正体
世界は、マルヤマの事件をあっという間に忘れた。
でも、SNS「シュットドン」の小説クラスタでは、騒ぎは大きくなる一方だった。
そりゃそうだろう。いずれは受賞、書籍化を目指す物書きが、クラスタの中にはひしめき合って、切磋琢磨している。そして受賞作が、発売前に「似たような形」でWEBに上がっている、というんだ。
その原因は、今もって不明。
マルヤマ書店は謝罪会見を開き、状況を説明。以下の3つを告げて、事態の沈静化を図った。
・データの流出経路および流出原因は、引き続き調査中である。再発防止策については、原因がわかり次第、しっかり検討する。
・責任者を一定期間の減棒処分とする。
・応募作家の皆様には、この場を借りて再度深くお詫びし、受賞作の正式版を、しっかりと読者の皆様へと、確実にお届けすることを約束する。
創作小説に関係ない人からすれば、「どうでも良い」話だし、続報も来ないとなれば、芸能人の不倫疑惑とか、他のゴシップに押されて、話題は下火になるのが必定。
でも俺たちには、どうでも良い話では無かった。
シュットドンのハッシュタグ、「#maruyama」でタイムラインに流れてきたメッセージは、例えばこんな感じだ。
「こんなことが許されていいのか?」
「必死こいて書いたのに、勝手に中身いじられて、しかも発売前に公開されちまうなんて!」
「書いたものは、書いた本人のモノなんじゃないの?」
「ばかか。応募要項で翻案利用、オッケーになってるだろ? ちゃんと読めよ。自己責任だよ」
「だからって、ホントにやっちゃ駄目だろ」
「今後無いように気をつける、って、マルヤマの運営が言ってるじゃん」
「そんなの、信じられるわけないよね?」
「だったら、違う投稿サイトで書くなり、好きにすればいいじゃん。公開の場なんて、いくらでもあるんだから」
「いやいや、天下のマルヤマで投稿するからこそ、意味があるんでしょ? 知名度の点からもさ」
「だったら黙って従っとけよアホが」
「異世界改変でも、起きたんじゃないの?」
「完全にラノベ脳」
こんな具合だった。
俺はというと……。
正直、それどころじゃなかった。
「結果、正式版の本が結構売れたみたいだし、たくさん読んでもらえて良かったって考え方も、あるんじゃない?」
と、シュットドンで書いたら、猛反発を喰らった。
「炎上商法容認ですか」
「うわ、きもい」
「調子に乗ってるわ。落選者が」
等々。今回も地味に、古傷をえぐってくる。
でも、長谷川先輩とにしのんに応援してもらってる。マルヤマの安東さんにもヒントをもらった。読者さんからも「次回作も期待しています」と感想をもらった。
とにかく、書く。書く。
詰まりながらも、先が見えないながらも、書く。
俺の住むアパート、ハイツ・ルルイエの101号室。ベッドと同様に折り畳み式の机に、タブレットとキーボードとを置いて。
充電期間は終わり。
書けば書いただけ、少しは次に進めるはずだ。
どうせまだ、大した技術も無いんだから。
今回の「無断公開」事件で、肝心の、大ダメージを負ったはずの受賞作家さん達は皆、沈黙しているか、「皆様に読んで楽しんで頂けるよう、頑張るだけです」と、優等生なコメントを出し……。
「あー、これ、マルヤマに言わされてるわ」
という流言も、ネット上に飛び交っていた。
まぁ、SNSのタイムライン的に、俺の目にも、その流言は飛び込んでくるけれど、今はそんな事でメンタルを崩してなんて居られない。
次を書きたい。大学のサークルやSNSのクラスタで、俺を推してくれた何人かの方の事もイメージして、その人達がぷっと笑ってくれる姿を想像して。プロットはボロボロでもいいから、まずは、書きたい。
(いつの間にか、忘れていたなぁ……この感覚)
ぶぶぶぶぶ、と、スマホの小さな振動音。
折り畳みベッドに放り投げておいたスマホを、よっこらしょと掴む。
『大丈夫? マルヤマの件……色々あるみたいだけど、落ち着こうね? 一ノ瀬君』
(えっ?)
『あの……丁鳥姉さん? なんで、俺の苗字を知っているんですか?』
SNSで俺は、本名の一ノ瀬駆駆ではなく、「Calc」と名乗っていたのに。
『ごめんなさい……』
そんな短いメッセージが送られてきて、そして、
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