第47話*スーパースルー*~合宿最終日~
朝起きて布団をたたみながら、今日の予定を部長に聞いてみる。
合宿前に配られた日程表では、未定になってたよな。
「部長、今年は海に遊びに行かないんですね?」
持ち物に水着がない時点でそういうことなんだけど、ならどこへ遊びに行くのかが疑問だ。
「李華、合宿は遊びじゃないの」
まったく、よく言うよな。九割遊びのくせに。
朝食を食べ終わると、片づけを手伝ってから出発することにした。
ちなみに、車内が狭くてもお土産のとうもろこしとかぼちゃは今年も貰ってある。
「お世話になりました」「ありがとうございました」「また来ます」
見送りのために家を出てきているパパさんとママさんに、私たちはそれぞれお礼の言葉を伝える。そんでもって横では、部長が半べそになっていた。
「紗綾ちゃんと真空ちゃんはもう卒業ね。でも、いつ来てもいいんだからね」
「ありがとうございます、由美子さん。後輩が心配なんでOGになっても来ちゃいます」
「ブゥー、ブゥー。ブゥー、ブゥー」
私たちは、カエルの様に大合唱をして見せるが、それでも部長には関係ないみたいだ。
「そろそろ行くぞ」
乗り込むと里見先生が車を出す。
車が走り出すと、助手席の部長と二列目の真空先輩と瑠奈は窓から顔を出して手を振る。そして私は、瑠奈の上に被さるように体を出して手を振った。
「ちょっ。ここ、窓が開かないよ」
小袖が後で騒いでいる。
「仕方がありません」
雅がそう言うと、二人は並んでリアハッチの窓に顔を張り付かせ手を振っている。
思うに、向こうから見るとふざけているようにしか見えないだろう。
車は高速道路の分岐を右に行き、市街地の方へ進む。
ひょっとしてネズミの国なのか! まさかの超サプライズなイベントが待ち受けているのか?
ブーン……
おい! 通り過ぎてるぞ!!
期待を打ち砕かれた後、車はすぐに高速を下りた。
「部長、ここですか?」
「ここだね」
車を駐車場にとめて、広い公園を進むと水族館が見えてくる。
入れば涼しいのはいいんだけど、ガキたちがうるさい。
「賑やかですね」
「瑠奈お前、うまいこと言うな」
褒めると瑠奈は、何のことかと不思議そうにしている。
私は小袖と先に進んだ。
「李華見て。壁がみんな水槽で、囲まれてると宇宙みたいだね」
子供たちもいなくなり、その空間は音も静かで宇宙とまではいかないが神秘的だ……。
「あのさ、小袖……」
言わないと。
星のように魚がキラキラ光る水槽に目をやる。
上の方から餌が降ってくる。……餌?
『はーい、みなさんこんにちは。これから餌付けの時間でーす!』
館内放送が流れると、ちびっ子が集まってきて激しく動く魚に大盛り上がりだ。
くっそ! 『でーす』じゃ、ねえよ。
「見てみて、李華。マグロも器用に餌取ってるよ」
小袖もちびっ子の仲間入りだ。
「ほんとだな。早く育ってフレイク缶詰になってほしいな」
「ええー、あの缶詰ってかつおじゃないの?」
なんだ、可哀そうとかじゃなくて種類が気になるのか?
「どっちでも、うまきゃいいんだよ。ほら先に進もうぜ」
デカイ亀やデカイ鳥を見ながら進めばゴールに着いてしまい、仕方がないので四人と里見先生がやってくるのをそこで待つことした。
外に出ると、あっちもこっちも芝生が広がっている。
「海の見えるところでお昼にしようよ」
そう言った部長が、瑠奈と雅を引き連れてお弁当を車に取りに行くと戻ってきた。
昨日アホみたいに買った食材で、ママさんが作ってくれたお弁当だ。
海風を受けながらお弁当を食べ始める。
しょうが焼きもたまご焼きもうまい。
うますぎて七人で分ければすぐになくなってしまった。
「部長、もう帰るの?」
私が聞くと、小袖と雅が声を揃えそれを指差す。
「「あれ乗りたいです」」
観覧車だ。とても目立つし、敢えて言えばあれしかない。
「そうくると思ったよ。行こ」
部長もそのつもりだったのか、観覧車に乗ることになり行くのだが超混んでいる。
里見先生が列の前の方を見てくると戻ってきて、
「これ六人乗りらしいから、お前らだけで乗ってこいよ。待ち時間長くなりそうだから俺、日陰で休んでるから」
と言うので、私はひとつ頼むことにする。
「先生、その待ち時間が長くなりということでお願いが」
「なんだ、三浦?」
「列抜けられないので、売店でフランクフルトとたこ焼き買ってくれませんか?」
「お前な」
そんな先生だが、フランクフルトとジュースをみんなに一個ずつ買ってきてくれる。
暑い中列に並んで倒れられたら困るからかもいれないけど、本当に買ってきてくれるとは思わなかった。
「たこ焼きはないんですね?」
「なしだ」
私は素直になれなかった。
「もう、先生は本当に甘いんだから」
真空先輩はそう言いながらフランクフルトを食べている。
「それじゃあ、あっち行ってるから」
里見先生は行ってしまった。
やっと順番が回ってくる。
六人も乗れることより、冷房つきで驚きだ。
「一周、十七分だって」
部長の言葉が、タイムリミットに聞こえる。
「あの橋はゲートブリッジだね」
小袖は、橋に詳しくなったらしい。
次第に富士山やスカイツリーも見えてくる。
「もうすぐ頂上ね。高さ百十七メートルらしいわよ」
真空先輩がそう言うと雅が、
「百十七メートルって、どれぐらいですかね?」
と聞く。
「百十七メートルといえば、宇宙ロケットを空中で発射するために作られたジャンボ機を二つ横に並べくっ付けたような飛行機の、左右に広がる翼の長さ三百八十五フィートとほぼ同じだな」
瑠奈が親切に例えを出してくれている。
そして私は何も話せないままで、十七分は過ぎていくのだった。
公園を早めに出発したため、道路混雑にも巻き込まれず学校に到着する。
今回、移動のたびに一時間ぐらいかかったが最後の一時間は、こんな自分にはもどかしくって苦しかった。
西日までバッチリ差す駐車場で荷物を降ろし、それぞれが持つと部室へ向う。
里見先生が部室の鍵を開けてくれ、中に入れば暑いし臭う。
「先生、部室の鍵持ち歩いてんるんですか?」
「いや、出発する時に鍵かけたから、そのまま持っていただけだ。焚口、それより少し換気しとこうか」
「そうですね」
窓を開け、ドアを里見と書いてある長靴を挟んで押さえる。
六人の長靴はまだ荷解きしてなかったし、持ち主不明の長靴は処分してしまったのでそれしかなかった。
「部長、しばらくいるならプランター見てくるよ」
私が柄にもなく言うと、小袖も一緒に来ると言う。
「そう? じゃあ菜園の方は瑠奈と雅で確認してきて。私たち三年生は休憩」
部長はそう言うとパイプ椅子に座り、机に伏せた。
******
私が机に伏せると、四人はバケツやジョウロを持って出て行った。
「なあ焚口。三浦は観覧車で、みんなに話さなかったのか?」
「はい、先生」
「折角、寄ったのにな」
すると真空が納得したように話す。
「それで水族館や観覧車なんて寄ったのね?」
「ひょっとして、真空知ってる?」
「留学のことでしょ?」
「そっか。だから枕投げに賛成したんだね」
「そう言うこと」
「先生から聞いて、考えたんだけど。いい作戦だと思ったんだけどな」
******
「パプリカ異常なしっと。李華、鳥に食べられなくてよかったね」
「そうだな。水もちゃんとやってるみたいだし、栗山先輩無事だったようだな」
私は祠の前に回り込み、地蔵の方を向いてしゃがむ。小袖もついてくると横に立っている。
「お祈りするの?」
「しねえよ」
地蔵の方を向いたまま言い放ち、そして続ける。
「あのさ小袖。私、留学するんだ」
「ふーん、いつから?」
「月が替わったらすぐ。向こうで準備もあるからな」
「そっか。何か、そわそわしてたから、そんな気はしてたんだ。……それで、どこへ行くの?」
「オセアニアかな?」
「かな? ニュージーランドとかオーストラリアとか?」
「そそ、ニュージーランドだよ」
「変な李華。でも、ここで初めて会った時もそうだったよね。自分のクラスのこと」
「うるさいな」
「卒業したら戻ってくるの?」
「いや、えっと。お父さんの仕事の関係で、戻ってくる予定ないからマンションも売るってさ」
「そうなんだ。でも、また会えるよね?」
小袖が微笑んだ気がした。
「ううん、これでお別れだ」
「突然、現われて、突然、いなくなるんだね」
私は立ち上がり、小袖の方を向く。
沈み行く太陽が照らす小袖の顔は、やっぱり微笑んでいたが涙があふれている。
それでもこれで終わりだ。
「残りのトマトもきゅうりも私の分やるから、食べて元気でいろよな」
「うん……」
「じゃあな小袖」
「バイバイ李華」
私は走り出すと、そのままその場をあとにした。
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