不本意な英雄 ー序章ー

@sudon4510

不本意な英雄 -序章・本編-

「えーっと」


 私は左手につけている腕時計を見る。現在時刻は午後4:45分。夏の今なら日がさんさんと照付けて、学校帰りの私を含む生徒達を苦しめている頃合いのはずなのだが、辺りは薄暗く、冷ややかな風が吹いていた。上を見上げてみると、以前学校の美術で習った「マーブリング」という手法で色付けした様な狂った色合いの空が広がっている。


 これだけでも充分『異常』なのに、更に異常の度合いを上げる要因が目の前にいた。空を見上げ、現実逃避をしていた私が視線を目の前に戻すと、そこには─────

──────4本足の生えた肉塊のような怪物が、私の目の前にいた。


「......ふぅ」


 とりあえず、私は落ち着くために一度息を吐く。そしてそのまま二度三度と深呼吸を繰り返す。怪物は口のような場所を開け、こちらに向けてジリジリと距離を詰めてきていた。


 そして、その距離が5mをきった瞬間。


「キャァァァァアアアアア!!!」


 私は逃げた。大声で叫び声を上げながら通学カバンを怪物に向かって全力で放り投げ、怯んだと思った隙に全力疾走。体育祭で全校3位を取った実力を遺憾なく発揮し、すぐに怪物から距離を取る。怪物は飛んできたカバンを顔面(らしき箇所)に受け、一瞬怯んだように見えたが、すぐさま立ち直ると私目掛けて予想していたよりも結構速めの速度で迫ってきた。


「ここどこぉ!?」


 全力で明日も生きるために逃走しながら、自分の身に起きた理不尽を嘆く。しかし、嘆いてどうにかなる物ではなく、現に怪物は着々と、素早いスタートダッシュで引き離していた私との距離を詰めていていた。


あかん、もうダメだ。私の中でそんな声が聞こえ、それと同時に幼い頃の思い出が頭の中を一斉に駆け巡った。


 2歳ぐらいの頃、動植物園の東門近くの池で溺れかけ、父に助けられた思い出─────


 3歳ぐらいの頃、祖母の家で母親の背中に乗っていたら母がくしゃみをして振り落とされ、背中を強打した思い出─────


 4歳くらいの頃、母と一緒に自転車に乗っていたら母がコケてその拍子に乗っていた子供用シートから飛び出てそのまま川に落ちた思い出─────


 ......あれ、まともな記憶が蘇ってこないぞ。ていうかよくこんな目に会いながら死ななかったな私。それから母よ。そんなに私が憎いのか、わざとじゃなくてもそうとしか思えない仕打ちだぞこれ。


 流れ始めた自分の走馬灯のようなものにツッコミを入れながら走っていたのが災いしたのだろう。足元にあった大きな石に気が付かずに踏んづけ、そのまま勢い良く転んでしまった。


 後ろからは濃密な死の臭い。恐怖のあまり立ち上がることも忘れ、ただ訪れるであろう死に怯えるしか出来なかった。


 そして、怪物が私のすぐ後ろで立ち止まった音がした。ニチャ、と粘性を持った音が耳に届く。ああ、死んだな─────


 観念し、抗うことを止め、来るその瞬間を待った私が、せめて死ぬ時にグロテスクなものは見たくないと目を閉じた、その時。


 ドォォォォオオオオンッ!!!


 怪物がいると思わしき場所に、何か重たい、かなりの質量のある物体が上空から落ちてきたような音がした。それは、音と言うよりもはや衝撃波のようなものと、私の体が一瞬宙に浮いたように感じる程の衝撃を発生させ、目を閉じていた私を大いに混乱させた。焦った私が目を開けると、その物体の着弾の瞬間に上がった砂煙で辺りが見えなくなっていた。


 暫くして、砂煙が収まると、そこには。


 ──────巨大なゴッツいメイスで体を潰されて息絶えた(であろう)怪物の死骸と、それの上に乗り、無表情でこちらを見下ろす誰かの姿が。ちょうど太陽光の逆光となっていて顔が見えないが、全体的な背の高さや雰囲気などから、私と同年代か少し上の男の子かな。などと当たりをつけた。


すると、その少年(推定)が口を開いたのが気配で分かった。


「......何で、アンタみたいな一般人がんだよ」


 その心底不思議そうな低い男性の声を聞き、私はその声が喋った内容も聞き取れない程の衝撃に襲われた。だってその声は、その声は。


 私は、死の恐怖とはまた別の意味で震える体を叱咤して立ち上がり、少年を見つめる。さっきは強い逆光で見えなかった彼の外見が見えるようになる。そして、私は自分の身に起こった事、自分がとのような場所にいるのかを完全に理解した。


 よく整った顔立ち、鋭利な刃物を連想させる鋭い目付き。細く、それでいてがっしりとした肉体は浴衣のような衣服に包まれている。そして、逆光でもなお目立つ、黒髪の中に一房混じる銀髪。私は彼を見たことがある。いや、私だけではない。日本国民、特に福岡に住んでいる者に知らない人は一人も居ないと思われる超有名人。


「え......湯村、冬馬、さん?」


おもわず噛み噛みになってしまいながらも呆然とその名前を呟くと、彼─────湯村冬馬ゆむらとうまは、チッと1つ舌打ちをし、


「......そうだ」


と言った。そして、この返事によって私は。私こと、春木彩はるきあやは、テレビの中でしか見た事が無く自分には完全に無関係だと決めつけていた、世界を守るために戦う『│守りガーディアン』の戦闘空間ステージに迷い込んでいたのを知りました......





 守りガーディアン。それは、2000年以降に世界中に現れた黒い石碑、通称モノリスによって選ばれた世界の守護者である。彼らは今さっきの怪物たち「破壊者デストロイヤー」と過酷な戦闘を繰り広げながら私達を守っている。その際、戦闘の跡が人々の生活の支障にならないようにモノリスは守護者と破壊者を別の場所へと転移させる。そこが戦闘空間、通称「ステージ」だ。そして、ステージ内での戦闘はモノリスから発生する電波を通してインターネットの動画サイトへとアップされる。モノリスは人でも生物でもない超常的な物体なので何を考えてこんなことをしているのかわからないが「守護者が自分の戦闘を振り返ることができるようにではないか」と言われている。


 そして、目の前で不機嫌そうに倒した破壊者の死骸をモノリスへと運んでいるのは、我らが九州北部を担当している守り人、湯村冬馬さんだ。彼を含む日本全国にいる守護者の戦闘は、インターネットはもちろん日本国内のローカルテレビや全国ネットで放送される。それによって、守護者は日本では救国の英雄のような扱いとなっているのだ。


 ちなみに九州担当の守護者は湯村さんだけ。基本ほかの地方には3人ほどいるらしいが、九州地方はなぜか彼だけしかモノリスから選ばれなかったのだ。モノリスに守護者に選ばれると、髪の毛が全部、もしくは一部銀色になる。そして、選ばれたものは何か一つ「自分の本質」にそって武器を一つ与えられる。彼らはステージ内でなければ守護者としての力が発揮できないが、その力は絶大で、モノリスの発生から今まで一度も日本は全国に8つある国内のモノリスの破壊を阻止し続けている。


 そんな超人の彼が向かっているのは、件のモノリスのところでそこに破壊者の死骸を奉納することでその破壊者の力が守護者としての力に加算される、いわゆるレベルアップがあるそうだ。


そして、30分ほどモノリスの所についた。ちなみにここまで会話は一切なしである。一度死骸を担いだ湯村さんに「ついてこい」と言われた後から一切の会話がなかった。


生まれて初めてモノリスを生で見た感想は「何か気持ち悪い」だった。表面は鏡のようにきれいに磨かれており、縦に長い直方体のような形をしている。正直に言って不気味だ。モノリスの前に破壊者の死骸を無造作に置いた湯村さんは、こちらに振り向くと右手にあった小屋を顎で指し示した。


「入れ。話がある」

「......はい」


彼に言われるがままに小屋に入る。部屋の中にはテーブルしかなく、生活感がほとんどない無機質な部屋だった。椅子に座ると、彼は私のほうを見つめてきた。そして、しばらく何かを探すように私の周囲に視線を走らせると、何かを見つけたように視線を固定させ、何故か表情を曇らせた。そして、気の毒そうに言った彼の次の言葉が、私の人生を一変させたのだった。


「あー、その。大変言いにくいんだが─────」


案外感情豊かなその声と不機嫌そうな表情とのギャップに、私は意外に思い───────


「──────お前、モノリスから選ばれてるぞ」

「............え?」


たっぷり数十秒フリーズしてから、私は今言われた言葉の意味を認識し始めた。


モノリスから、選ばれた?


その時、頭の中にどこからか無機質な声が響いた。


『新しい選定者を確認。解析を開始します。破壊者の分解完了。獲得したポイントを選定者に還元します。湯村冬馬13ポイント獲得。春木彩10ポイント獲得。後者は初回特典により100ポイント追加されます』

「えっえっえ!?何これ何これ!?」

「今回は少ないな。まあ二人に増えたし、当然か」


突然のことに動揺する私と、対照的になれた感じで感想を述べている湯村さん。あわあわと焦っていると、私の運命を決定づける無情な一言が、頭の中に流れた。


『解析終了。春木彩を「守護者」に認定。狩器スレイヤーを支給します。支給後、現実世界への送還を開始』

「うっそぉぉぉぉぉおおおお!?」


 あまりの超展開に叫ぶことしかできない私の後ろで、ガシャコン!と、硬い質量のある物体が頭上から落ちた音がした。「おー、かっこいいじゃん」と言っている湯村さんの言葉に恐る恐る振り返ってみると、そこには、長さ約2mほどの長大な槍が床に突き刺さっていた。分厚い槍頭には優美な装飾がされていて、芸術品のような美しさがあった。


湯村君は、膝をついて呆然としている私のもとへ歩いてくると、肩をポンポン、とたたいて


「守護者認定、おめでとう」


と言ってきた。現実世界へと返される光に包まれながら、私はこれだけは叫んだ。


「全っ然うれしくない!!」


こうして、私の守護者としての非日常が、幕を開けたのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不本意な英雄 ー序章ー @sudon4510

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ