おれのかんがえたさいきょうのじゃしん

 ハッピーエンドへ向かうお膳立ては、まさに出来ていた。


 てか、俺が書いたんだ!


(しのぶを、幸せな結末へと導いてあげたい。せめて、小説の中でぐらいは!)


 そんな思いで、長編処女作に書き入れた「おれのかんがえたさいきょうのじゃしん」。


 俺は、長谷川先輩と、にしのんとの顔を見て言った。

「2人にも、手伝って欲しいんだ。とてもとても、つらい思いを、させてしまうかもしれないけれど」


 俺はカバンから、タブレットを取り出す。


 小説を書く時は、基本的にタブレットを使っていた。

 そのローカル記憶領域に、マルヤマ大賞へ応募した時のデータも保存していた。


 ワープロ縦書きに成形したテキストデータの、第215ページ目を開き、2人に読んでもらう。終盤の第48章を。主人公である座椅子と、たくさんのかわいい女の子達が、大ピンチに陥っているシーンだ。



『「ごめんなさい、私もう……だめみたい。せめてあなたは、生きて!」

「まだだ! まだ、チャンスは残っているよ!」

「でも、もう、どうやったって、あの邪神の群れを退ける術なんてないわ!」

「それは理屈さ。ほら、事実は小説より奇なりって言うだろ? 俺が、絶対に見せてやるよ、小説を超えた事実きせきを、君に」

 ……

 ……』



「一ノ瀬くん? もしかして、この先を……やるの? いまから? ここで?」


 長谷川先輩は、丁鳥ていちょうさんでもあり、文芸サークル「神話文芸亭」の部長でもある。落選後に投稿サイト「カキスギ」にアップした俺の小説を、読んでくれていたらしく、理解が早かった。ありがとうございます。


「駆駆、まじ? これ、恥ずいでしょ。大学生だよ? わたし達」


 にしのんは、そう言うと思った。

 

 なにせここは、夏葉原の北側デッキを登った、NNDXビルと線路とに挟まれた小空間。夜で暗くなり、人も殆ど居なくなったとはいえ、大学生がコレを実際にやるのは、傍から見たらどう考えても異常だ。もしくは中二病だ。


 それはそうだ。


 この召還の呪文は。


 中 二 病 丸 出 し で 書 い た か ら な !


 ……恥ずかしがってたら、小説なんて書けないんだ。


「ハッピーエンドに至る道だよ! マジで頼みます。一人では成立しないんだ。後で、ジェネリックおぎの金星、20個おごるから!」


「ううー」

「わ、わかったよ!」

 2人から、しぶしぶのOKを貰う。


 秋の夜風は、ひんやりと俺たちの頬を打つ。

 強風が吹いた。長谷川先輩の服が肌に張り付く、一瞬のサービスシーン。


KP:パラレルワールド1583は、いよいよ崩れ、そして、闇に消えようとしている。

 

 そんな中、俺たち3人は詠唱を始める。


 椅子を1脚。その上に俺のタブレットを置き、テーブル代わりにする。

 その椅子を取り囲んで。


 俺は左手に、スマホを持って。


Calc:しのぶ。しっかり詠唱を拾って、異世界の、ラノベへと響かせてくれよ。


 冬佳先生は狂気状態で、詠唱に参加できない。冬佳先生の頭に声を響かせても、今は無駄だ。


 でも、俺の小説が異世界に、魔導書として具現化しているならば、俺のラノベが、異世界で「スピーカー」の役割を果たすはずだ。



 だって、そういう風に書いたもの!



『(みなさん、聞こえますか。私は今、この世界そのものに直接、話しかけています。椅子から、脚を取るのです。座椅子こそ至高! 地に脚をつけるより、地に座面の裏部そのものをつけるのです。汚れが気になるならば、シート越しでもかまいません。そして、大地の鼓動を、あなたの体で、直に感じるのです。座面越しに』



 このくだりな! 長編処女作の冒頭部に書いた、今読むと、めっちゃ恥ずかしい文言な!


 しかも、「座面越し」に「直接」感じるって、矛盾してるじゃないか。よくこんな駄文で応募したなあ。あの時の俺はさ。


 詠唱は、とあるオリジナル邪神を呼び出す、一人では使えない(と、俺が作中で設定した)ものだ。


Calc:しのぶ。ダイスを振ってもいいよね!?

KP:どのダイス?

Calc:もちろん、4面ダイスさ!


 まるで、不思議がその中に封入された、ピラミッドのような――。

 必ず同じ数字が床につく、芸術品のような――。


 そんなダイステトラを、俺たちは持っていた。

 なぜって、にしのんが4面ダイスを、ものすごく気に入ってくれたから。


 沖袋の西緩バンズで買った4面ダイスを、にしのんと、長谷川先輩とがそれぞれ持ってきていた。


 ……俺は、アパート「ハイツ・ルルイエ」の101号室に忘れてきた。なので、スマホに表示された、しのぶのダイスを借りる。


Calc:しのぶ、いいかい? 借りるよ?

KP:うん。もともと、君からもらったものだよ?


 1人ずつ振る。

 女子がトップバッターは厳しいだろうから、俺から。スマホを握った左手の親指で、俺のスマホをタップ。


「いあいあ! おれのかんがえたさいきょうのじゃしん!」

 2以上で、成功! 効果2倍!


 ちょっと恥ずかしそうに、長谷川先輩が。テーブル代わりにしたタブレットの上に、四面ダイスをコロンと。

「い、いあいあ……いちのせくんのかんがえたさいきょうのじゃしん……」

 俺のスマホのカメラに、その出目を映して入力!

 3! 成功! 効果さらに倍! 


 やけくそ気味に、にしのんが。タブレットの上に、お気に入りの四面をコロンと。

「ええい! いあいあ! かるくのかんがえたさいきょうのじゃしん!」

 俺のスマホのカメラに、その出目を映して入力!

 2! 成功! 効果、さらに倍!


 トータル8倍に、効果がアップ!

 

 そして俺は、2人に目配せをする。やがて訪れるはずのを待った。


 ……。


 ……。


 すぐに訪れた。


 ブブブブブブブーン!


 ブブブブブブブーン!


 夏葉原の夜を、これみよがしに走る、はしゃいだ外人が乗った、「にっくき」ニャルラカートの爆音。俺の敵。


 その音をしてやる! 爆音で、詠唱の恥ずかしさを消す。


「じゃあ、いくよ、2人共」

「うん」

「あいよ」


KP:現実を超えた小説きせきを、異世界に。行け、


「「「せーの」」」


「「「いあいあ! ダゴォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!」」」




KP:ダゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!




Calc:しのぶ。それは、なんの描写だい?


 俺は、確信を持ちつつ、尋ねた。


KP:白い光が、異世界へと広がり、覆いつくす音だよ。駆駆が書いたんだろ? そういう描写を、作中にさ。


Calc:そうだね。


 そう。異世界には、巨大な白い光が生まれた……はずだ。


 マシュマロのような。

 ホワイトたい焼きのような。


 かつて、俺がクトゥルフTRPGに初めて触れたときに、思った事がある。


「救いが、なさすぎだろ!」と。


 卑小な人間に対し、邪神は圧倒的な存在で、交渉もまともに出来ない。出来たとしても、ごっそりとSAN値正気度を削られて、人として暮らせなくなる。

 コズミック・ホラーに遭遇した探索者は、高い確率で、悲惨な結末を迎える。


 俺は、それはあまりにかわいそうだと思ったんだ。


 長編処女作で、座椅子に座る美少女を大量に出したのも、華やかさで、悲惨さを中和させる意味もあった。もちろん、それを読者が望んでいるだろうという、計算もあった。落選したけど。 


 人のSAN値正気度を回復させ、

 あらゆる存在の状態を回復させ、

 すべてを、悲劇から回復させる。


 リセットを司る、癒やし系の邪神。

 他の邪神による這い寄り展開を、根本からぶち壊す、反則的な邪神。

 すなわち。



 爆発オチの邪神「ダゴォォォォォォォォォォォォン」。



 俺のラノベフィクションに書かれたが、異世界で、された存在ノンフィクション


 爆発オチじゃああああああああああああくらいやがれおりゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!



KP:パラレルワールド1583には、甘い匂いが立ち込めた。白あんの匂いだ。



 邪神「ダゴォォォォォォォォォォォォン」は、現れたばかりでは、その回復力はまだ弱い。本来は、主人公と美少女の恋愛が進めば進むほど、爆発による回復力は強くなる。


 つまり、わけだ。


 今回は、白あん程度の甘い匂いと、しのぶは表現した。つまり、異世界の恋愛フラグは、それほど立たなかったと予想される。


 それでも……。


KP:小説を抱えた、冬佳先生を中心に、白い光が広がる。ノットウィッチ氏の書斎が、いつの間にか、その形を、元ある姿へ回復させていた。冬佳先生の、赤黒く変色していた目は、いつもの透き通ったそれへと回帰していた。


冬佳:ああ……。ここは……。


(よし! 冬佳先生が、復活した!)


KP:ノットウィッチ氏の書斎を埋め尽くす白い光は、ほとばしり、その外へと躍り出て、波のように広がる。すべてを浄化する、「爆発オチ」の名を冠する、癒やしの光。



冬佳:ああっ! 窓から! 窓から!



KP:広がりゆく光は、すべてを浄化しつつ、なおも広がっていく。蠢く闇の存在は、その白い光に触れるや否や、ことごとく霧散。何も無くなっていた地平線に、人工の直線が生まれた。ビル、タワー、道路。死に絶えたはずの生物が、復活する。赤く染まった空は、徐々に白に押されて領域を開け渡し、その白が通り過ぎた後には、青空が。いや、白が残った。あれは雲だ。冬佳先生は、その光のを追うべく、窓から手を放し、書斎の中を見やった。1冊の、文庫本。白い光は、その本に現れた、を中心に生まれていた。



冬佳:あああっ! 表紙に! 表紙に!



KP:露出度が高まった、数多の美少女。それを載せる、巨大な座椅子。それらの背後に、巨大な白い魚が遊弋ゆうよくしていた。それは……白く、巨大な、たいやきだった。



冬佳:ああああっ! なにこれ! なにこれ!



(まぁ、たいやきをモチーフにして、書いたからな)


 

KP:今や正気を取り戻した冬佳先生は、双眸に涙をたたえている。その涙によって屈折しつつ、彼女の目に映るもの。部屋に降り積もっていた灰は、渦を巻くようにして集まり、消え去った。そして、一人の男性が立っていた。


冬佳:せ、せんぱい! ノットウィッチせんぱい!


ノットウイッチ:ただいま、冬佳くん。ありがとう。……ああ、そんなに泣かないでくれ。私は、君の笑った顔が、大好きなんだ。

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