第568話 変質者.2

「…ラビ?」


声を掛けた。


「ライハ」


と、返答があった。


本当にラビなのか?

じりじりと様子をうかがいつつ、剣を鞘に納めた。

まだ油断は出来ない。


本人かどうかの確証がない。


髪の毛の色の違いもあるし、何よりオレは目の前でラビが殺されたのをしっかりと見ていたのだ。

この世界には『死者を蘇らせる魔法』は存在しない。

精々『死ににくくする』だけが限度だ。


オレだって、きっと部位切断でもされれば戻らないだろうし、首切りされたら死ぬだろう。そして生き返れない。



だが、目の前にはラビがいる。

その事実がオレを激しく混乱させた。


前に姿を真似る悪魔と戦ったことがある。だけども、今回はその悪魔ではないと分かった。だからこそ、だからこそ警戒を解くことができなかった。


そして、何よりラビが放つ気配が不安を増長させていた。

人間の魔力の流れではない。どちらかと言えば、魔法具のソレだ。



「ほんとに、ほんとにラビなのか?」



信じたい。

信じさせてくれ。



そんなオレの様子を見て、ラビが何かを察し、「ああー…」と良いながら頭を掻いた。


「ま、そうか。そうだよな。じゃあ──」


ラビの気配が変わった。


すうっと息を吸い、こちらに鋭い眼光を向ける。


「総員!!気を付け!!!」


「!!?」


体がほぼ条件反射的に気を付け姿勢を取った。

背筋が伸びて、軍服も着てないのにあの戦場にいたときの土埃と汗と血生臭い光景がフラッシュバックした。

ネコも分かりやすく体が跳ね、すぐさま地面に降りて姿勢よく座る。


この号令時の圧は身に覚えがある。


「なんなら隊員全員の名前でも言おうか?第1班隊長ライハ・アマツ。第一班所属構成員ミチェル・ガードナー、ライムンド・ロンスデール、エミリオ・スモールウッド、エドガー・クレッグ、ノビオ・リースマン、レイナルド・バーリス、ブレンダン・キーリー、レオ・アーン、イアゴ・ベイトソン、マルセリノ・シールド、ウィリアム・フォーサイス。続いて第二──」


「わかった!わかったから!!」


慌てて止める。

間違いない。登録番号順に五十人近くいる隊員達をマシンガンのようにベラベラベラと淀みなく話すことが出来るのはラビだけだ。


オレでさえ途中誰まで言ったのか分からなくなるから間違いない!!



「信じてくれたか?」



半分溜め息混じりでラビにそう言われ、警戒を解いた。


本当に生きてる。



「ラ──」


駆け寄ろうとした瞬間、オレの横を物凄い勢いで誰かが駆け抜けた。



「へ?」



ラビが間抜けな声を上げた。



「この──」


「まってレーニォ!!!」



大きく振りかぶる拳。

思わずラビが防御の姿勢を取るが、レーニォは構わずラビの首に向かって腕を放った。




「ド阿呆があああああ!!!」

「どっふっ!!!?」




「まさかのランニング・ネックブリーカー・ドロップ!?」



防御した腕ごとレーニォは首に腕を引っ掻け、地面へと叩きつけたーーーっ!!!!


地面に叩き付けられる瞬間ラビは腕で地面を叩いて衝撃を分散したが、突然の事に吃驚しすぎて誰も彼もが動きを止めた。


そしてそのまま流れるように腕挫十字固うでひしぎじゅうじがため

ここまでギリギリと骨の軋む音が聞こえてくる。


「痛い!!痛い!!痛い!!兄貴痛い!!!」


地面を叩いて衝撃を逃がした方の手で必死にレーニォのロックを外そうとしているが、あまりにも綺麗に決まっているもんだからどうすることも出来ない。


「一度のみならず二度も心配させよってからに!!俺がどんだけ絶望したのか解っとんのかぁああああああ!!!!!(怒)」


「ごめんなさぁぁーーーーーい!!!!」


語尾に(怒)が黙視できるほどに激怒しながら号泣しているレーニォと、殆ど絶叫に近い形でギブアップを主張しているラビという。もはや、なんだこれとしか感想の出ない状況が目の前で繰り広げられていた。


『ライハ。そろそろ止めないと腕折れるよ』


「ハッ!」


ネコの言葉で我に返り、アウソとノルベルト、ガルネットの三人掛かりでようやくレーニォとラビを引き離すことができたのだった。


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