突な賛辞に少し戸惑ってしまいきまりが悪い気がした。今ちょうど彼を貶したばかりだというのに。


「あのぉ、門を開けてくれませんか? この向こうは村ですよね、入れてください」

「おっと、ちょっと待ってくだせぇ旦那ァ、ここを入りたいでだすか?」

「ええ、宿屋を探しているんですよ」

 そのヤンキーまがいは髪をセットしながらん〜と悩むそぶりをしている。

「入れてあげたいのはやまやまなんすけど、この町に入るためには通行料が必要なんだすよ。金、持ってやすか?」


 なぜ入るだけで金を支払わなければならないのだろうかと疑問には思ったが、それ以上に体は休まる場所を欲していた。

「いくらですか?」

「一回につき、300万だすね」


 何かの聞き間違いかと思った。そんな大金が必要な村なんて聞いたこともない。

「冗談ですよね、300万なんて誰も払えませんよ」

「いえ、これは決まりだす。払えないなら入れるわけにはいかないでだすよ」

「そう言われても……」

 当然300万なんて大金をポンと出せるほど金持ちじゃない。

……せっかく民家を発見したと思ったのに


 諦めて門に背を向け立ち去ろうとすると、彼は慌てた様子で話しかけてきた。

「分かりやした。じゃあ、ここはあっしの計らいで30万! 30万円で構いやせん!」


 足は止まった。それは『値引きしてもらってラッキー!』みたいな短絡的な考えではない。

……何か妙だ。こんなただの門番の権限で料金を10分の1にしても良いのだろうか?

「あっしもこの金額は高いと思ってるんすよ。まあ結局あっしがチクらなきゃ済む話なんでね」

「ふぅ〜ん」

 もしかしてこいつは僕をぼったくろうとしているんじゃないのか。いや、間違いない。



「どうも胡散臭い話しですね。もしかしてあんた、僕を騙そうとしているんじゃないですか?300万というのもあんたがでっち上げた嘘なんじゃぁないですか?」

 言葉の語尾を激しくすると、彼は首を横に振りながら僕の後ろを指差した。

「滅相も無い!そんな度胸ないだすよ!その後ろにある看板を見てくだすい」


 指差す後ろを振り向く。それはさっきの看板を指していたが、そこには『門の通過、300万円 』と書かれている。

「これはあんたが作ったんだろ、下らない」

「いやいや、あっしはそんなしっかりとした看板を作ることは出来ませんよ」

 こいつの言うことが嘘かどうかは分からない。ただどうやらこっちが金を出すまで通す気は無いらしい。


 看板の後ろに回り込む。なるほど、片面だけに文字が書かれていたのか。

 何も書かれていない方をじっと見つめる。

 ふと思った。

……どうして片面しか文字を書かなかったのだろうか?どうせなら両面、もしくはこのまっさらな方だけ書いておけば、来訪者にとって分かりやすかっただろうに……


「この看板は誰が作ったんですか?」

「この村の役所の人間だすよ。あっしはただの門番だす」

「へぇ……。思ったんですけど、この看板って、表どっちですか?」

「えっ?」

「いや、ちょっと気になっただけなんですけどね」

「そ、そりゃこっち側だしょ。だってこっち側にしか文字書いていないだすよね」

「いや、こっちにも同じように『通過時300万』と書かれてあるから聞いたんですけど」

 その時、このヤンキーまがいの頬がピクッと動いた。

「えっ!? あっ、そ、そうだすよ!あっしの言った通りだすよね」

「じゃあ、この看板の表はこっちですか」

 拳でこの看板のまっさらな方をコンコンと叩いた。

「普通に考えたら、ここを訪れた時に最初に目につくのはこっち側ですもんね?」

「そ、そういうことになるだすねぇ」


 理解した。このヤンキーかぶれはこの看板に詳しくない。だとすればこれはどういうことなのだろうか?

「あんた……嘘ついたな。ここには何にも書かれてなんかいないぞ!」


 そいつは驚いた様子で「えぇっ!そうなんすか。すいません、ちょっと覚えていないもんで」とペコっとおじきはしたものの、すぐに偉そうに胸を張った。

「で、でも、それとこれとは関係ないだすよ。旦那が金を払うまでここは通せないだす」


 この男はヘラヘラと笑っている。それもそうだろう。この状況、こいつにとってはメリットはあるにしてもデメリットは一切ない。粘った方が得に決まっているのだ。なんとかしてデメリットを"植えつけ"てやりたいところなのだが……


 看板にもたれかかった思考を巡らせた。日差しの強さは今日一番のピークを迎えて、絶えず集中を乱してくる。

 ただここに疑問を見出してしまった以上、逃げ出すわけにはいかない。僕の信条を汚すことになる。



 嘘をつく門番、片面だけの看板そしてこの300万という高額通過料。一つ一つの事柄を冷静に組み合わせていく。

 すると、ある一つの解答が頭に浮かんだ。だが、何か納得がいかない。もし僕の到達した"真実"が正しかったとしたら、なおさら"この村には入ってはいけない"のだ。


「もしかして、あんたこの看板に近づけないんじゃぁないのか?」

 リーゼントは引きつった顔でえ゛え゛!?と奇怪な声を放った。

「変だと思ったんだ。この看板、普通なら両面、もしくは反対側だけに文字を書けばよいはずなのにその常識をことごとく外している」


「それにこの表面。最初のあんたの反応を見るに、ここに書かれている内容がお前にとって不利な内容ではないということは知っていたのにもかかわらず、何が書かれているかは知っていない。これはおそらくカモろうとした旅人の反応からここに書かれた内容を推測したんだろう、違うか?」

ぐぅの音も出ないかのように黙り込んでしまった。


「だとすればだ、この看板は嘘が書かれているのか。いや、きっとそうじゃない。これは言わば"あんたの方"が従わなければならないルール。つまり、これはこの村から"出て行く"時に従わなければならないルールなんだろ? ここには別にこの村に"入る"時に払わなければならないとは書かれていないからなぁ。どうだ、嘘つき。何か反論はあるか?」



 その男はんぐぐぅ……と声にならぬ声を絞り出し、悔しさのあまりか顔を真っ赤にして怒り出した。

「下手に出てりゃ調子に乗りやがって! ああ、そうだすよ!俺はあんたを騙そうとしたし、この門から出ることもできねぇ。だけど、それがなんだすか?いいだすか、あくまであっしの方が立場は有利なんだす! この門を開けて欲しかったら、必死に土下座でもするんだす、バーカ!」


 その男は必死になって暴言を吐き続けた。

 僕はふぅと溜め息をつくと、リュックを下ろし、そこから取り出した油性のペンを指で回す。

「いつまで高みの見物してる? 檻の中にいるのはあんたの方だ」


 そのペンでコンコンと看板を叩く。

「今からここに文字を書く。これは言わばまっさらなノート。可能性は無限大だな。例えばそうだなぁ……『コノ門番ノ発言、スベテ嘘ナリ。シンズルベカラズ』とかなぁ……」

「て、てめぇ、ハッタリかましてんじゃねぇ!」

「おいおい、さっさと状況が変わっていることを理解しろ。もうあんたに残された選択肢は"メリットがあるかないか"じゃなく"デメリットが受けるか受けないか"なんだ。さぁどうする? 門を開けるか、開けないか?」

 その男は言葉の圧に押されシュンと縮こまってしまった。とぼとぼと奥へ歩いていき、数分待つと地面に溜まった砂を押しのけ門は開いた。


 僕は中に入ろうとすると、彼は近づいてきて言った。

「い、いいんすか?ここに踏み入れたらもう簡単には外に出られないかもしれないんだすよ」

 さっきとは違い、純粋に僕のことを心配して言ってくれているようだった。

  僕はその門をくぐってから振り返って答えた。

「謎を解き明かしたいという探究心は開拓の精神の源なんです。この先にはきっと未知の出来事がたくさん待ち構えてる。それだけで進む価値はあるんじゃないですかね」


「あ、あんた何者なんだすか?」

僕は笑って答えた。

「ただのしがない開拓者ですよ」




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