にしのんの場合
これだけは言っておきたい。
ニャルラカートは、俺にとっては敵だ!
肖像権侵害疑惑とか、カート走行の安全性の話とか、そんなのはどうでも良い。
「俺と先輩を邪魔するこのカート、消えるべし!」と本気で思った。
2人して、ドキドキしながら、
「どうだったの? 2人共」
俺と長谷川先輩は、はははと苦笑する。
その表情で、にしのんは察したようだ。
「えー? ちゃんといかなかったの? なにやってんですか、いおり先輩」
「ごめんね、にしのん。応援してくれてたのに」
長谷川先輩は言って頭を下げた。
「しょうがないな。でも、想いは伝えられたんですね? 先輩」
「うん。そこは大丈夫だと思う」
それを聞いたにしのんは、左足を軸にして、くるりと回って言った。
「じゃ。わたし」
「うん」
長谷川先輩の表情が急に引き締まり、コクンとうなずいた。
(? ? ? ?)
星のまばらな夜。
意識高そうなIT系ガラス張りビルディングと、土橋カメラの「橋カメ」のネオンと、その後ろに見える黄色い月。
それらを背負って、にしのんは、まるで踊るように、もう一度一回転した。
回転時に閉じていたと思しき目を、パッと開いて、まっすぐ俺の方を見て、にしのんは言った。
「わたしも、駆駆のこと好き。気付けよこんちくしょう」
そして、長谷川先輩と、にしのんとが、お互いの顔を見合わせた後、俺の方を向いて、2人同時に、へへっと笑った。
「じ、」
とだけ言って、俺は止まった。
脳の処理が追いついていない。
事実は小説より奇なりと言うけれど。
こんな事って、あるんだろうか?
いつの間にか俺は、
「……まじですか?」
「です」と先輩。
「だよ!」とにしのん。
「な、なんで、俺なんかを?」
にしのんは、底の厚いサンダルをカッと鳴らして言った。
「だって駆駆、好きな事にまっすぐじゃん。おそらく、アンタが思っている以上に、輝いて見られているよ。周りからね?」
「私も、そう思うよ。一之瀬くん」
「そ、」
そんなもんなのか?
……やばい。今度はじわじわ来る。
にしのんの告白は、まるでボクサーのパンチのような、波紋のような衝撃を俺に与えていた。
ボクシングのパンチは、あてた瞬間にすぐ拳を引くことで、衝撃を逃さず相手の体に響かせる、らしい。聞きかじりの情報によると。
まるでそんなパンチのように、まっすぐ鋭く一撃。衝撃を与えてサッと拳を引くかのような。
ブブブブブ
にしのんは、表情を崩して続けた。
「まぁ、それはそれとして、わたしは先輩と駆駆の事も応援したいわけ。でも先輩って、奥手じゃないですか。だから、先にわたしが告白することはやっちゃ駄目って、縛りかけててさ、自分の中で。あと、身を引くってのも違うでしょ? だからさ」
ブブブブブ
なんか、別世界の邪神でも呼び出す呪文か何かが、脳の中で直接鳴っているように感じた。
こんなことって、あるの?
異世界ファンタジーとかじゃないの?
「ってなわけだから、よろしく、駆駆。ちゃんと考えてね? わたしたちの事をさ?」
涼しい顔して言うにしのん。
赤面してうつむいている先輩。
困惑している俺。
ブブブブブ
風に乗って届くニャルラカートの音は、相変わらずうるさい。
「ああー、うっさいなぁ。もっと雰囲気いいタイミングで告白したかったよわたしは」
「ごめんね、にしのん。私のせいで」
「いおり先輩、いいですいいです。ちゃんと2人のいる前で、って思ってたから」
「お、」
男前だなぁ、と言いそうになるのを、俺は飲み込んだ。
ブブブ……。
うん。切れた。
俺のズボンのポッケで、さっきから携帯が振動していた。
今、大事な話をしているので、気づかないフリをしてたんだけど、ようやく諦めてくれたか……。
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
俺のポッケの携帯から、凄まじい
「うわああ!」と俺。
「きゃあーー!」と先輩の悲鳴。俺の肘のあたりがきゅっと握られた。
「ひっ! うわああああああああああん!」と、怖いものが苦手なにしのんが、俺に全面的に飛びつく。
ニャルラカートの爆音を、さらにかき消すほどの、哄笑。
この、声って……。
こわれろ! みんな壊れてしまえ! この世界も、私も、何もかも! あはははははははははははははは!
冬 佳 、 さ ん ?
どうして、携帯のマナーモードが、ひとりでに解除されたんだ?
そして、別の声が、その後に、控えめに響いた。
KP:冬佳は、壊れ行く世界の中、ただ1人、笑っている。
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