とりあえず かなえとく

深川 七草

導き

第1話*天使爆誕*

「もうすぐ卒業なのに、実感が湧かないよなぁ」

 私は、ぼやく。一緒に学校から帰る、アビーとエマの前で。

「それはそうですけど、リカは気にならないのですか?」

 長い金色の髪はそのままに首を傾げたアビーが、引っかかる言い方をしてくる。

「アビーなら勉強もできるし、家柄がいいから選ばれるかもね」

 私は何がかと思っていたけど、エマの答えでそんなものもあったなと思い出す。

「あら? 家柄で選ばれるのかしらね。エマの方が地区代表まで行った実績もありますし、人柄も重視されると聞きますから可能性が高いのでは?」

 エマはスポーツ万能で、陸上では地区の代表にまで進んだことがあった。しかも普段からニコニコ爽やかさんで、期待を裏切らない人気者でもある。

 エマの方がありえそうだな。もしアビーが選ばれたら、お金か胸があるからだと囁かれそうだし。

「リカも……」

「なんだよ?」

「リカも、赤い髪とか大きな瞳とかカワイイからさ」

 エマは私と同じ赤毛だがブラウンで、ショートカットにしている。そんな彼女は、私の髪を真っ赤で綺麗だとか、癖で巻いてるだけなのにボリュームが出ていていいとか褒めてくれる。

 だけど、そんなことと特待生は関係ない。

「あー、無理して探さなくていいよ」


 中等教育部も、この三学期で終わりだ。

 そして二人が言うように、もうすぐ特待生の発表があるだろう。

 それは私には関係のない話なんだけど、高等教育部は地域ではなく能力で学校が分けられる。だからどっちにしても、この二人とは卒業でお別れなのだ。


「ただいまー、っと」

 郵便受けから取り出した葉書や封筒を二通、三通とめくりながらリビングへふらふら進んでいると、私宛の封筒を見つけた。

 早速、台所の引き出しにあるキッチンバサミで開けようと、その刃を封のしてある側の折り目へと差し込む。そして、滑らせ開けようとすると。

「あああ」

 何のために刃がついているのかと思うほどハサミは引っかかり、ギザギザに破れてしまう。しかし、その歯がゆさはすぐに忘れる。それは、何も考えていないところへ困惑する内容のものが入っていたからであった。

「召集状……?」

 これが、特待生に選ばれたことを指しているとは分かった。だって、司祭様からの招待であったから。

 おかしい……。

 さっきまで話していたように、選ばれる理由がないからだ。

 うーん。

 そりゃ、子供の頃なら気にもしないで言われたまま行っただろうけど、高等教育部に移る年齢を迎えた今の私は、お祈りへ行くことすらめんどくさいと思っているほどの不忠者なのだ。なのに、見込みがある者が選ばれると言われる特待生、すなわち実地組へ行けというお誘いなのだから、間違いじゃないかと思うわけで。


 召集状により、子供の頃通っていたしょぼい神殿とは違う、行ったこともない立派な神殿へ会ったこともない司祭を訪ねていく。

 岩場を切り開いたような道を進み抜けるとその場所には、整形された石の上に太い木材で建てられた高床の屋敷があった。

 行くところにいけば、こんな神殿もあるんだな。

 感心するところは建物だけでなく、その周りにある小さな石を組み合わせて作った装飾なんかもで、この場所の神聖さを表しているんだろうなと想像しておくことにした。

 さてと私は、建物中央にある階段を上る。目の前には拝礼する場所が広がるが誰もいない。立ち尽くしていると、呼ぶ声が奥の方からするので進むことにした。

 この辺りから聞こえたよな?

「うん?」

 すると、壁のようにずっとそこにあると思われた目の前の大きな岩が、左から右へ大きな音を立てながらずれ動き、そして、止った。

 動いた岩は、その後ろにあるもっと大きな岩でできた洞窟の入り口を塞いだようだ。私はビビったが、そこへ入りたいなんてこともないし、中で何があっても関係ないのだから何も気にすることはない……よね?

「ええっと、帰っていいのかな?」

「お待ちなさい」

 進むようにと呼びかけてきた男の声と同じ声が呼び止める。ちょっとジジイっぽいその声に嫌な予感しかしない。そしてその声が聞こえた方を見ると誰もいなかったはずなのに、白と灰色が混ざった長い髪が波打っているほぼジジイが立っていた。

「待て。呼んだのは他でもない」

 とにかく用件を先に言えという感じなのだが、背も高いしなんか威圧的に感じる。

「私は神の補佐をしている、司祭のベート・シュラブである。リカよ。お前を呼んだのは、世界がこのままだと闇に包まれてしまう……かもしれないので、その危機から人々を救うためだ」

 すでに話したくない。だけど、聞いていないと思われてもめんどくさそうなので合いの手を打ってみる。

「それでベートさん、何が危機なんですか?」

「うむ。常に二つの世界を温かく見守ってくれていた神様だが、今見たように岩戸に隠れてしまったのだ。どうしてかと言えば、写し世では人々が感謝する心を忘れ、信仰する心までもがなくなってきているからこれを悲しんでのことなのだ。このまま神様が岩屋に隠れ続けていてはこの世でも写し世でも、どんな災いが起きるか分からない。写し世の人々の信仰を集め岩屋から出てきてもらうために、そなたには力を貸して欲しいのだ」

「ええっとー。今、目の前で岩戸? 閉まりましたよね。止めたらよかったんじゃないんですかね」

「……もう過ぎ去ったことじゃ」

 そんなおもむろに言われても説得力ないというか、明らかに見逃したようにしか思えない。

「まあまあ、ベートさん。神様だってそんなところに入ってたらすぐに気が滅入って、ほっておいてもすぐに出てきますって」

 適当に答えていると、ベートは深刻そうに違うと言ってくる。

「それがそうでもない。中はバス・トイレ付きの上、照明もLED仕様で洞窟を感じさせない明るさなんじゃ」

「そこじゃなくてさー」

「うるさい!! とにかく行って来い」

 急にジジイが切れるのだが、どこへ行けというのか分からない。

「帰っていいんですか?」

「そうじゃない。写し世へ行くのじゃ」

「写し世にですか?」

「そうじゃ。写し世に行けば天使だと、ちやほやされるぞ」

 そういえば聞いたことがある。写し世ではパタパタ笑って飛んでおけば、天使だからと何事もOKになってしまうと。でもなー。

「写し世ってこの世の合わせ鏡で、冴えない世界なのに向こうで何かあるとこっちにまで被害が及ぶっていう、めんどくさいところですよね?」

 行きたくないなー。

 これが噂に聞く、実地授業への振りってやつみたいだけど。

 気が乗らないなから断ろうかなぁ。

 ……それにしても、人がいないな。神殿の職員も、他の特待生と思われる者も見当たらない。

 実地への参加に選ばれる者は非常に少ないとはいえ、一人ずつにこんな段取りをしているのだろうか? 司祭の仕事も大変なんだなと思う。

 そんな渋る私の様子に、ベートは神からの特別な力である魔法を貸してくれると言い出す。

「気持ちばかりの小さな力じゃが、写し世の人々にはないものだ。いいか、これを使い人々の信仰を集めるのだ」

 信仰を集めるというのはよく分からないが、魔法という言葉に高等教育部の普通科へ進学するよりは、こちらの方がおもしろいんじゃないかとなびいてしまう。

「ほー、ってことは、活動全般のために魔法を使うのもいいんですよね?」

「まあな。十分な準備をしてやれないところへ送るのだから多少だが大目に見る」

 これで神様のご機嫌はともかく、どうせ可哀そうな私の立場では断れないのだろうと返事をしてしまう。

「ああ、分かったよ。じゃなかった、分かりました」

「おお、さすがは神の子」

 そうだっけ? まあいいや。

 これから行く世界では、美人さんと呼ばれることになるだろう。いや、どこの世界でも美人さんと呼ばれるに違いないのだがとりあえず、写し世へ行っとけばいいのだろうと話を引き受けることにした。


 その日の夜、私は家族四人で食事をしているときに食べながら報告をした。

 手紙が来た時点で両親も分かっていたとはいえ、一人暮らしができるのかなんて心配をしてくれる。でもそれは最初だけで、成績不振でこれといって取り柄がないにも関わらず実地組に選ばれたことが謎だと言い始める。そして、弟までも離れることへの寂しさを示さず、そのことばかり繰り返すのだ。

 あー、はいはい。

 こうして、制度という名のレールの上を走る私はポイントで切り替えられ、もうひとつの道である写し世で行われる授業へと参加することになった。

 天使な私は、地上へ舞い降りることになったのだ!!

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