キミ、魔法少女とか興味ない?
七沢楓
一章『魔法少女ナンパ編』
第1話『だいたいこんな話です』
「紙は死んだ……」
あるべき場所にあるべきモノがない時、人間というのは動揺し、落胆する。
汚したら拭くのは常識だ。そうしなきゃ、他のところが汚れるからな。特にズボンとか、人間の尊厳とか。
ホルダーの中に、トイレットペーパーがない。
登校途中、朝トイレして来るのを忘れたら登校途中に催してしまい「あ、これ家に戻るまで保たないな」と思って公園のトイレに駆け込んだらこれである。
クソが! 行政か!? 町内会か!?
公園のトイレにトイレットペーパー補充してんのどこの団体だ!?
ふざっけんじゃねえよ毎日補充しろよ! つうかスペア置いとけ!
なんの為に俺ぁ消費税と所得税払ってんだ! ケツ汚したままにしねえ為だろ!!
「くそったれ……!」
おそらく頭を抱え、便器を見つめた。なんだ、俺ぁどうすればいいんだこれ。別に学校はいいんだよ、元々勉強する気はあんまないし。
ただ……勉強する気があったら、きっと俺のカバンの中にはノートとか教科書とか、紙があったはずなのに。
俺はカバンを開いて中を確認する。
どうせ使わないんだったらどこにあっても一緒だろ、とロッカーの中に放置しっぱなしなので、カバンの中には何にも入ってない。不真面目な学生なんてこんなもんだよ。俺の知り合いにはカバンも持たねえで登校してるやつもいるし。
マズイ……誰か来るまで待つかぁ?
しかし、俺としては結構な勇気を出して公園のトイレに飛び込んだんだ。
一刻も早くここから出たい……。なんとかして、出ないと……。
ポケットティッシュとかなかったっけ。こないだ街歩いてる時に貰ったメガネ屋のポケティ、あれ学ランの中に入れたはずなんだけど。
そんなことをしていたら、学ランの胸ポケットから、スマホが出てきた。
「……あっ、そっか」
誰かに連絡して紙持ってきてもらえばいいんだ。
授業中だけど、激戦をくぐり抜けた仲間達ならきっと……。
意を決して、俺は一番最初に出会った仲間を呼び出した。
その瞬間、スマホから淡々とした電子音声が聞こえてくる。
『ウィッチコール承認。コードネーム『サクラ・フルール』』
俺の目の前に、魔法陣が展開。それが地面から空へ向かって登っていき、人間が現れた。
「来たかぁサクラ! 悪いんだけど……助けてくれない?」
と、手を合わせて、舌をペロッと出してお願いしてみた。
サクラ・フルール。俺が最初に見つけた魔法少女。ピンクのロング髪に赤地に白いエプロンドレスで、手には細長い剣を持っている。
炎属性とかなんか、そんなこと言ってたっけ?
そんなサクラが、俺の下半身をジッと見ていた。
あっ、やっべ。隠し忘れてた。生娘が見るにはちょいと大きすぎるわな。
「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「あぶねえぇぇぇぇぇッ!?」
サクラが持っていた剣で俺の頭をかち割ろうとしてきたのを、なんとか白刃取りした。
「バッ、バカかお前は!? 生身の人間にそんなもん叩き込んだら死んじゃうんだよ!? バグジー倒しすぎて人間とバグジーの区別もつかなくなったのかコラァ!」
「バカはあなたでしょ!? 何してんの!? バグジーが出たと思ったから授業中だっていうのに召喚されてやったのに! あたしに何見せてんのよ!? 付き合ってもない男の排便見せられるってトラウマ確定なんだけど!?」
「大丈夫大丈夫。人間はみんなやってるし、将来の彼氏がこういうのを望んでいる可能性もあるんだ。人生なにが起こるかわからないからね」
「ほんとにねッ! っていうかなにこれ? 男子トイレってこんな汚いの? すっごい臭いんだけど」
「バカヤロウ公園のトイレだからだ。全部が全部こうだと思うな。俺ぁホントは綺麗なトイレじゃねえとできねえんだけど、今日ばっかりは肛門が駄々こねちゃって」
「ねえ、なんであなたってデリカシーないの? 女の子なんだけどあたし。女の子の前でズボン下ろした上に下ネタ連呼してるのに、なんで恥ずかしそうな素振り一つ見えないの?」
「それはね、男ならいつかやることだから、覚悟を決めてたんだよ」
「男が嫌いになりそうなんだけど」
「男嫌いとか、男の人苦手とか言ってるやつに限ってしっかり彼氏とか作ってるからね。そんなやつリアルでも二、三人見たわ。カマトトぶってんじゃねえよぉホントに」
「何!? なんかそういう女の子に恨みでもあんの!?」
あるよ。男はそういう女の子に騙されっぱなしだからね。「あたしすっごい可愛いでしょぉ?」みたいな空気出してる女に結構弱いからね、男って。
「まあ、とにかくな、サクラちゃん。紙くれ。俺はズボンを汚したくないし、人間の尊厳も汚したくない」
「もう大分尊厳なんて見えないんだけど。きったないモンしか見えない」
「バカ! まだ使ってねえから綺麗だよ!」
「なんの話してんだぁ!!」
「イテェッ!?」
サクラの右手から放たれたビンタが、俺の左頬を思いっきり跳ねた。魔法少女の身体能力は通常の人間を遥かに凌ぐ為、歯が抜けてもおかしくはなかった。
舌で確認したのだが、抜けてないらしい。
抜けなくてよかった……。
「なにすんだコ――居ねえし!!」
クソが! もう帰りやがった!
魔法少女のくせに困ってる俺を見捨てて帰ったよ!
「だっ、だがなぁ……何も魔法少女はお前だけじゃねえんだよ……!」
俺はもう一度スマホを取り出し、二番目に契約したやつに電話をかけた。
『ウィッチコール承認。コードネーム『サイネリア・フルール』』
先程と同じように、電子音声と同時に魔法陣が目の前へと展開し、そこから人が出て来る。
今度のは、青いミディアムカットの髪で右目を格下、青いチャイナドレスを着た薙刀を持った背の高い女である。チャイナドレスの深いスリットから覗く足と膨らんだ胸に尻は、なんとも見ていると暖かくなる。
まあ今は下心丸出しだからできるだけ見ないようにするけど。
「よぉーネリアちゃん。悪いんだけど、紙、をぉぉぉ!?」
左フックがいきなり飛んできたので、俺は頭を下げて躱した。後頭部でなんか「チッ」ってなんか掠ったような音がしたよ!? 女の子の腕からしていい音じゃないぞ!?
「なに?! 呼び出していきなりの左フックって! キミ普段そんな子じゃないだろ!?」
「えっとぉ……サクラちゃんからメールがあって、呼び出されたらこうしろって言われててぇ……」
アイツ手が早え!
俺が次にネリアに頼るの読んでやがった!
いいじゃん、紙をくれって言うくらい。ちょっと魔法少女に変身させてしまいという一工程を踏んでしまうだけで。
「えっとぉ……それで、バグジーはぁ……」
「いやっ、まあバグジーとは別件なんだけど……。俺のケツが汚れてるから、それを清める為に紙を――」
「ええっ!? お尻にバグジーが寄生してるんですか!?」
「人の話聞けぇ!! 別件つってんだろ!! 紙持って来いつってんの! 今回魔法とか使わなくていいから。ケツ拭ける紙を――」
「じゃあ、別に私じゃなくても大丈夫ですねぇー。ここ、なんだか臭いんでそれじゃーまたぁー」
そう言って、手を振りながら消えていくネリア。
「ちょっとぉ!? いいだろそれ我慢して紙くらいくれても! 死線を共にくぐり抜けてきた仲間が最大のピンチ迎えてるんだよ!?」
おいおいどうすんだ……!
今すぐ来れそうなヤツは魔法少女しかいねえってのによぉ。軒並みクソの役にも立たねえぞオイ!
「――最後の一人か……」
正直諦めムードだったのだが、一応呼んで見る事にした。
残り物には福がある、っていうし……。
『ウィッチコール承認。コードネーム『ダリア・フルール』』
また魔法陣から女が出て来る。
今度はさっきよりも小さい。金髪のツインテールにチアリーダーのような服と、腰にポシェットを下げた眠そうな顔のロリ娘。それもそのはず。だってこいつ小学六年生だし。まだランドセル取れてないし。
「……変態」
そんなロリがそれだけ言って、また消えた。
「オォォォイ! やっぱ残り物だよ! 人間には変態の汚名を被ってもやらなきゃいけないことがあるんだよ! お前の短い人生じゃわかんねえかもしれねえけどさぁ!!」
ダメだぁぁぁぁ。
なんでだよ! 俺にもうちょっと優しさという魔法をかけてくれても良いんじゃないの!?
俺もちょっとは悪いことしてると思ってんだよ!?
お前らだって絶対おんなじ事するって! トイレに紙が無くて困ってる時に魔法少女呼べる力があったらさぁ……。
仕方ねえ……魔法少女三人に頼るからいけねえんだ。
このスマホくれたやつに電話しよう。あいつなら普通の人間だし……不登校だし、来てくれるだろ。
何やってんのかなぁ、俺……。
電話をかけながら、溜息を吐いていたら、耳元で声が聞こえてきた。
「よぉ、もしもし尊。俺だよ、俺。――あぁ? オレオレ詐欺だぁ? テメッ、わかってるくせに知らぬふりしてんじゃねえよ。
当たり前だが相当嫌がられたので、俺も相当必死に頼み込んだ。
俺の雇い主、
思えばこの天才との出会いが、後に続く魔法少女達との出会いに繋がって行くのだ。
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