姑獲鳥 三

 塚に到着すると、神主さんはすでに待っていた。さっそく塚の壊れた所を直して、円柱──めんどくさいからミニ塚でいいや──から魂を移し替えた。

「……この塚に封じられていたのは姑獲鳥うぶめだったようですね」

「ウブメ? 何それ?」

「鳥の姿をした妖怪で、人間の子供の魂を奪って自分の子とする性質があるようです」

「ふーん……もしかして、今回のことと関係あるのかしら?」

「倒れたのが若者ばかりで、その体に血で付けたような印があるのなら、そうでしょうね」

 血で付けた印……噂とは一致するし、現に病院で見た患者の手の甲には印があった。倒れた人が意識を取り戻したなら、今のは姑獲鳥だったことになる。電球に聞いてみよう。

「──! 電話?」

 ちょうど良かった。電球から電話だ。

「もしもし、何かあったの?」

「あっ、葛葉さん! 今、桜井さんの意識が戻りました! 他の患者さんたちもです!」

「そう。良かったわね」

「あっ、そうだ。葛葉さんがさっき質問してたことなんですけど……」

「ん?」

「夜中に鳥の鳴き声が聞こえたそうなんです」

「鳥の鳴き声?」

「はい。その頃からなんです。人が倒れるようになったのは」

「分かったわ。情報提供ありがとう」

 電球にお礼を言って、電話を切った。当たりだ。

「どうやら、奇病の原因は姑獲鳥で間違いなかったようですね」

「さて、事件も解決できたことだし、早く帰りましょう」

「そうですね。夕飯はどうしましょうか?」

 お? それはつまり、ご褒美に好きなものを食べていいと? だったらお言葉に甘えて……

「じゃあ赤飯!」

「今日もそれですか? 本部から支給される食費はかなり少ないので、流石にこれ以上は……」

「だったら小豆飯!」

「同じでしょう。さあ、帰りますよ。今日は普通のご飯です」

「ちぇっ……」

「あ、あと、先ほどはタクシーをお使いになったようですが、タクシー代も経費では落ちませんので、恐縮ですがご自分で……」

「ええ……」

 対策委員って、以外とケチなのね……次にお小遣い貰うまで、おやつの赤飯むすびはお預けか……


 次の日、私たちの教室はすっかり元の騒がしさを取り戻していた。

 そして、桜井が午後から出席したことで、その景色はいつもとまったく同じになった。私がそれを取り戻したんだと思うと、少しだけ誇らしい。一つだけ不満があるとすれば、赤飯むすびが食べられなかったことだ。一日に一個は食べないと、イマイチ気力が湧いてこない。ああ、赤飯むすび……

「葛葉さん、一緒に帰りましょう!」

「赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび………」

「えっと、葛葉さん?」

「赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび……」

「葛葉さーん? 聞こえてますかー?」

「赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび赤飯むすび……って、あれ? 電球……ちょっと! あんた、いつからそこにいたの!?」

 噓でしょ? もしかして今、口に出てた? まずいまずいまずい。これじゃ完全に変な人じゃない! とりあえず、誤解を解かないと!

「違うの、これは……」

「葛葉さん……葛葉さんに助けてもらった恩は、ずっと忘れませんから……」

「ちょっと待って、待ってえええ!」


「そんなことがあったんですね。てっきり私は、葛葉さんが話しかけちゃいけない人になっちゃったのかと……」

「ルリちゃんったら、そんな訳ないでしょ?」

 なんとか理解してもらえた……ていうか電球。あんたって結構口悪いわね……

「とにかく、私はどこも問題ないから。さあ、帰るわよ。今準備してくるから」

 はあ……数分で凄く疲れた。帰ったら寝よう……

「きゃああ!」

 今のは?

「ちょっと、何があったの? って──!」

 教室に戻ると、皆が倒れていた。倒れている生徒には、数匹の小鳥──違う、小さい姑獲鳥だ──が群がっていた。

「……意味分かんないけど、とにかく行くわよ、イヅナ!」

 イヅナを憑かせて、姑獲鳥たちを焼き払う。けど、電球に群がってたのだけ逃がした。昨日封印したはずなのにどうして?

「ルリちゃん! しっかりして! ルリちゃん!」

「──! 動かしちゃ駄目!」

 急いで電球の状態を確認する。駄目だ。間に合わなかった。その手の甲にはくっきりと、血の色の印が付いていた。

「ねえ、一体何があったの?」

「その、桜井がまた苦しみだして、そしたら桜井の体から小鳥が何匹も飛び出してきて、皆に襲いかかって……」

 桜井が? そういえば昨日……

──────────────────────────────────────

「ウブメ? 何それ?」

「鳥の姿をした妖怪で、人間の子供の魂を奪って自分の子とする性質があるようです」

──────────────────────────────────────

 はっきりとは言えないけど、もしかしたら倒れた人の中に卵を産んでた? そうだとしたら、他にもこうなった場所が──

「うぅ……桜井さん、こんなに苦しかったんだ……」

「ちょっと、喋っちゃ駄目よ!」

「怖い……葛葉さん……助けて…………!」

「頼まれなくても助けるわよ。そういう仕事だから。分かったら大人しく寝てなさい。んでしょ?」

 窓の外を見ると、黒い影の群れがいくつか、児取山に向かっていた。あれだけ数が居れば、所詮は応急処置に過ぎない親鳥の封印なんて解かれてしまう。

「害鳥駆除よ、イヅナ。後で油揚げ買ってあげるから、気張りなさい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る