仮宿



森の中で私はずっと

ひとりぼっちだった。

ふらふらと彷徨い続けて

帰る場所を探していた。

昔は私にも家があったのだろう、

でももう忘れてしまっていた。

随分と昔のことだから。


誰かの背中を見つけて、

私はそっと後をつけていた。

その人が

振り向いてくれることを祈りながら

声を掛けることすらできずに

私はずっと静かに後をつけていた。


生まれ落ちて、泣いて、叫んで、

一生懸命に母に縋って生きて、

それでもある日のこと

自分自身の存在に気づいた瞬間から

私は今までずっと独りぼっちだった。


森の中で、幾人かの背中を追いかけて、

その度に、見失っていた。

もっと多くの人に見つかったけれど

怖くてその度に全力で逃げて来た。

時々、振り向いて、

追いかけっこを楽しんでみたり。

でも相手の目が本気になると

私は途中で飽きて

そうしてもう二度と

彼らの前には帰らない。


嗚呼、

私はただあの人だけを

追いかけていた。

優しくて、

そしてまるで私に無関心なひと。


どうして貴方が現れたのか。

まるで私の視界を遮るように。

私は逃げようと思えなかった。

貴方が余りに無邪気だったから。


あの人の背中を見失うのに

充分な時間、

私たちは見つめあっていた。

貴方は私の家になり得ない。

そうわかっているのに

なぜか私は目を反らせなかった。


無邪気な人。

好奇心のまま近づいて来て、

私の全てを変えてしまった。

私は帰れる家を探していたのに、

森の中で迷っていたのに、

戸惑ったまま、貴方についてゆく。


何て魅力的な宿なのか。

家ではないの。ずっとはいられない。

それでも構わないと思わせるぐらい

暖かくて幸せで、

そしてとても特別な場所。


ずっと一人だったのよ。

迷子で寒さに震えて寂しがっていた。

暖かさに飢えていたの。


貴方がいいというなら

私は私の望むままここに居よう。

仮の宿と知ったまま、

この暖かさに溺れよう。


貴方がドアを開けたのよ。

だからもう少し、居候させてね。

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