婚約破棄圧倒的回避術

あてきち

婚約破棄圧倒的回避術 前編

「メアリ・ディーヴァ侯爵令嬢! 今をもって君との婚約は破棄させてもらう!」

「え? ……一体、何のお話ですの? ジェームズ殿下。それにその隣の方は……」


 ある舞踏会の真っ最中、国王夫妻が席を外した僅かな時間を狙ってか、第一王子ジェームズ・フォン・アルテシアが驚きの発言をした。

 周辺諸国の招待客も多数いる国王主催の舞踏会で、まさかの婚約破棄宣言をしたのである。

 それも、可憐な少女を腕に抱いた状態で……。


 あまりの衝撃的発言により、舞踏会会場の音楽が止まってしまうほどであった。


 金色の髪、翡翠の瞳を持つ美貌の青年、ジェームズの隣に寄り添うのは、ツインテールにした薄桃色の髪と朱色の瞳の小柄な少女。怯えた様子でジェームズの肩にその身を預けていた。

 長い黒髪、紫苑の瞳を持つ麗しい少女、メアリは首を傾げる。なぜこの場でそんな話を――と。


「メアリ、君はここにいるリリス・ガロード子爵令嬢を酷く罵り虐めただろう! 嫉妬にかられ、身分を笠に着たその態度、とても私の伴侶、未来の王妃に相応しくない! 私は君との婚約を破棄し、新たにリリスと婚約することに決めた!」

「ああ、殿下……」

「安心したまえ、リリス。もう二度と君を傷つけさせやしない」


 瞳を潤ませこちらを見上げるリリスに相好を崩すジェームズ。

 ……甘い雰囲気が、二人の間にだけ充満した。……二人の間にだけ。


 メアリどころか舞踏会の参加者達さえもこの状況についていけず首を傾げるばかりだ。


「リリス? 虐め? 王妃? ……あの、殿下? きちんと説明していただけませんと、何の話だかさっぱり分かりませんわ。まず、そちらの方はどなたですの?」


 メアリは当然の質問をした。なぜなら、彼女は本当にリリスと初対面だったから。

 だがジェームズはギロリと彼女を睨みつけ、横柄にメアリを指差す。


「まだ白を切るつもりか! 君が彼女を『身分もわきまえない分不相応な娘』と罵り、彼女の持ち物を紛失、破損させ、あまつさえ彼女を暴漢に襲わせようとしたことは既に分かっているんだ!」


 ジェームズがそう告げると、群衆の中から数人の紳士が現れた。何やら書類や物品を持っているようだ。彼らもまたリリスのもとに群がり、彼女に優しく微笑んでからメアリをきつく睨みつけた。

 彼らは貴族の子女が通う王立学園のおけるリリスの同学年、先輩、後輩達である。

 ジェームズとメアリはリリスの同学年にあたるが、そんな事実をメアリは知らない。


「これは君がリリスを罵った内容を記録した書類だ。多くの証言がまとめられている」


 そう告げたのはハルベ公爵家長子、クロム・ハルベ。メアリより一学年先輩である。


「見ろ、これは彼女の教科書だ! 嫉妬にかられたお前の身勝手な情念でズタズタに切り裂かれている! 教科書には長い黒髪が挟まっていた。これはお前の物だろう!」


 そう声を荒げるのはデュベール伯爵家次男、マークス・デュベール。近衛騎士隊の子息で将来は隊長も夢ではないと噂される剣の才豊かな少年だ。メアリの一学年後輩にあたる。


「我が侯爵家の名にとんだ泥を塗りたくってくれたね、姉さん。姉さんの部屋からこんな物を見つけたよ。この懐中時計はリリスの物じゃないか。今は亡き彼女の母の形見を盗むなんて、貴族として、いや、人間としてどうかしてるよ! あなたの弟だなんて恥ずかしくて仕方がない!」


 メアリの実弟、チャールズ・ディーヴァは顔をくしゃくしゃに歪めて懐中時計をメアリに見せつけた。マークスとは同学年で、彼はディーヴァ家の次期当主でもある。


「先日、私達は暴漢からリリスを救いました。そして彼らは告げたのです。全てはあなたの指示によるものだと……嘆かわしい。人は嫉妬の炎を燃やすだけでかくも醜く心を爛れさせてしまうのでしょうか。……いえ、リリスであればこんなことにはならないはずです。人の性根とは最早生まれた時から既に決まっているのかもしれませんね。たとえリリスが許しても、神はあなたの所業を許しはしないでしょう。悔い改めなさい!」


 何やら説教を始めたのはバン・クロチャード。この国、アルテシア王国の正教会『ワークス教』教皇の子息だ。メアリの一学年先輩にあたる。学園卒業後は王都の教会本部にて司教となる予定だ。


 メアリも含め参加者達は驚愕を露にした。


 内容にも驚いたが、もしそれが事実であれば如何に侯爵令嬢とはいえ犯罪である。特に暴漢に女性を襲わせたというのは看過できない事態であった。


「そ、そんなこと、わたくしはしておりませんわ……」


 メアリはガタガタと震えながら訴えを否定した。顔は青ざめ、余程ショックだったのか両手で口元を隠している。

 だがジェームズ達はそれを罪が暴かれて狼狽えているのだと判断し、得意げにニヤリと嗤った。


 そして顔には出さずに内心で嗤笑を浮かべる少女が一人……リリスである。


(やった、上手くいったわ! 罵倒から初めてこの半年間でようやく暴漢までこぎつけた甲斐があったってものね。私の証言と彼らに用意した証拠があれば、彼女がいくら喚こうと誰も信じるはずがないわ。それくらい慎重に証拠を作り上げたんだから!)


 そう、全てはリリスによる策略であった。


 リリス・ガロードは数年前に子爵家に引き取られた子爵の庶子である。子爵が当時屋敷に仕えていたメイドに手を出して生まれた少女、それがリリスだ。

 母親は妊娠と同時に屋敷を追われ、リリスは平民として暮らしていた。


 だが母を病気で失ったのを機に彼女の運命が動き出す。


 子爵がリリスを引き取ったのだ。嫉妬にかられた継母によるいびりが始まる……かと思われたが、それは起きなかった。

 なぜなら子爵の妻は既にこの世を去っていたから。

 元々妻とは政略結婚でしかなく、妻の圧力に負けてメイドと離れ離れになってしまったが、妻が亡くなったことでようやく娘を引き取ることできたのだ。

 母の愛に包まれ心優しく育ったリリスは、泣いて謝る父をそっと抱きしめた。彼女は父を許し、これからは子爵令嬢として貴族社会で生きていくことを決意する。


 年頃になり王立学園に入学したリリスは、その才能とたゆまぬ努力、生来の人柄もあって学内で老若男女を問わず人気者になっていった。

 もちろん噂を知ったジェームズ達が彼女に興味を持ったことは言うまでもないだろう。


 ちなみに、メアリは当時からリリスのことを知らない。他のことに掛かりきりだったので。


 だが、舞踏会から半年前のある日、さらなる運命がリリスのもとに降りかかる。

 それは幸運だったのか、それとも不運だったのか……。いろいろと偶然が重なり、学園の庭園にてジェームズに押し倒される形となってしまったリリスは――。


(こ、これって……私が前世でやった乙女ゲームの世界じゃないの!?)


 その心を前世の人格に塗り替えられてしまった。


 そしてこの世界が前世で自分がやり込んだ乙女ゲームの世界に酷似していることに気づく。

 今までのリリスはそれこそ乙女ゲームのヒロインに相応しい優しさと寛容さ、そして聡明さと可憐さを持ち合わせたまさに『守ってあげたいお姫様』のような少女だった。

 だが前世の彼女は、それに憧れる乙ゲージャンキーにすぎず、周りに群がる男性陣を見て当然のようにこう考えた。


(間違いなく、今の私って逆ハールート真っ最中ね! さすが私! 記憶を思い出す前からよく分かってるじゃないの! エンディングまであと半年……例の舞踏会で悪役令嬢をこけ落とすことができればジェームズ王子と婚約して、逆ハー達成よ!)


 現実の見えていない少女の浅はかなロール・プレイングが始まった。





 記憶を取り戻して一ヶ月。リリスは焦った。悪役令嬢が虐めに来ないのだ。


(どうして来ないのよ! 私とジェームズがこんなに仲良くしてるのに! バカなの!? この世界の悪役令嬢はバカなの!? ちゃんと私の当て馬をやりなさいよ!)


 リリスは悪役令嬢ことジェームズの婚約者、メアリ・ディーヴァが虐めて来るのを待ったが彼女が現れることはなかった。それとなくジェームズ達に聞いてみるが、彼らは興味がないのかメアリの情報はほとんど有しておらずリリスは歯噛みするばかり。


 令嬢のことは同じく令嬢に聞くのが一番なのだが、なぜかこの一ヶ月で親しかった女性の友人達は彼女のもとを離れてしまった。逆ハーエンドを目指すことに気を取られていたリリスは女性の友人達を蔑ろにすることが多くなっていたのだ。


 ジェームズ達の前ではリリスを演じるが、攻略対象でもない少女達にまでリリスを演じる気概は彼女にはなかった。

 だがリリスは気付かない。前世でもそうやって友人作りに失敗した教訓は生かされず、以前のリリスが築き上げた信頼と友愛は悉く崩れ去っていく。


 今のリリスは、この世界が現実なのだと正しく認識することができずにいた。

 相談できる友人がいないリリスが出した結論は『メアリ・ディーヴァに罪を擦り付ける』ことだった。襲ってこないなら、襲われたことにすれば全員が信じてくれる。

 リリスはなぜか絶対の自信を持って行動を開始した。



 まずは罵倒。彼女は元友人達を脅迫して偽の証言を取り付けた。前世の記憶を取り戻す前の彼女は友人達に信頼されていたので、リリスは彼女達の人には言えない秘密を多く知っていたのだ。

 ……リリスはそれを悪用した。


 次に教科書。もちろんそれは自分で切り裂いた。メアリとはクラスも違い、会うことはできなかったのでメアリの弟、チャールズの髪を教科書に挟んだ。

 ちなみに、学園の生徒は全員寮生活と決められているので、チャールズであってもメアリの動向を把握するはできなかった。弟のくせに役に立たないとリリスが思ったことは内緒だ。


 そして懐中時計。これはなかなか苦労した。メアリに会ったことがない以上盗ませるにはどうしたものかと彼女も悩んだが、そこはプロに任せるのが一番だという結論に至った。

 暗殺者ギルドである。この世界には魔法や魔物が存在し、魔術師ギルトや冒険者ギルド、商人ギルド、そして暗殺者ギルドも存在していた。


 要するに隠密のプロにお願いして、メアリの私室(この場合は侯爵家の私室)に懐中時計を隠してもらったのだ。そしてチャールズに『母の形見の懐中時計が見当たらないの……最近、メアリ様が……いえ、いくらなんでもそんなわけないわよね。そこまでする方ではないわよね?』と、学園の長期休暇の直前にでも囁いてやれば、彼女の私室でチャールズが懐中時計を見つけるというわけである。……上手くいったのが奇跡のような杜撰な作戦だ。残念ながら上手くいったが。


 最後は暴漢だが、もう考えるのが面倒くさくなったリリスはそのまま暗殺者ギルドに一任した。

 その結果が、あれである。暴漢役の暗殺者達は証言をし終えるとジェームズ達の前から姿を消した。物証はないが、高位貴族五人の証言があるから十分だろうとリリスは考えた。





「証拠はあがっているんだ! 大人しく罪を認めてリリスに謝罪しろ!」

「そ、そんな……やってもいないことで、謝罪なんてできませんわ……」


「酷い! 私がこんなにつらかったのに、何もやっていないだなんて! 殿下、私悲しい!」

「リリスっ! 可哀想に……メアリ、どこまで失望させれば気が済むんだ、君は!」


「ですが、殿下。わたくし、本当にこの方に嫌がさせなど……」

「もう君の話など聞きたくもない! 兵士達! さっさと彼女を拘束せよ!」

「い、いや、来ないでくださいませ……!!」


 ジェームズの言葉に従い、メアリを取り囲むように十人の兵士が姿を現す。彼らはキリリと目を細め、メアリの元へ歩を進めた。

 近づく兵士を見て、メアリはさらに顔を青くし、その顔からは恐怖が窺える。

 その光景に、ジェームズはニヤリと嗤った。


(……リリスの言う通りだ。他の兵士や騎士など、メアリの所業に驚いて身動きひとつできていない。彼女の助言に従って兵士を買収しておいて正解だったな)


 実際、会場にいる兵士や騎士は状況についていけず、彼女を捕らえてよいものか判断がつかないでいた。最上位命令者である国王夫妻、それにメアリの父親である宰相もともに席を外している。

 いくら第一王子の命令とはいえ、一方的に少女を拘束するのはどうかと判断に迷ったのだ。


「さあ、大人しくしろ!」


「きゃああっ! お、おやめになってええええええ!」


 兵士が近づき、その手がメアリへのびる。彼女は悲鳴を上げて――。







 ヒラ、ヒラリ。


「――なっ!?」


 軽やかなステップとともに、メアリは兵士の手を逃れた。


「待ちやがれ! このっ!」

「動くんじゃねえよ!」


「きゃああああああ! いや、やめてくださいませええええええ!」



 ヒラ、ヒラ、ヒラリ。



「くっ!? ちょこまかと!」

「くそっ! だから動くなって言ってんだろ!」


 またしても弾むような足取りでメアリは兵士の手を躱す。美しいターンを描き、彼女の華やかなドレスが宙を舞った。


「いい加減しろや! 大人しくつかまれっての!」

「ぐぅっ! こなくそ!」


「待てって! この野郎!」

「失礼な! 野郎ではありませんわ! お願いします、どうかおやめになってええええええ!」




 ヒラ、ヒラ、フワリ、ヒラ、フワリ。




 十人の兵士に取り囲まれるメアリだが、五分経てども十分経てども彼女は一向に捕まらない。


「あーれーーーーーー! おやめになってええええええええ!」


 まるで踊るように兵士達の猛追を避けるメアリ。

 軽やかなステップに弾むようなジャンプ。兵士の手はどこからのびるか分からないというのに、まるで計算されつくしたかのような、まるで初めから振り付けは決められていたかのような迷いのない立ち回りを周囲に見せつけていた。


 だが、そんな華麗な動きとは裏腹に彼女の表情は青く、発する声からは怯えが見て取れた。


「よし、捕まえた!」


 一人の兵士の手が彼女の手に届く。兵士は全力でその手を突き出した……が。


「い、いやですわあああああああああああ!」

「――なっ!?」


 のばされた兵士の手に、メアリの掌が重なった。指と指が絡み、しっかりと手が繋がれる。

 まさか手を繋ぐとは思わなかった兵士は思わず目を見開くが、直後さらに驚くこととなった。


 メアリの圧倒的な握力と腕力に――。


「きゃああああああああああ!」

「な、なんだあああああああ!」


 メアリと兵士は手を繋いだまま、メアリを支点にクルクルと回転した。兵士は止まりたかったが、メアリから伝わる力に逆らえず、美しい円を描く。

 そしてパッと手を放すとメアリは次に近づいた兵士の手を取り、彼を引き寄せると見事なターンを見せて兵士から距離を取った。

 彼女につられる兵士の動きでさえ美しく、まるでメアリと兵士による舞曲のようであった。





「……きれい」


 メアリ達を取り囲んでいた参加者の中からどこともなくポツリと聞こえた呟き。そして誰もがその光景に同じ感想を抱いていた。


 人々の目に映るのは、最早兵士に捕らえられそうな罪人の姿ではない。


 演目『憂いの美姫と十人の求婚者』といった具合の演舞であった。


 あまりに美しい舞姫の存在に、参加者という名の観客達はジェームズ達の訴えのことなどすっかり忘れてしまっていた。

 そして観客の一人が気付く。


「おい、楽師達! このような素晴らしい演舞に音楽がないなど許されることではない! 麗しい舞姫に相応しい華やかな音楽を奏でるのだ!」


 楽師達はハッと気が付くと、即座に楽器を振るった。


 会場内に楽師達による即興の音楽が奏でられる。メアリの足取りに合わせて彩られる弦の響き、打楽器の律動、鍵盤の旋律が耳に心地よい。


 十人の兵士とともに踊るメアリに刺激され、観客達の心も弾む。

 気が付くと、観客達はその場で自分好みのステップを踏み始めていた。


「……ど、どうなってるのよ、これ……?」

「何が、どうなって……」


 リリスとジェームズ、そして四人の子息達は混乱の中にいた。


 先ほどまでメアリを捕らえる状況にいたはずが、なぜか会場は楽しい音楽とダンスで満ち溢れていた。婚約破棄の証人になってもらおうと思っていた舞踏会の参加者達が楽しそうに踊っている。

 国王が戻る前に全てを済ませて事後報告するつもりだったというのに、これでは……。


 何が起きているのか、リリス達には理解できなかった。

 舞姫の演舞が始まって既に三十分、疲れを知らぬ軽い足取りのメアリに対し、十人の兵士はそろそろ体力の限界であった。第一王子が見ている手前手を抜くこともできず、全力でメアリを追い続けて既に足腰はふらふら、最早彼女を捕まえることなど不可能であった。


「もう、無理……」

「なんだよ、簡単な仕事じゃなかったのかよ……」


 その声すら息も絶え絶えで、楽しく踊る者達の耳には届かない。やがて完全に力尽きた兵士達はメアリを中心に、美しい円を描くように膝を折る。


 その光景はまるで演舞の終局。軽やかなジャンプを終え音もなく地面に降り立つメアリを、称えるように取り囲む兵士達の姿がそこにあった。


 彼女もまた全力で兵士達から逃げ続けたため相当な疲労が溜まっていた。膝を折る兵士達とは一拍遅れて、メアリもまたゆっくりと膝を折る。



 まるで演舞を見届けた観客達へ、終幕を示すかのように……。

 しばしの静寂が会場を埋め尽くす。そして――。


「「「ブラボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」


 歓声と拍手が会場に響き渡った。


 ハッと顔を上げるメアリ。なぜか周囲の者達が自分を絶賛していた。自分は兵士から逃げていただけなのに、これは一体どういうことだろうと周りを見回しながら肩で息をする。





「これはこれは、大変見事な舞いであった。よき余興を見せてくれたな、メアリ嬢」

「へ、陛下!?」


 いつの間にか国王夫妻と宰相が会場に戻ってきていた。全員が一斉に礼を取る。

 ジェームズとリリスを除いて……。


「会場中の客人全員を巻き込んでの見事なダンスでした。私も陛下と一緒に参加したかったですわ」

「そ、そんな、王妃様。わたくし、踊っていたわけでは……」

「ははは、謙遜する必要もあるまい。あれほど見事な演舞は早々見れまい。何せそなたは――」

「父上!」


 無礼にも、国王の言葉を途中で止める者が現れた。第一王子ジェームズである。


「何ですか、ジェームズ。陛下のお言葉を遮るなど、王子と言えど不敬ですよ」


「申し訳ございません、父上、母上。ですが、お二人はメアリに騙されているのです! 私とリリスの仲に嫉妬し、私の婚約者という身分を笠に着て彼女を虐げたのです! そのような者にお褒めの言葉など与える必要はありません。今も兵士に捕縛されるところを往生際悪く逃げ続けていたのです! 私と彼女との婚約を破棄してください!」


 ジェームズの言葉に国王夫妻と宰相は驚きを隠せない。彼らはメアリとジェームズを交互に見た。


「なんと! 彼女を捕らえようとしていたと申すか!? それに、婚約破棄だと!?」

「はい! 私はメアリとの婚約を破棄し、ここにいるリリスと婚約しとうございます!」

「その娘と、婚約……」


 国王はジェームズの言葉に驚きリリスをじっと見つめた。


「あの、陛下、わたくしは……」

「今は何も口にしなくていい、メアリ嬢」


 弁明をしようとしたのかメアリが口を開くが、国王はそれを右手で制す。それを見たリリスは人目も憚らずニタリと嗤った。


(やったわ! 国王様も信じてくれるのね! そうよね、私がヒロインですもの。悪役令嬢の言葉なんて信じる必要ないのよ。みんな私の言葉だけ信じていればいいんだから!)


 だが、国王の意図はリリスとは全く真逆のものであった。


「この痴れ者が! お前達、あの愚か者どもを直ちに捕縛せよ!」

「なっ! 父上!?」

「きゃああ! 何よ、これ! どういうことよ!」


 国王は兵士に命じ、リリス、ジェームズ以下取り巻き達の拘束を命じた。兵士に捕らえられ身動きの取れなくなった六人を、メアリは呆然と見つめる。


「あの、陛下、一体何が起きたのでしょうか……?」


 状況が飲み込めず、メアリは国王へ訪ねた。令嬢の方から国王に声を掛けるなど不敬なはずだが、国王も王妃も、実父である宰相さえもそれを咎める様子はない。


「すまなかった、メアリ嬢。まさか息子がこんな馬鹿な真似をするとは思いもせず……」

「許してくださいね、メアリさん。私はこんな息子を持って恥ずかしいわ」


 観衆は驚きを隠せない。公の場で国王夫妻が一介の令嬢にはっきりと謝罪をしたのだ。


「父上! 一体どういうことですか! なぜメアリでなく私を!」

「まだ分からぬか! お前がここまで阿呆だとは知らなんだぞ! この国を危険に晒しおって!」

「き、危険……?」


 ジェームズは国王の言葉の意味が理解できなかった。メアリと婚約破棄をして一体何が危険だというのか……?


「まあ、いい。どのみちこの舞踏会にてお披露目をする予定だったのだ。メアリ嬢、こちらへ」


 言われるがままメアリは国王夫妻の前に跪く。宰相が彼女の手を取り国王の隣へと導いた。


「皆の者、よく聞いてほしい! 彼女、メアリ・ディーヴァ侯爵令嬢は、今代における我が国の『聖なる舞姫』である!」


 全員が大きく目を見開き驚きを露にした。そして、なぜ国王が第一王子を叱責したか理解した。

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