姑獲鳥 四

 完全に油断してた。姑獲鳥に呪われた人たちが意識を取り戻したから、全部終わったとばっかり……お姉ちゃんなら、こんな失敗は絶対しない。けど、私は失敗した。

 結局、お姉ちゃんには届かないのか。勝てないまでも、頼らずに戦えるくらいには、なれたと思っていたのに……いや、今はこんなことを考えても仕方がない。頭よりも先に、足を動かせ、腕を振れ。急げ。

 スマホを取り出して、神主さんに電話をかける。少なくともあの人だけは、みすみす失神したりはしてないはずだ。

「もしもし、神主さん? 児取山に来てくれる?」

「今向かっております。ですが、この騒ぎなので、今すぐという訳には……」

 やっぱり、この間親鳥にやられた人はみんな卵を産み付けられてたみたいだ。

 田舎とはいえ、そんなに人が少ないわけじゃない。あちこちで人が倒れたりしたら、結構な騒ぎになるだろう。

「分かってる。だから、私がなんとしてでも時間を稼ぐわ。一つ考えがあるの」


 夕焼け空に、いくつもの黒い影が飛び回っていた。小鳥みたいな見た目のくせして、汚い声でガーガー鳴いている、姑獲鳥の雛の群れだ。

 ちょうど親鳥を復活させる最中なのだろう。塚の上空辺りは向こう側すら見えなくなっている。

「はぁ、はぁ……何とか間に合ったわね」

 予想通り、交通網は使い物にならなかったから、徒歩でここまで来たのは正解だった。神主さんがどのくらいの時間で来れるか分からないけど、姑獲鳥の習性を考えれが、時間を稼ぐだけなら簡単に出来るはずだ。

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「もう一度確認するけど、姑獲鳥は若い人間の魂を奪って自分の子供にする習性があるのよね?」

「ええ。そして親鳥の呪いを直接受けた人間から雛がかえり、雛たちが親と同じようにして若者から魂を抜き取って仲間を増やし、児取山に集結した、というのが今回の騒動のあらましでしょう」

「ってことは、今この町で無事な若者はほとんどいないのね?」

「恐らく。それが何か?」

「親鳥を倒した時に思ったんだけど、姑獲鳥って、こないだの土蜘蛛と違って、知性があまりないわよね? だったら、若者が町にいないこの状況で、若者の気配がしたら、きっとそこに飛びつく。親鳥さえ倒せば呪いが解けるのは実証済み。雛は無視して、親を直接叩くわ」

「だから、急いで山を結界で封鎖する必要はない、ということですか?」

「そうよ。それに、予想が外れてたら何やっても意味ないし。だから、神主さんが来ても来なくても、親鳥が復活したら勝手に戦い始めるわよ。それじゃ」

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……そう言ったのはいいけど、はっきり言えばこれは賭け──そういえばこの町に来てから、賭けてばっかりね、私──だ。

「ギェェエエエエエ!!」

「──!」

 今の声は! 間違いない。親鳥の復活だ。

「行くわよ、イヅナ!」

「分かってる!」

「狐憑き──飯綱!」

 こないだとは違って、戦いは騒がしく始まった。イヅナが私に完全に憑くよりも速く、雛たちが突っ込んで来る。こいつらは町の人たちの魂が変化した物だ。うかつに攻撃できない。横にかわす。その先から第二波。狐火は使わずに、素手で叩き落とす。後ろにはまだ最初の奴らがいる。このままじゃキリがない。

「あいつは……」

 親鳥を探す。けど、見つからない。どこに行った?

 もしこの町の外にあいつを出したら、今度こそ取返しが付かない。

「護符はまだある……だったら!」

 仕方がない。多少のダメージは覚悟の上だ。見つかるまで、粘るしかない。




「はあ……はあ……ちょっと、どんだけいるのよ、こいつら?」

 山の中では見つからないと踏んで、児取山の周りに沿って走り続けたけど、いくら何でも雛鳥の数が多すぎる。けど、予想は間違っていなかったみたいだ。

「やっぱり、大した知能は持っていなかったみたいね」

 私を警戒してはいても、やっぱり遠巻きに私を狙っていたみたいだ。さっきまでは、山の木や雛鳥たちに隠れていただけ。こっちが疲労しているのを見て、本人も出てきたんだろう。

「望むところよ!」

 護符を九枚取り出し、点火。これで最後だ。激しく燃え上がった狐火を、細く長く、一本に練り上げていく。このまま一気に決める!

「狐火”狐矢 犬追物”!」

「待って、美咲!」

「──!」

 私が親鳥を撃とうとした瞬間、そいつの姿は雛鳥の群れに覆い隠されてしまった。イヅナの制止が耳に入ってよかった。危うく、町の人たちまで傷つけるところだった。

「人質ってわけね、面倒くさい……」

 知能がないくせに、そんなずる賢い真似は出来るだなんて……どうすればいい? 何とかしてあいつだけを倒さないと──

「──!」

 しまった! 背後からの攻撃を避け切れなかった! 私の胴体目掛けてまっすぐに突っ込んできた数羽の雛鳥が、白い光の球になって胸元に吸い込まれていった……吸い込まれた? 

「まさか……」

 急いでミニ塚を取り出す。今のを見るに、さっきの奴らはこの中にいる。力が弱いせいで、倒されてなくてもこの中に勝手に入ってしまうのかも知れない。だとしたら、攻略法はある!

「ようやく分かったわ、あいつを倒す方法! イヅナ、あともう少し付き合いなさい! 狐火”流星”!」

 親鳥をかばう雛鳥たちの真上に、狐火を撃ち上げる。上からの攻撃に備えて、肉壁の一部が分散する。

 今だ! 渾身の力を込めて、ミニ塚を投げつけ、すかさず残った力全てを狐矢に込める。

「グワーッ、グワーッ!」

 親鳥が焦ったような声で鳴く。雛鳥たちは急いで仲間がいなくなった穴を埋めようと再び狐矢の射線上に集まる。想定通りだ。

「狐火”狐矢 犬追物”!」

 私は本命の一発を、放った。青い炎をまとった巨大な矢が、さっき上空に撃ち上げたもう一つの狐火にぶつかる。二つの炎が合わさった。そのまま、下に向けて一気に落とす!

「撃ち抜けえええ!」

 狐火が親鳥を直撃し、そのまま爆発を起こした。あの騒がしい声は、聞こえなかった。

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