第16話*私はくいしんぼう*

 水やり当番の日、部室から自分が収穫したかぼちゃを持って帰ってくると、お母さんに頼んで煮てもらうことにする。

 部長によればかぼちゃは、収穫してから一、二ヶ月熟成させると甘みが増すらしいのだけど、色々なものが食べられると期待して部に入るぐらいの私なのだから待っていられるわけがない。

 それでお母さんは夕飯のおかずとして出すつもりらしく煮たまま鍋の中に放置していたので、夕方ではあったけど台所に行って汁に浸っているかぼちゃを一個箸で刺して食べてみることにした。

「もうちょいか……、夕飯まで待と」

 部屋に戻り、ほぼ写真で数字が小さいカレンダーを見ながら七月も終わってしまうなと思っていたら、『明日はきゅうりが最後の収穫になるので来られる人は集合!!』と部長から、メールがくるのである!

「お母さん、リュックみたいのない?」

「何に使うの小袖?」

「きゅうりとえだまめとなすを貰ってくる」

「えだまめも作ってるのね。お父さん喜ぶわよきっと」

 部長によれば里見先生も、えだまめだけは取り分を要求するって言ってたな。

 その後夕飯では、ちゃんと煮えたかぼちゃを美味しくいただく。

 そして明日の早朝収穫に備えさっさとお風呂を済ませると、リュックを忘れないようベッドの横に置き夜更かしもせずに寝るのであった。


 まだ本数が少ない早朝のバスに乗ると、李華も乗っていて一緒になる。

 そして車内で李華が予想した通り、部室に到着するとドアの鍵はもう開いていた。

「言ったろ、小袖。部長来てるぜ」

「ほんとだね。私たちも菜園に行こ」

 眠気が戻ってきていた二人は、無言で菜園に近づいていく……と。

「あいつちゃんと、水やってくれてたみたいだな。でもきゅうり、育ち過ぎちゃったかな」

 部長がきゅうりに触れながら話しかけているのだ。

 その姿を見てしまった私と李華は足が止る。

「李華? 部長は収穫しないで、みんなを待ってくれているんだよねぇ……」

「そうかな……。きゅうりに話かけるなんて、普通に気持ちが悪いんだけど」

「あなた達、どうしたの?」

「「うわ!!」」

 私と李華は後ろからの声にビックリして声が揃う。真空先輩か……。

 電車通学で一番遠い真空先輩も到着して揃ったところで、部長の乱心をこれ以上見る前に菜園へ行った方がよさそうだ。

「おはよう、みんな来たね」

「部長、おはようございます」

「じゃあ、摘んでいこう。朝摘みがいいって言うし採っちゃおう」

 いつもの部長……、だよね? さっきの部長、きゅうりに話かけているからじゃなくて、感情の入り方が半端ないのが気になったんだけどな。

 収穫を続け終わってみればえだまめのかさばる枝も何のそので、リュックの大活躍によりお持ち帰りをガッツり確保した私は笑顔が止まらない。

「もう、きゅうりの蔓は抜いちゃって。次作るための準備するから収穫した物は部室に置いてきてね」

「部長、次の準備ですか?」

「そうだよ小袖。文化祭に向けてラディッシュとリーフレタス植えるから簡単に土作りしないと」

「文化祭?」

 あれあれ? 李華の不思議が始まったのかな。そういうイベントは好きそうなのにまさか文化祭を知らないのだろうか? その言葉に、外国生活が長い説を想像していたことを思い出す。

「そうそう、十月にやるの。うちの学校はちょっと遅めだけど。でね、文化祭っていうのは、えっとお祭りの一大イベント。いや、祭りなのは名前に出ているんだけど、文化的かどうかは分からないけど生徒たちが出店とかいろいろやるんだよ」

 私の必死な説明をもってしても、李華に伝えることはできないようだ。

「まあ、興味ないからどうでもいいけど」

 うん? そのことについては李華は知らないんじゃなくて、興味がないから冷めていただけなのか。もう、私の苦労が水の泡じゃないか。

 報われない話をしつつ部室から鍬を持ってくると、物置の肥料も出してきて春のように作業に入った。

「だけど部長、今からでも間に合うんですか?」

 李華がそんなことを気にするなんて、ちょっとやる気が出てきたのかな。

「収穫は全然余裕で間に合うよ」

「へぇー。でも土作り、またやらないとなんですね」

「なんだよ、李華。今日の土作りは、Aのリーフレタスのところだけなんだから楽勝だろ?」

「いやー、前にもやったけどめんどいかも」

 やっぱりそうでもないみたい。

「いいからほらやる。それに李華は補習で学校に来るついででしょ?」

「補習なんてないよ! そうだ部長。力仕事だし、栗山先輩に手伝ってもらおうよ」

「もーう。今年は、植え替えとか挿し木とかやらない分だけ楽なのに」

 部長が李華の思いつきに答える前、ほんの一瞬だったけどまた寂しそうな顔をしたような気がした。何故またと感じたかといえば、きゅうりに話かけていた時に見せた感情的な顔もどこか寂しそうに思えたからだ。

 すぐに部長はバジルの葉を摘んでいる真空先輩の方を向いて、

「プランターの土はそのままでいけそうだよね」

と確認している。

「そうね」

 真空先輩はいつものように素っ気ない返事だ。

 やっぱり部長は変だと思う。真空先輩と話すところを見て確信した。それは部長だけでなく、プランターの土に目もやらないで言葉を返す真空先輩の不自然さにそれがつながっていると思ったからだ。


「おいおい、あれだな。背負ってるんじゃなくて、背負われてるってやつだな」

 本当に補習がないらしい李華と二人で帰っていると、私のリュック姿をバカにしてくる。

「もう、うるさいな。それよりさ、部長も真空先輩もおかしかったよね?」

「そうか? 部長はまあ、きゅうりに向って喋ってたからおかしいよな」

「それだけじゃなくて、表情というか雰囲気というか、思いつめた感じだったよ」

「う~ん、分からなかったけど。それで真空先輩はどこがおかしいんだよ?」

「部長にプランターの土のこと聞かれて答えてたけど、土を確認しないで触っているバジルしか見てなかったじゃん」

「じゃんって言われても、真空先輩の方見てないからな。でも、それがおかしいの?」

「うん、その前に部長『今年は、植え替えとか挿し木とかやらない分だけ楽』だって、李華に言ってたじゃない」

「それで?」

「ってことは、プランターの作業をやらないって、すでに決めていたんだよね? たぶん真空先輩も、事前に話し合うとかで知ってたんじゃないのかな? つまりさ、真空先輩は部長がおかしいの知っていて付き合って返事をしたんだよ」

 並んで歩く李華は口をへの字に曲げ、右の空を見たり左の空を見たりして私の話を考えている。

「それで小袖、何が言いたいんだよ」

「李華は鈍いなー。宿題手伝いに行ったときに漫画貸したでしょ」

「分かってるよ。もう読んだから今度返すよ」

「違うよ。そんなことじゃなくて、あの部長の表情や真空先輩への態度。きっと部長は栗山先輩が好きなんだって」

 私が声を落として言っているのに李華は大きな声で、

「ええ? あのいがぐり頭が?」

と平然と言うので、キョロキョロ辺りを確認してしまう。

「声が大きいって。漫画に書いてあったでしょ、なに読んでるのよ」

「なに読んでるって言われてもな。あれか? 三角関係ってやつだな」

「違うって。いい? 予選大会敗退後のことなんだけど私が部室に行くと部長からさ、栗山先輩と真空先輩が会ってるから今は菜園へ行かないようにって止められたことがあったんだよね。でもさ、部長の説明が終わるや否や真空先輩が部室に戻ってきたんだよ。話がうまくいってればあんなに早く戻ってこないよ」

 李華はようやく、納得してくれたようだ。

「それじゃあさ、部長と栗山先輩がうまくいけばいいんだな?」

「いいというか……まあ、真空先輩とは終わってるというか、始まることすらなかったんだからいいんじゃないの?」

「そっか、OK~」

 何がOKなのかは分からないんだけど、妙に納得しているなと思う。そういえば李華はあの日、一番最後に部室に入ってきたんだからこのことは知らないんだよね。でも今の話できっと、状況が理解できたはずだ。

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