第639話 幻影.1

穴に飛び込むと、やはりというか、重力が狂っていた。

下に落ちたのに横に飛び出したのだ。


まぁ、想定内だったけど。


皆はネコに任せて一足先に着地する。


「……おお」


廊下を塞ぐように溶岩が固まっている。

だけど、所々ひび割れ、目を凝らすとうっすら細かい魔力の網が覆っている。


解除は無理そうだ。何せ解ける綻びがない。


「ん?待てよこれ…」


変な流れが。


──ライハ、これはチヴァヘナの魔法だ。あのコノンって奴が洗脳下から解かれればこの空間が内側に崩壊するようにされている。この空間は門の中とは違って脆いから。


エルファラが言う。

その言葉に戻ってきたネコが不安げに質問した。


『皆が脱出する時間とかありそうかな?』


──多少はな。だが、近くならともかく遠ければ保証もできん。潰れる過程で道も塞がるだろうし。


それは困るな。


「せめて道の回りと、見えている範囲だけでも凍らせておくか」


道と、あと壁とに冷気を飛ばして凍らせる。その際、内側に返し付きの杭を打ち込んだ。


「何してるんだ。急がないと」


「わかってます。っと、これでよし」


気休めにしかならないだろうが、道さえもってくれればなんとかなるだろう。


廊下を走る。

双子とグロレはリジョレと呼ばれた犬に乗っている。


魔力はますます濃くなっており、息苦しい。


「ん?なんだあれ」


「む?」


ユイが前方を睨み付けている。


少し遅れて、オレの目にもとあるものが写り込んだ。

十字架の形に彫られた杭に、女性の腕がくくりつけられていた。長い髪は乱れ、服は赤く染まっている。


見覚えのある姿に動揺した。


「!! アーリャさ『ライハ後ろ!!!』──!?」


ネコが接近を知らせたが、オレは血塗れになったアーリャの姿に気を取られ、死角から接近していた気配を見逃した。


「っだ!?」


防御する間もなく、顔を鷲掴まれて壁に叩き付けられた。

ひび割れる壁。ネコが辛うじて尻尾で頭を守ってくれたから打ち付けることはなかったが、不覚をとった。


『やっとここまで来たのね!結構な邪魔してくれちゃって腹立たしいけど、問題ないわ!それよりもちょっと味見させてくれない!?ね!?』


体が壁にめり込む。

手はもう離れているのに、巨人の手で押されているかのように指一本びくともしない。


(こいつの魔法属性は重力とかか!!…にしてもなんだこの圧っ!リューシュなんて比べ物にならないほどに強いっ)


肋骨が悲鳴をあげている。


ネコも顔が横向きで押し付けられている上に、尻尾はオレの下敷きで手が出せない。

ユイ達も、オレとは時間差で反対側の壁に押し付けられてしまっていた。


チヴァヘナがハァーハァーと息を荒くしてこちらを飢えた獣のような目で見ていて物凄く怖い。

そういえば味見とか言ったか!?なんの味見だ!?


『ふふふふふ。あのくそ女に私の大事な大事なピンクの男の子コレクションを盗まれちゃってイライラしてたのよ。せーっかく綺麗に飾ってたのに。挙げ句の果てに私の姿に化けてるとか、もうホントにムカつく。でもいいわ。ちょーど良いところに来てくれたし、ダリがまだダメって言ってたけどもう我慢の限界。ちょっとくらい摘まみ食いしても大丈夫よね!頂くわ!!』


頬に手が添えられてチヴァヘナの瞳に桃色が混じり、瞳から放たれた魔力がこちらへと向かってきた。よくわからんがこの攻撃はヤバイ気がする!


頭の中で警鐘が大音量で鳴り響いている。

掌だけなんとかしてチヴァヘナの方へと向けて狙いを定めた。


ここは一旦雷を大放出で──


──まぁ待てよライハ。


なのに、発動し掛けた魔法をエルファラが強制的に解除した。


(おい、お前何してくれちゃってンの!!!??誰の味方だよ!!!!このままだとタゴスみたいに洗脳みたいなのとか掛けられ─)


──お前に干渉系の魔法が効くわけねーだろ。いいからそのままでいろ。


「…っ」


何を考えているのだこの野郎!!!!と心の中で怒号を飛ばすが、すべての魔法をキャンセルされてはどうすることもできない。


そうこうしているうちにチヴァヘナの唇が迫り、もう少しで届くという時。


出番だぞ、とエルファラが誰かに言った。


左頬にチリチリと電気みたいなのが走り、次の瞬間。


『残念。あんたにだけはこの人間には触らせないよ』


『なん!!?』


チヴァヘナが吹っ飛ばされた。

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