第560話 進撃.5

人の気配はない。

かといって安全なわけではない。


常に粒子の目を酷使しつつ、進んでいく。


いつ何が起こるのか分からないのだから。






「ちょっと、息苦しい感じ」


デアが言う。


「わかる」


と、同意するビギン。


「気配はないのに、見張られているような感覚がするヨ。さっきから尻尾がざわざわする」


その意見にオレも完全に同意した。


例えるなら、常に監視カメラに囲まれているような、視線的なものを感じている。かといってそこに目を向けても何もない。粒子の目にも映らない。なのに、そこに何かがあるのだと、勘が警告している。


今のところ攻撃も妨害もないのだが。

だからこそ得体が知れなくて怖い。


「!」


そこへ、突然見慣れた光景が飛び込んできた。


カビ臭い通路。煉瓦作りの壁。ボンヤリとした光が一定間隔で灯り、香のような臭いか漂う。


ここは、オレが何度も何度も足を踏み入れたあの場所だ。




扉には雪の結晶と花弁が合体したような紋様。


しかしそれは最早見る影もなく、何か大きなものに削り取られたようになり、形を無くしていた。半開きの扉の向こうにはステンドグラスから溢れる陽の光。


木製の長椅子が左右に分かれて並び、前方の広場の上方には扉と似た形の十字架がわりのモノが半分破壊され、残されたのもが申し訳程度でぶら下がっていた。


ここで召還された。


ここで解呪の儀をやった。


だが、今は見る影もない。


『ここ嫌い。大嫌い』


「…ネコにとってはそうだよな」


どんな言葉の感情だろうか。懐かしい?悲しい?それとも戻ってきたという達成感の一種か。


「なにかあるか?」


「…………いや」


ニックが声を掛けてきた。


「何も」


何もない。

今は感傷に浸っている場合ではない。


「行こう」



















床に木の根が張り付いている。

そもそも木の根かどうかも怪しいが。


「ライハ、あれ見ろ」


ユイが指差す。

その廊下の先には、足元にある木の根に似た塊がぼろ布を引っ提げてあちらこちらに転がっていた。


「なんだあれ」


切断面が綺麗だ。まるで刃物で一刀両断にしたみたいに。




『ライハ』


ネコが毛を逆立てている。


なにか来る。



曲がり角から音が近づいてきている。ズルズルと引き摺る重い音が、不規則に、それでも一歩ずつ向かってきていた。

各々武器を手に迎撃体制を整えた。


影が見えた。











「………うそ、だろ」









表れたのは、かつてこの城で良くしてもらった兵士の先輩であった。


だが、首は折れ曲がり、切断され、たった数センチの皮で繋がっている。

瞳孔は開ききっていて、明らかに生きているものとは思えなかった。なのに、先輩は動いていた。


「……ぁ………ぁ…ゥ……」


口からは空気が漏れる音と辛うじて声に似た音が発せられている。


くるんと目が動いてこちらを見ると、嬉しげに口に笑みを浮かべた。


「……お…ぇ、ぃ…てた……ぁ」


上げた腕には手がない。


代わりに切断面からうごうごと植物の蔦が蠢いていた。

これをオレは知っている。


ドルイプチェで、ジョウジョが人間を操っていた蔦の魔物だ。


「ょあ……ぁ…」


ぶちん。


言葉にもなってない音を発して、辛うじて繋がっていた皮が引きちぎれて頭が落ちた。


ごっ。


そんな音を立てて頭は廊下に転がり、数秒遅れて残された体も糸が切れた人形のように倒れた。


「……っ…」


デアとビギンが顔を青くして息を詰まらせた。


「………………、ふぅぅぅ…」


ゆっくり息を吐き出す。

微かに震えていた震えも、怒りも悲しみも飲み込む。


代わりに斎主が熱く怒りを代弁してくれた。


そうか、そうだよな。悪魔にとって、人間は姿が似ているだけの下等生物という認識なんだもんな。


「…スイさん」


ハッとしたようにユイが呟く。

そうだ、先に突撃したスイとアーリャがこれと既に戦っているかもしれないのだ。


「急ごう!!」

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