第543話 総力戦、開始.29

アウソを見送り、ザラキは先程からとある気配を探していた。近くにいればその気配ははっきりと感じる。


例え、カリアが完全に気配を消していたとしても、微かに存在しているくらいは感じるものだ。

それが、今完全に消失していたのだ。


この戦場には居ないのか?

いや、まさかそんなはずはない。


なのに、常に近くにいるであろうキリコの気配すら無い。


一瞬最悪の事態が頭を過るが、あいつに至ってはそれはないだろう。

それこそ、火の海に放り込まれた空間で、火の悪魔と一対一での対決でもない限り、あいつは大丈夫なのだと、そういう確信があった。


だからこそザラキは混乱していたのだ。


何故、気配を感じない?


「おい!そこのウィザード!!」


「!?」


ギリス人特有の緑色の髪を持つ成人も怪しい青年にたむろっていた化け物を一薙ぎで一掃しつつ近付けば、顔を見るなり分かりやすく肩を跳ねさせた。


「南の仙人っ!、な、何ですか?」


魔力が半分以上消費している。

恐らくこいつは仲間を治癒したり、補佐で防御結界を張りまくっているのだろう。

このままで消費を続けていれば、終わる頃には魔力欠乏で戦闘不能になるに違いない。


「青い髪の女性を見なかったか?カリアというのだが。もしくは赤い髪のキリコでもいい」


「二人は──」

「──二人は結構前に火の鳥の炎でどっか飛ばされちゃったんだぞ!!だからといって探している暇もなかったから、実質行方不明!!」


「アレックス、お前」


銃を撃ちまくりつつ、通過の際に聞こえていた質問に返答するなんて器用だなと思った。そして再びアレックスと呼ばれた青年は戦乱の中へ走り去っていった。


火の鳥。

それは恐らく師匠が昔言っていたサラドラという悪魔に違いない。だとするならば、キリコはともかくカリアが危ない。


「…わかった。一応伝えておく。煌和の連中はじきに来る。タイミングを間違えるなよ。それと」


肩に触れ、魔力を流し込む。


驚きの表情。

ウィザードの魔力が完全に回復したのを感じ取った。


「あの、こんなに貰ったら貴方の魔力が」


「心配するな。俺は基本魔力は使わん。それに王様からたらふく頂いたから、これくらい屁でもない。さて…」


ルキオの王から借りた精霊の加護によって、火の精霊ボアを呼んで内容を伝えて手助けを要求する。


── グツボ ダ・コ ボエング クカキ ブァヒェンデン

── カエンダン ヨーヒェンボン ユーデン ボァヒェングツ ズッギラ 


すると、すぐさま火の玉が集まり返答が寄越された。

仕事が早い。


しかし、参ったな。

あちらに連れていかれたのか。

渡ることはできるのか?


── ドンヒュングロ


可能、と。


「よし、連れていってくれ」


ボボボンと、小さい爆発が起き、火の輪が形成される。

輪の内部も炎だが、明らかに道のようなものが出来上がっていた。


その中に滑り込む。

すぐさま茹だるような熱の空間で参りそうになるが、火の精霊ボアが迎え火で炎がこちらに来ないように調整してくれていた。


「さて、間に合え!!」






















師匠。

師匠。

師匠。



「ししょーーーお!!!!」


炎しかない空間に響くはずもない声がする。

空気はほぼ無いに等しいこの空間に、キリコは一人取り残されていた。


普通の人間ならばとうに死んでいるのだろうが、キリコにしてみれば少し暑い程度で終わる。

体は人だが、構造は全くの別物であるキリコは呼吸は炎の中では最小限で済む。見えぬ筈の視界も、魔力の臭いがあれば問題がなかった。


あの時、カリアの服を掴み損ねた。


そして炎に包まれた瞬間には、すでにカリアを見失っていた。


気配はない。


だが、明らかに何処かにいると勘が訴えていた。

だからこそキリコは探し回っていた。こんな空間では、さすがのカリアであれど無事で済むわけではない。


それに、


「………失敗したわ。無理にでも説得するべきだった」


カリアは何でもないように振る舞ってはいたが、右腕の呪いにキリコは気付いていた。恐らくライハもアウソも。それでも口を出さなかったのは、何となく、カリアならば大丈夫かもしれないという気持ちがあったからだ。


そんなのは、ただの言い訳だ。


カリアだって、混ざってはいるが、人間なのだから。


後悔はしている。だが、だからといってキリコは足を止めることはしなかった。何故なら、過ぎたものは仕方の無いものだからだ。

竜は過去を反省はするが、そこで立ち止まることはない生き物なのだ。何せ、徹底された弱肉強食の世界では、足を止めることは死を意味するのだから。


だからキリコは諦めず、カリアを探し続けていた。

時間なんて分からない、炎が燃えるだけのこの空間をひたすらに走り回る。


「ししょーーー、!!!」


何度目かも分からない呼び声を上げた瞬間、異変を察知した。


誰か来る。


カリアか?いや、違う。ならばサラドラか?それも違う。


いつでも動けるように身を低くして様子を伺っていると、突如炎がトンネルのように割れ、嗅ぎ覚えのある魔力が近付いてきた。

動けない筈じゃなかったのか?


「! キリコか!?」


「ザラキ!!」


信じられない。だが、間違いなくザラキだった。


「何でここに?いや、それよりも師匠を」


「分かってる。俺達はカリアの気配を追っているんだ。まだ生きているが、どんな状態なのか分からない。頼む、キリコ。万が一の時は先導してくれ」


「当たり前よ!」


炎とは違う火の玉がトンネルの中で急かすように飛んでいた。あれを追えば良いのか。


キリコは駆け出した。


道があるのなら、後はただカリアへと向かって走るのみだ。


暫く行った先に、胸くそ悪い気配を見付けた。

前に皆でボコボコにしたあいつだ。そして、あまりにも弱々しいカリアの気配。


血の気が下がる。


「おい!あれ!!」


ザラキの指差す方に、リューシュと言っていた多頭蜥蜴がカリアを鷲掴みにしていた。


それを見た瞬間、殺気だった。

ついでに言えば、隣のザラキも殺気だっていた。


なに人の師匠を鷲掴みにしてんだ、と。


「ザラキ、補助を」


「おうよ」


信じられないくらい低い声が二人の口から出た。

後は一言も交わすこと無く、無言で強化魔法を大量に重ね掛けられる感覚。火の精霊ボアが世界の膜を突き破り、上空に飛び出したキリコ姿勢を安定させ狙いを付けると、ザラキの更なる補助魔法にて一気に加速した。


「うちの師匠に何やってんだクソトカゲーーーっっっ!!!!」


ライハがいたのならメテオ・バーストと漏らしそうな渾身の一撃をキリコはリューシュへ全力で叩き込んだ。


赤い線を引いて、矢のごとき一撃は見事リューシュの腹を直撃し、リューシュの体がくの字に折れ曲がった。


『────』


声も出ないその衝撃に、リューシュは思わずカリアを手放した。

その隙にキリコは再びリューシュを蹴って空中へと飛び上がると、カリアを抱き抱えた。


「し……、師匠?」


見たことの無いほどにボロボロになったカリアにキリコは衝撃を受けた。と、同時に、先程よりも更に強い殺意が湧いた。


出来る限り衝撃を殺して着地すればすぐさま師匠を横たえ心音を確認した。

弱いが脈を打っている。呼吸も辛うじてしている。

だが、絶えず聞こえるこのガラスが割れるような音はなんだ?


それに。


「……酷い…」


肉が焼け、腐ったような悪臭。

ライハとはまた違う呪いの臭いだ。


『き、さま…。俺を蹴り飛ばすとは、ただでは済まさないぞ…』


先程の攻撃から立ち直ったリューシュがよろけつつ体勢を立て直し、こちらを睨み付けた。叩き付けられる圧に、恐怖の前にどうしてやろうかという気持ちが上回っている。


それはこちらの台詞だ、と、ライハから教わった煽り文句を言おうとした。


が。


「それはこちらの台詞だ」


ザラキに先を越された。


『!!』


リューシュへと浴びせられた光弾に、再びリューシュが地面へと倒された。

空からゆっくりと降下してきたザラキは、見たことの無いほどの殺気をばら蒔きながらリューシュを見下ろしていた。


「火の鳥ではなく、火の蜥蜴か。だが、カリアをこうした原因の一つでは間違いないだろう。おい、蜥蜴。鳥の方はどうした?」


『……がは…、てめ、何者だ…、ぐわあああ!!!』


「質問に答えろ。鳥の方はどうした?」


容赦なく再びリューシュは地面へと叩き付けられた。


そんなザラキを見て、キリコは溜飲が下がった。

ここは、ザラキに譲ってやろう。


『…へ、残念だったな。サラドラなら俺が殺したよ。そこの欠片がそうだ』


ザラキがチラリと欠片へと視線を流す。

その隙にとリューシュがザラキへと火炎弾を放った。


かなりの魔力を練り込んだ強力なものだった。だが。


「なるほど、第一の原因には一足遅かったって訳か」


だが、その火炎弾をザラキは見ることもなく、当たる直前で手の甲で払う。たったそれだけで、火炎弾は形を崩し、消滅した。


何かの見間違いだろうか?そう心の声が聞こえた気がした。

すぐさま二発、三発とリューシュはザラキへと火炎弾を撃つが、ザラキはそれらすべてを何の苦もなく消し飛ばす。


見間違いではなかった。


「なら、」


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ザラキがリューシュへと視線を向けた。


リューシュの瞳に怯えが混じるのがわかった。

それもそうだろう。


ザラキはこの世で怒らせてはならない人物のトップ10に入るのだから。






「第二の原因に、この怒りをぶつけさせてもらおう」






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