ガラスノトリ
モチヅキ イチ
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それは、雲から落ちるように生まれた。
白く舞う粒たちと共に雲から落ちてきたのは、体が透明な小鳥である。翼やくちばし、足や目玉、それらが硝子のように透けていた。
そんな硝子でできたような生まれたばかりの鳥は、わあと声を上げながら、落ちていく。重力に身を任せ落ちていくことで感じる切り裂くような風の刺激と、遙か遠くに見える建物と緑のコントラストが見事な地上の美しさに悦びを覚えた。
小鳥は透き通った翼をさっと広げると、体はくるくるときりもみした。冷たい空気はまるで体にまとわりつくよう。小鳥は体中にばしばしと小さな何かが当たるのを感じた。それは透明な小鳥を、どんどん白色へ変えていく。
「へへん、どんなもんだい。おれは生まれたばかりだって、こんなにも翼を使うのがうまいんだ」
誰に伝えるわけでもなく、小鳥はそう言った。時には翼を折りたたみ、限界まで風を切る様を楽しんだり、やにわに翼を広げ全身に風をぶわあっと受けたりして、空気と様々なふれ合いをした。
その時の小鳥というのは、とても楽しそうであった。まだまだ遠くにある地上など、目にはないくらいに。
だけども、小鳥は落ち続ける。翼の扱いはうまくても、羽ばたき方を知らない。どんどん、落ちていく。雲から地上まで、あと半分。
小鳥はそこらに漂う白い粒が気になった。体中に当たり、ふわりと溶けるように消えてなくなるそれらに。
小鳥はくちばしを大きく開いて、それをひょいと口へ入れた。それはひやりと口の中の温もりを瞬く間に奪っていく。だけれども、口の中でふんわりと溶けていく感触に小鳥はたいへん気に入った。
「こんなにすてきなもんも、いくらでも食べていいんだ。ここにあるのは、全部おれのものなんだ」
小鳥は落ちながら、周りに舞う粒をひょいひょいとくわえて食べていった。食べることという悦びを知り、小鳥はまるでこぼれるような笑顔を、誰もいない空へ振りまいた。
雲から地上まで、あと更に半分。
ふと、小鳥は遠くにあった筈の地上へ目をやった。それを見て、何故だろうと首を傾げる。地上の見え方は、雲から落ちた始めの頃よりもだいぶ違って見えたのだった。
最初はただの美しい光景に見えていたそれも、今は小鳥にとって物言えぬ恐怖を与えるおぞましい存在だ。
「そうだ、おれは鳥なんだ。飛ばなくっちゃ」
小鳥は翼をばさあと広げる。だけども勢いは緩むことはあっても上昇はしない。上へ昇る風を掴めればいいのだが、風は小鳥を裏切る。なんのために小鳥を裏切るのかは分からない。風は無情にも翼をもみくちゃに巻く。翼を広げ続けることが難しくなって、小鳥はスピードを上げて落ちていく。
小鳥は生まれて初めて“焦り”を覚えた。その焦りは翼にも伝わり、まるで自分のものじゃないかのように翼がうまく開いてくれない。
「あんなに楽しかった風が、なんだい、これ」
どんどん近づいてくる、地上。目の前に映るのは、どこかの大きな公園の緑の原っぱ。そのど真ん中へ、小鳥は落ちていく。
いっそ水にでも落ちれば助かったかもしれない。だけどもそんなこと、生まれたばかりの小鳥は知らないし、何より風はもう小鳥の味方をしない。体にばしばしと、白い粒が痛いくらいに当たるのが分かった。
どんどん近づく、美しいと感じていたはずの地上は、小鳥にめいっぱいの“恐怖”を与えた。
小鳥は叫んだ。悦びの声じゃなく、悲痛の声を。がむしゃらに翼を動かすが、透明な翼は風をも透き通すようで、その努力も虚しいものであった。
白い粒、風、そして見えるもの。五感で受ける全ての刺激が、小鳥にとっては恐怖であった。
やがて、声も出なくなる。地上まであと数メートルというところで、小鳥は一粒の涙を流した。
―――――
ぼさっ。
近くで何かが落ちる音が響く。公園にいたランドセルを背負った一人の女の子はその音に驚き、駆け足で近づいていった。
「なにかしら、これ」
そこには白い跡ができていた。少女は足でぐいぐいとそれを踏んづけてみる。白い跡はべちゃべちゃしていて、溶けかけのアイスみたいだった。
ふと、女の子は空を見上げた。そこにはふわふわと落ちていく、いくつもの雪玉の踊り。女の子は今朝、天気予報で今日の午後から雪が降り出すと言っていたことを思い出した。
「うふふ、明日にはつもるかしら」
女の子は持っていた傘を差し、ランドセルを揺らして鼻歌をうたいながら家へと向かっていった。
静かな公園で、女の子の弾むような鼻歌が響きわたる。女の子が踏んづけた白い雪跡は、だんだんと積もっていく雪によって覆い隠されていった。
ガラスノトリ モチヅキ イチ @mochiduki_1
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