第544話 反撃を.1

そこにあったのは、ただの蹂躙だった。

こいつに魔力を使うのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにザラキはあの後から一切の魔力を使うことなくリューシュをぶちのめした。


何の意図があったかは知らないが、敢えて致命傷を避けて渾身の一撃の拳や蹴りを叩き込み、記憶していたリューシュよりは体も小さく、少しばかり弱ってはいたものの、それでも十分な強さを持っていた筈のリューシュは、ザラキが10発入れる前に地面へと沈んだ。


生きているが、動けない。

反撃をする気力さえも削ぐ程の力に、最後辺りからはリューシュは死んでいる振りをしていた。


それも仕方あるまい。

恐らくキリコもリューシュの立場であったのなら、きっと同じようにしていただろう。


そんなリューシュに満足したのか、警戒を解かないままであるが、ザラキがやって来た。

その際、さりげなく拳についた血を服で拭いながら。


「カリアは?」


「呼吸は安定してきたけど、いつもに比べて回復がとても遅い。それに…」


耳を済まさなくても聞こえるこの音。

初めは何の音か分からなかったが、キリコは今理解した。

キリコは熱を感じにくい。だから、気づくのが遅かった。


この音は、カリアの右腕を蝕む呪いが体を食いつくして自壊させようとしている音だ。


腕は燃えるように熱を持ち、それは徐々に体へと広がっている。ヒビは深く、胸の方まで広がっている。


「戻ろう。そこで処置をする」


「わかった。 !!」


ひょいとカリアをザラキが抱き上げた。文句を言いたくもあったが、キリコは黙って傍らに転がるモノを持って立ち上がった。

ザラキが火の精霊ボアを呼び、道を開く。


キリコが先導する火の精霊ボアを追い中に入ると、後ろから声が聞こえた気がした。


ザラキの声だろうか?それにしては別人の声に聞こえた。

だが、それはすぐに道が閉ざされ沈黙する。

キリコはザラキとカリアを確認するや、空耳だっただろうかと首を捻りつつ、前を向いて走り出した。













「遅れて、すまなかった…」


心からの謝罪は、恐らく届いてない。だが、それでもザラキはその言葉を言いたかった。

何故なら、ザラキは理解していたからだ。この呪いがどういうものかを。師匠と同じ呪い。


カリアは魔法の素質がなかったから言わなかったが、師匠はザラキに自身の呪いの事を話していた。


仲間が突然の襲撃で次次に消されていくなか、唯一、複数の呪いを掛けられ生かされた師匠は、勿論自身の呪いがどのようなものかを研究していた。


親友であり、命の恩人を目の前で失った絶望を紛らわす為だったのかは今では分からないが、本来戦士であった師匠は魔術師となり、研究を重ねていた。結局その研究は、完成することはなかったが。



「だが、俺が絶対に死なせやしない。どんな事になっても」



その意志はきちんと紡がれていた。




『………ぅ……おれを、俺も連れていけ…!』


後ろから声が聞こえた。


振り返る。

声の主はリューシュだった。

ボロボロの体で、必死にこちらに手を伸ばしていた。


『聞こえねーのか!!俺も──』

「──残念だったな」


大人気ないだろうが、ザラキはリューシュを静かに見詰め、言葉を遮った。


「俺の想い人を傷付けるような奴を、慈愛で助けてやれるほど、俺は…」


嗤う。

きっと今、誰よりも、目の前の悪魔よりも凶悪な顔をしている自覚がある。


「お人好しじゃないんだ」


絶望に歪むリューシュの姿は、炎によって遮られた。















炎の道を抜け、ニックの側に着地した。

途端にニックの顔が曇る。


「…これは、!」


ニックは右腕の破壊された封印を見付け、更に顔を歪ませる。

そうか、この封印を施したのは彼だったのかと、ザラキは納得した。完璧な魔方陣だった。きっともっと強く偉大な魔術師になるに違いないとザラキは思った。


「ザラキ、早く師匠を…!」


「分かってる。誰か、剣を、出来るなら魔法を宿せる剣が良い」


「呼んだ?」


ひょっこり、そんな擬音が似合うように男がやって来た。


一目見た瞬間に、この男が人間でないのは分かった、が、何か違和感があった。

まるで人形が人間に似せて演じているような。


「剣を貸してくれないか?」


「お安いご用。あーと、ちょい待ってください」


少し汚れていると、男はハンカチで刃を拭い、差し出した。

ありがたく受け取ろうとしたが、男は手を離さなかった。


なんだと怪訝な顔をして見せれば、男はニヘラと笑う。


「その剣、こっちで言う悪い魔力を吸い取ってくれますから、貴方の負担軽減できるかも」


「そりゃあ助かる」


「いえいえ、その吸った魔力でこちらも大変助かるので」


ギブアンドテイク、というやつか。

何に使うのか。その頬に施された封印術を解くためか、それとも懐に入れているイカれた道具に使うのか。どちらにせよ、これで生存率は上がる。


あとは、カリアの生命力次第というのがなんとも歯痒いが。


「キリコ、悪いが押さえててくれ。そこのウィザードも」


「ニックだ。これしか方法が無いのが辛いな」


「…………」


キリコは何も言わない。

複雑な顔をしてはいるが、優勢順位は命だ。

命が無ければ元も子もない。


左肩に触れ、魔力を流して呪いの行き先を誘導する。

侵された部分は元には戻らない。だが、それでも出来る限りの誘導し、広がっていた呪いの流れを腕に集めた。

腕はもう、少しの刺激で砕けそうであった。


腕の根本をきつく紐で縛る。もしかしたら血も出ないかもしれないが、万が一の時の為だ。


柄を両手で握り、魔力を通わせ、繋げる。


切っ先を腕の根本に向けた。











重いものが、地面に転がった。

切っ先を通じて硬いものが切断された感触が未だに手に残る。


転がった腕は、すぐさま砕けて粉々になり、切断された腕の根本には、僅かに赤が滲んでいた。生きていた箇所があったことにホッとした。これなら、そこまで長く掛からないかもしれない。


剣は吸い取った魔力で満ちていた。どれ程の濃度の呪いを受けていたのか、想像すら出来ない。


自らの体が発熱している。こちらもうまく流れた。そのままゆっくりと圧縮し、固定した。呪いの代替わりだ。だが、カリアと違い魔力の扱いに長け、何よりこの呪いの研究を完成させたザラキは容易に呪いに侵されることはなかった。


だが、それでもいつ発動するかも分からない呪いとして存在している。それを、これからザラキは体内で結界を張り、長い時間を掛けて消滅させるのだ。


カリアの体からは呪いが消えている。

あとは、回復するのを待つばかりだ。


「剣をありがとう。助かった」


「いえいえ、こちらこ──」


そ、まで言い切る直前。男が突然顔を空へと向けた。

なんだと思う前に、ザラキも正体不明の力が降ってくるのを感じて、男と同じ方向へと顔を向けた瞬間、光の矢が飛んできて、ライハがいるであろう場所へ着弾した。


「…そこに、いるのですか。ありがたい、神よ。これで遂行できます」


「!?」


男が言う。ザラキは驚いた、何故か男の体が光に覆われていた。貸すかに光の中に見えるのは何の文字だろうか、ランダムに丸と線が表示されている。


光が収まると同時に頬に施された封印が薄まる。

男の魔力量が驚くほど増えていた。ギリスの長のマーリンすら凌ぐ程の量だ。


「ふむ。能力まで取り戻せなかったのは残念だったけど。まぁ、名前が戻ってきたのならこっちのものだ』


「ア、アンノーン?」


ニックが思わず溢した男の名乗っていたモノ。


「これからはノアです。任せてくださいよ、ぴっちりかっちり、例え魔法が発動してしまったとしても抑えて見せますとも』


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