第533話 総力戦、開始.19
剣が幾重にも重なった口が視界一杯に広がり、大量の水を吸い込みながら閉じられていく。
それを“速水”で高速移動し、範囲から逃れると、エノシガイオスの
だが、完全に口内に突き刺さる前に、牙が刃を阻んだ。
「(流石にきっついさ…)」
口から気泡が漏れ出る。
“速水”は乱用が出来ない。
使う度に肺が悲鳴を上げている。
無呼吸による高速移動を得るために、感覚の一つを代償にした。
だが、それでも渡り合えるのはギリギリだ。
流石はポセイドーン、いや、クスラ・クスス。エノシガイオスと王座争いをして、結局決着が着かなかった相手だ。
力はほぼ互角。
互いに傷付き、水中が流れ出た血で濁っている。
『全く、やりにくいったら』
エノシガイオスが苦笑しながらぼやく。
クスラは本来の姿と半人の姿とを使い分けながら巧みに攻撃を仕掛けてきていた。
『ふふ、腕が鈍ったのではないか?エノシガイオス』
『そうだね、だから腕慣らしだ』
よ!と、
だが、それは囮。
すかさずアウソが速水で至近距離まで近付くと、喉へと向けて“鉄砲水”を放った。
凝縮された水の弾が、海水を切り裂いてクスラへと飛んでいく。半透明のそれは、地上で放つ矢と代わりない速度で飛んでいく。だが、鉄砲水は当たるすんでで感づかれ、角度を逸らされ無効化された。
鉄砲水がクスラの頬の鱗に当たって弾かれる。船にも大穴を開ける鉄砲水は鱗に薄い引っ掻き傷をつけるのみで、大したダメージにはなっていない。
『…さっきからちょこまかと急所を狙いよって』
ギョロリとクスラの目玉がこちらを向く。
鮫に良く似た深淵の底のような目がアウソを捕らえ、威圧を掛ける。
直に掛かれば動くどころか全ての能力が切れてしまう。
そうすれば流石のアウソも溺死だ。
慌てて視線を逸らす。
クスラの能力が発動するが、完全には掛かりきらなかった。だが、それのせいで速水が封じられ身動きが取れなくなった。しまった、と思った瞬間、全身の骨が砕けたと錯覚した程の衝撃が襲い掛かった。
クスラの尾がフルスイングで叩き付けられていた。
肺に残った空気が強制的に吐き出される。
通常の人魚の叩き付けでも意識が飛ぶのに、クスラの尾で叩き付けられたアウソが無事なわけがない。だが、それでもなんとか無事だったのは、海の加護によるものだった。
勢い良く飛ばされたアウソ。危うく水から飛び出す寸前でエノシガイオスに受け止められた。
視界が揺れる。
『本当に厄介だ。誰がやったのか知らないが、強化を掛けられている。まだ大丈夫か?』
大丈夫と、合図を送ると、肺の中に空気が生み出された。
ようやく得られた空気にホッとする。
戦闘中はどうしてもこちらへの意識が薄くなる。
いくらアケーシャといえども、空気がなければ戦うこともままならず、最悪死に至る。
どうにかして隙を作りたい。
エノシガイオスが地道に鱗を削ってはいるが、決定打には至ってない。
確実に心臓を抉れば決着がつくが、勿論そんなことをさせるわけがない。
胸元は鱗に加え、頑丈な鎧を纏っている。
『早く楽になれ、エノシガイオス。もう限界だろう』
『戯(たわ)け』
クスラが言うように、確かにエノシガイオスもボロボロであった。長年戦いに明け暮れたクスラとは違い、エノシガイオスは王としての業務に明け暮れ、確かに腕は鈍っている。
全体に傷をつけられ、尾も危うく穿たれるところだった。
『もう諦めろ。どうあっても貴様に勝ち目はない。見ろ、外を』
「?」
何だとアウソが外に目を向けると、ちょうど竜が火炎を吐き出そうとしているところだった。
その地面には黒色のヘドロが張り付き、異様な光景を生み出していた。
だが、アウソはそのヘドロに見覚えがあった。
エルトゥフの森で厄介な虫を退治した時のだ。
『これを見ても、そこの人間は冷静でいられるかな?』
「!?」
まさかと思う間もなく、竜達が一斉に火炎弾を撃ち放った。
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