第566話 第一の門番.5

正直上手くいくと思ってなかった。


「こんなベタなの上手くいくわけねーって思ってたのに!!」


アウソが叫ぶ。


「まさしく事実は小説より奇なりだな!!」


「爺ぃが何だって!?」


盛大にノルベルトが聞き間違いをしつつも、塔へと向けて猛ダッシュ。


匂いの付いた上着を囮にするという無謀過ぎる作戦が何故か上手くいき、いけどもいけども大きさの変わらなかった塔がみるみるうちに近付いていく。

きっとあの匂いを中心点に何らかの魔法やらなんやらを掛けられていたと推測するが、今は此処からの脱出をメインでただひたすらに脚を動かしていた。


囮といっても勿論悪魔に気付かれるまでの僅かな時間稼ぎ。


嫌がるニック共々足が早い連中が遅い奴等を担ぎ上げ、走る走る走る。


このまま塔へと突っ込み、そのまま脱出が最も理想的である。


「!!  伏せろお前ら!!」


「!!?」


ニックが焦りを含ませた警告を発する。だが、全力で走っているときに急に止まれるはずもない。しかも人一人を担いでいる時なんて尚更である。(現在ニック担ぎ中)


次の瞬間。


「と」


そんなオレ達の足が一斉に掬い上げられた。

正確には、引っ掛けられた。


ネコの尻尾によって。


「どわあああ!!」


なんという尻尾使いだ。

無意識に避けようとした動きの先の先まで読んで両足引っ掛けて来やがった。


そして、地面にぶつかる寸前に、尻尾によって受け止められていた。


風を切る音が、まるでスコールがやって来るときの様な音を響かせてオレ達の頭上を駆け抜けていく。収まったと、ようやく顔をあげると、隣の木がぶっ飛んでいた。


蔦だ。


始めにオレ達を追い掛けてきていた蔦の化け物が一斉にオレ達が先程まで居た所へと突っ込み、結果隣の大木が犠牲となっていた。

ギギィと悲鳴のような音を上げて倒壊した。


引きちぎられたような断面から煙が上がっている。


ツンと鼻を突くような匂い。

グズグズとした音と共に、断面が溶けていた。


ぞっとする。


『急いで!!来たよ!!』


遠吠えが聞こえてくる。それはどんどん大きくなり、増えていった。


大きな魔力が飛んでくる。


何かの魔法攻撃だ。


「そのまま動くな!」


目には見えない。だけども風の帯と魔力の粒子がその存在を証明している。


「ライハ!?」


右腕に魔力を集中させ、反転の属性を付加した盾を発動した。それを五枚重ね。

見えはしないが、近付いてくるその存在の動きに合わせて、拳を振りかぶった。


盾が三枚消し飛んだ。

辺りに爆風が作り出した刃で木や蔦がぶつ切りにされ、それでも残り二枚の盾で攻撃を跳ね返す。すると、着弾した箇所であろう所に竜巻の様なものが発生し、木が巻き込まれて粉々になりながら空高く吹き飛ばされ、ほんの数秒で竜巻は消えた。


「こっっわ!!!」


跳ね返しておいて言う言葉じゃないけど、こっっわ!!!


「これ普通の結界だったら終わってたな」


さらさらと粉になった木が舞っている。


「おや?」


気配が消えてる。


森中に充満していた魔力が消えた。


まさか、あの着弾地点にいた?


「………今のうちに行こうぜ」


ニックが気配が消えたのを察して、そう言った瞬間、着弾した付近からとんでもない殺気が溢れ出し、物凄い速度で飛んできた。


木が魔力に押し退けられているとでもいうのか。


それが通過した場所に生えていた木が、悪魔の出す衝撃波によって根本から折れ曲がった。


真っ直ぐにオレへと飛んでくる。姿は獣の耳が生えた女性の姿からは一変、おぞましい姿へと変貌していた。


『集まれ!!ジャトゥラント!!獲物を屠れ!!皆殺しだ!!』


地鳴りが聞こえる。地面が揺れ動き、蠢く。


『────ッッッッ』


悪魔の口から衝撃波が放たれる。


もう一度跳ね返してやる。そう思い、魔力をためようとしたとき、シラギクが前へと飛び出た。


「ハッ!!」


シラギクは気合いを放ちながら前方に向けて光の環を飛ばした。


衝撃波がある地点で突然軌道を変え、背後にある塔へと被弾した。

丸い穴が穿たれた塔。

一目見てあの攻撃はヤバい。もしかするとオレの盾では防げなかったかもしれないと思うほどに貫通力を上げた攻撃だった。


『小癪な!!』


「兄さん、後は任せた!!」


「シェルム!?」


ノルベルトの肩を叩き、シェルムが悪魔の前へと躍り出た。


悪魔の口がシェルムへと向けられる。だが、シェルムはそれに怯むことなく手を組んだ腕を振り上げ、一瞬の間に練り上げた魔力を纏わせると勢い良く振り下ろした。


ベゴン。


地面が二段階に渡って大きく陥没した。

中心点はシェルムと悪魔。


悪魔は地面へとめり込み、放った魔法は狙いがそれてシェルムの頬を掠め、左耳の外側の一部を抉って彼方へと飛んでいった。


「まったく、勝手に決めるんだから」


ビーッ!と何かを引き裂く音がして振り替えると、デアがスカートの裾を引き裂き、纏め上げていた。


「キリコちゃん。その弓、使ってないなら貸してちょうだい」


「いいけど、あんたまさか」


キリコにしては珍しく動揺していた。


それをデアはフフンと楽しそうに笑いながら髪を纏め上げる。


「本当はみんなで一緒に出られればいいなーって思ってたんだけどね。ま、全部上手くいくわけがないし。どーせ足止め役がいるのなら、得意な地形の方が良いもんね」


キリコから弓と種類もバラバラな矢を受け取り、番える。

その姿は様になっていて、とても一般的な女性とは思えなかった。


「でもあんた、戦えるの?」


「さぁ、どうだろう。でも…」


ウィンクをしつつデアは矢を射った。

その矢は森から飛び出してきたジャトゥラントの顔代わりの蕾の尖端から頭内へと突き刺さり、そのまま木へと貼り付けられバタバタともがいていた。


「私は元旅劇団ヒターノィよ。相手を錯乱させることには長けてるわ。じゃあ、また会いましょう!ルビーの愛し子さん!」


そういうやデアは近くの蔦を裸足で駆け上がり、飛び出してくるジャトゥラントを次々に木に貼り付けていった。


緑色のマントがはためいて、まるでロビンフットだ。


「じゃー、さっさと塔へと走ってネ!ここは任せなヨ」


しなる棒を肩にかついで、ひらひらと手を振るビギン。


「それなら、私も!」


シラギクが参戦しようとするのを、ビギンが棒先をシラギクの胸に当てて押し戻した。


「大馬鹿者。あんたはもっと先に行くべき。ここは自分達で十分ヨ。大丈夫、さよならは言わないよ!また生きて再会を果たそう!ヨ! …ライハだっけ?うちの連中を頼むヨ」


ズドンとまたしてもシェルムの方向から爆発音が。


「行け!!」


シェルムが叫んでいる。

置いていくのか。今ここでみんなで戦えば勝てるかもしれないのに。


柄に手を伸ばした時、悪魔から笑い声が聞こえた。


『あはははははは!!!そうそう上手くいくわけないだろう!?』


背後で崩れる音が聞こえる。

塔が、先程の攻撃でか分からないが崩壊を始めていた。


マズイ、あの塔が無くなれば此処から出られなくなってしまう。だが、ここで置いていけば、どちらにせよこの三人は此処から出られない。


『さぁ選べ!!どちらにせよ私の仕事は達成されるのだからな!!』


「シェルム!!天なるエリカに恥じぬ最後を!!」


「ああ!!兄さんも天なるエリカに恥じぬ最後を!!」


素晴らしい敬礼だった。


「行くぞ!!」


ノルベルトが促す。


歯を食い縛り、敬礼をする。

どうか、生き延びてくれ。


『いいの!?』


ネコが困惑の表情でこちらを見ている。


「ああ!信じる!!」


今は信じるしかない。

振り返らずに塔へと向かって走り始めた。


ギリリとレーニォが歯軋りをしている。


キリコが何度も振り返ろうとしていた。


だが、一行は脚を止めることなく走り続け、もうじき塔とも呼べぬ姿にまで崩れていた建物の入り口へと目を向けた。

水面に揺らめく景色の向こうに廊下が見える。


その中へと飛び込んだ。

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