第16話

 始まってしまえば事態は思った以上に簡単に進んだ。

 単独で突出していたパンターが有効射程に入った時点でウズメのスポットデータに基づき狙撃、装填されていた砲弾と砲手を焼いて無力化。

 危惧していた黒江たちの情報は漏れていなかったのである。

 村内部の戦闘も相手側が初動を思うように進められず、戦力の逐次投入の形になり想定よりは各自の強さはあったらしいが新人の数名が負傷しただけでクロークの騎士団が得意にする騎馬乱戦に持ち込み相当数捕虜にできた。

 だがうまくことが進みすぎたことで新たな危惧も生まれる。

「後方の車両、動きはないんだな」

「はい、戦闘開始前に姿を消したのを除き動きが見られません。正確にはここをキャンプ地とするとばかりにテント等の設営まで始めている程度でしょうか」

「……嫌な予感はするが、今日援軍が来れば予感が外れることにはなるか」

 戦闘に参加したのはおおよそパンター戦車を含めて100名弱、そのうちこちらの捕虜となったのが30名程度。

 ウズメの確認によりテントを張って待機しているのは車両3に歩兵が20名程度という報告が黒江にされている。

「相手の戦力が無駄に減っただけと思いますが、何が嫌な予感なのでしょう」

「こっちが追加で30人、抱えられると思うか?」

「現時点で医薬品が足りておらず、食事で対処している以上厳しいかと」

「つまりそういうことだよ、あちらが設営をした時点で持久戦前提、今回の攻撃全部が囮だった可能性がある」

「なるほど、歩兵多めの編成はこちらに捕虜を抱え込ませることが目的ですか。ですがそれは……」

「あぁ、野盗が取る戦術じゃない」

 少なくとも、戦車1両犠牲にしてまでやる戦法ではないことだけは確かであった。



「食器を使わず食べられる食べ物がないのが負担ですね……」

 日が昇り、村はずれで設営を行っている野盗の監視を置いて黒江とクロークは現状の確認をしている。

「スプーンだろうが武器にはできるからな……いや、皿もか」

「医薬品も足りませんね、捕虜の治療を考慮しなければ問題にはなりませんが……」

「だろうな、だがそれをやっちまったら人道問題で周辺諸国から叩かれかねない」

「どうしてです?野盗なら叩かれる要素はないかと思われますが」

 ウズメの疑問に黒江は目を瞑り、クロークは苦虫を噛んだような表情をする。

「盗品の可能性は否定できないが、戦車を複数車両持ち出した連中だ。それにな……」

 黒江は軽鎧と短剣を一つずつ机の上に置く。

 それぞれ欠けたりはしているものの比較的状態の良いものであることが確認でき、そしてそこには同じ意匠が施されていた。

「これは隣国の一つユアリダの王都騎士団が使用する武具に彫られるものです、一つだけならまだしも……」

 クロークが少し言い淀むが。

「あぁクロークの説明通り一つならまだしも崖からの襲撃者は全員この意匠を施した武具を持っていた。俺が完全に燃やした奴は不明だがまぁ同じだろう」

 黒江がそれを補足する。

「成程、一つ二つなら盗品や横流しの可能性を排除できないがそれが50を超えている以上それを排除して考え、正規軍と考えるのが自然というところでしょうか」

「もしくは国が野盗に武具を与える変わりにってところだろうな。昨晩の戦略を予測するならこれが一番可能性が高い」

「戦闘終了直後にも似たような発言をなさっていましたが、やはりその点を含めてでしょうか」

「この状況で相手に捕虜を大量に抱えさせる戦略は正しいからな、少なくともこの国が捕虜規定を野盗にも適応していることを知らなければ取れない戦略でもある」

 この捕虜規定は黒江の国との国交条約上の物で、国交が確立していないユベルニクスランドの国では大破壊前、それも紀元前から中世にあたる時代の概念が用いられることが多い。

 身分が高ければ身代金、それ以外は見せしめか奴隷である。

 無論野盗はそれ以外に該当しこの国も黒江の国と国交を結ぶまでは常識として行われていた。

 基本文化等を尊重する形で条約を規定するが、こと人権・人命に対しては厳密に規定する。

 大破壊という致命的な生命体の消失危機を唯一客観側として過ごしたイーストエンドは殊更国、民間双方で人命等に対して重視する傾向にある。

 それゆえに多くの事情を詳しく知らない者には人質作戦が有効と考えられることが多い、だが実際はそれが通用しない場合が多く犯罪行為や紛争事案は極めて速く解決されていた。

「確かに我々が考えつかない作戦ですが、これほど大掛かりの人道無視を実行する国は……」

「あるだろう、この装備の意匠の国が該当する」

「確かにユアリダは選民思想に基づく政治体制ですが、ここまでのものとは」

「それは希望的観測であり願望だよ。現実は野党騒ぎに昨晩の襲撃だ」

「しかし、まだ確定ではありません」

「これほどまで物的証拠が出てしまうと戦争なのでは、流石にイーストエンドが出しゃばるのが確定の攻撃はリスク・デメリットのほうが圧倒的かと」

「そこなんだよなぁ、今ある情報だけだとこう導き出せるってだけだ。その肝心な動機が選民思想浄化主義だけじゃ弱すぎる」

 戦争は確実に勝てると確証が得られなければ最悪の選択である。

 いくら中世準拠の群雄割拠とは言え大破壊後の歴史――現在の世界ではこれを有史――で常にそれを回避する選択を取り続け、監視を掻い潜って武力を振るった国は例外無く武装解除まで行われる歴史を作っているイーストエンドと敵対する可能性は真っ先に回避すべきだ。

「我がフレイクレス王国はイーストエンドと最も深い国交を結んでいることは、ユベルニクスランドでは周知の事実。ユアリダは最近挑発などが過激になっていたとは言え敵対して勝てるとは思っていないと思われます」

 クロークの所感も黒江の推察と大きく外れてはいない。

 今回のものが野党であるのなら装備が不自然。ユアリダの後ろ盾があったとした場合動機が不自然。

 そこで推察も情報が足りずに行き詰まると。

「ウズメちゃんは現状これ以上考えるの無駄だと思うのでさっさと設営などの話しにうつったほうが建設的なんじゃないかなーと考えたり考えなかった気もしたり?」

 その言葉に会議の場にいた者たちは笑いがこぼれた。

「まぁ、そうだな。悩んで情報が増えるような状況でもないし……いやちょっと待てよ」

 黒江はそういうと箱を机の上に置き起動する。

「状況的にもクロークの騎士団は協力者だ、まぁ書類数枚後で書く必要は出てくるだろうけどな」

 通信機能を立ち上げて光学モニタ――空中投影型のプロジェクターに近い――を表示、最寄りの基地局に接続する。

「技術暴露に当たりそうですが問題ないのでしょうか?」

「そもそもこれよりも兵器としての側面と、お前のほうが技術暴露しちゃいけないものだからな」

「そりゃウズメちゃんのあわれもないところは暴露しちゃいやんです。踊りの最中はやっちゃいますが」

 ウズメのそれをいつもの通りスルーしたところでモニタに人が映る。

「はい、こちら紅月凛。御用の方はピーという発信音の後……なんだ現地騎士団も一緒なら最初からそう言え」

「接続成立からタイムラグ無しで行われたら発言できません。援軍が今日中に到着しないと辛い状況となったため現地協力員である騎士団も含めて報告と会議をする必要性を感じたため早朝ですが通信させていただきました」

 黒江の通信の理由を聞き、紅月凛は片手で抱いていた大きめのくまちゃんを横に置いて真剣な表情になった。

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