「いつか」を待てるとは限らない

 結局、しのぶは帰らぬ人になった。

 医者もさじを投げ、終末医療という名の放棄が行われて。


 せめて、葬式には出たかった。でも健吾おじさんは、なんと、「葬式をやらない」と言い出した。その非常識な決定については、親族からもかなり文句が出たらしい。


「肉体なんて、精神を入れる器にすぎない。そう想わないか? 駆駆くん」

「大丈夫。しのぶは、儂が守る」

 俺に目を合わせず、おじさんは、そんなことを口走っていた。


 正直……。

(なに言い出してんだ? おじさんは)


 と、その時は思った。


 でも。俺ですら、号泣したんだ。「泣かない」という、しのぶとの約束を破って。肉親へのダメージって、半端ないんだろうとも思う。


 その後、風の噂で、おじさんはマルヤマ書店を辞めたらしい、という話が舞い込んできたけど、その後の行方はわからず、没交渉になった。


 ――


 曲が終わった。


 たくさんの拍手が、バルコニーにたたずむ新郎新婦へと送られる。


(祝福されてるなぁ。良いなぁ)

 俺も拍手する。幸せは、お祝いしてあげないと。


 聞いた曲は、苦味のあるのものに聞こえた。


「羽ばたこう 一緒に  


 それは、そんな羽ばたける未来が残されている場合の話だ。羨ましい限りだ。


 俺はどうしたらよかったんだよ。


 どうせ売るなら、『ほろ苦い』夢じゃなくて、普通の夢を売って欲しい。『ホロニガドリームランド』がテーマパークだと言うならば。


「駆駆」

 左肩を、ポンポンと叩かれた。


 振り返った途端、口にモサッとした感触が襲う。 

 ゴマの香りも漂う。


 振り向きざまに、にしのんに、「おみやげじゃ!」と、ごまチュロスを口につっこまれた。


 もごもごしている俺を見て、にしのんがきゃははと笑っている。


 長谷川先輩は、一瞬こちらをうかがうような表情をうかべて、

「1人で待たせちゃって、ごめんね」

 と笑いかけてくれた。


「いえ」

 と、苦笑しながら返す。


 まぁ、もともと1人なんだから。別に気にする必要もないのですよ、長谷川先輩。


「あっ! 先輩! ショーはじまりますよ!」

「間に合ったね! にしのん、カメラの準備はいい?」


 華やかな音楽が海上から聞こえて来る。


 その音を、追い風ならぬ「追い音」とするように、海には、キャラクターがたくさん乗ったお船が登場。こちらに向かってくる。彼らは、このハーバーに降り立って、華麗なダンスをこれから披露することだろう。


 長谷川先輩とにしのんも、はしゃぐことだろう。


 それに、テンションをあわせられるだろうか? 俺は。


 今は昼。


 水平線の先に、船が見える。

 船上には、キャラも見える。

 だけど、光は見えなかった。

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