第528話 総力戦、開始.14
熱を切り裂く。炎の玉は剣の刃を滑り、遥か後方へと飛んでいった。
それがどれ程の時間そうしているのだろうか。
「はっ、はっ、あつい…」
滝のように流れる汗は、灰の地面に吸い込まれて消える。
飛んでくる火を打ち返し、受け流し、時折襲い掛かってくるサラドラを両断しては舌打ちを残して灰の中に消える。
カリアは火に弱い。熱に弱い。
体内に蓄積される熱は頭の回転を鈍くさせ、体を鉛のように重くした。
けれど、それでも反応出来ているのは長年の経験によるもの。でなければとっくに焼かれてしまっているだろう。
右腕が脈に合わせて激痛が走り、その範囲は腕を乗り越えて胴体に達していた。
ヒビが増えている。
右腕に巻き付けた包帯は焼かれた事による焦げと、滲み出る血によって色が変わっていた。
「!」
ドンドンっ!
次々に炎が地面に突き刺さり、その衝撃でカリアは高く吹っ飛ばされた。
空中で体制を立て直してしようとするが、着地の寸前に再び火の玉が襲い掛かり、カリアは咄嗟に大剣を盾にした。だが。
『隙有り!!』
「くっ!」
盾にした大剣に炎に紛れていたサラドラが乗っかり、一気に圧が掛かった。
空中では身動きがとれない。しまった!
『そーれぇ!!』
落下速度が加速し、地面が近付いてくる。灰色ではない、真っ黒な溶岩石だ。
カリアは身を捻り、サラドラを引き剥がそうとするが、剣にしっかりとしがみついてて離れない。サラドラが炎の翼をまた羽ばたかせるとスピードが増す。
このままでは着地もままならない。
剣を捨てるしかない。
手を離そうとしたが、その前にサラドラに柄を握る手を掴まれた。肉が焼ける音と匂い。悲鳴を上げなかっただけでも上出来だろう。
なにせサラドラの手は、焼けた鉄のように赤く白熱し、問答無用にカリアの手を焼いた。
迫る地面。
間に合わない。
『死んじゃえ!!』
「!!」
全身が砕けるような衝撃が襲い、一瞬意識がとんだ。
視界を舞うのはサラドラの赤い炎と己の血と、己によって砕かれた黒い岩の欠片。
「がっ!」
カリアは受け身をとることもできずにゴツゴツとした岩石に叩き付けられた。一体どれ程の速度が出ていたのか、カリアが叩き付けられた地面は盛大に割れ、砕けたものが宙を舞う。深いヒビからは、溶岩が踊り出し、容赦なく振り掛かる。
『お!わぁ、これは予想外』
だが、カリアは、カリアの体は半分巨人の血が流れていた。
皮膚は鎧、血は鉄、そう揶揄される程巨人は頑丈で強い。それは体内に蓄積している魔力が細胞の一つ一つにまで行き渡り、体を限界まで強化しているのだ。
そんな血を持つカリアは、普通ならば即死の攻撃にも耐えた。
耐えきった。
『魔法でガードも結界も無しでこれを喰らったら、大体の悪魔でも潰れるのに。へぇー、これはリューシュが欲しがるわけだ』
砕けた地面にサラドラは降り立ち、歩いてくる。
隙だ。
翼も縮んで、咄嗟に飛ぶことも出来ないだろう。
今の内に捕まえ、どうにかして動きを止めたいところ。
だが。
「……ぅ…」
体が動かない。
柄は握り締めている。だが、肝心の腕も、足も、まるで神経が切断されてしまったかのように動かないのだ。
朦朧としつつも意識はある。
痛みは最早麻痺してしまっている。それゆえ、今自分の体がどうなっているのかが分からない。
呼吸は辛うじて出来ている。
肺は無事だ。喉も、首も。
だけども、さすがのカリアも、この攻撃は効いていた。
何せ、半分は人間なのだ。
『よいしょ』
首を掴まれる。
呼吸が止められる。
見た目は子供であるが、その力は悪魔。カリアの体が瓦礫から引きずり出される。
だらんと肩からぶら下がる二つの物体の感覚。腕はまだ付いていた、そして剣もまだ握っている。
『バカだね、この世界ではサラドラは殺せない。知ってる?サラドラは不死鳥と言われているんだよ、殺されても殺されても死なない。体は炎、灰となって朽ちても、また灰から生まれることができるんだ。それに比べて、お前達は実に弱い、一回殺されただけで死んじゃうんだから』
巨人は北で生きる。
白い世界で生き延びるために寒さに強くなっている。寒くなればなるほど、強い。だが、この環境では、体を強化している魔力も氷のように溶けていく。
首に細いサラドラの指が食い込んでいく。
窒息が先か、折られるのが先か。
『…そういえば、思い出したけど、サラドラの呪いを受けてたよね』
「っっ!!」
包帯が燃やされ、腕が露になった。
途端に戻ってきた腕と激痛に思わず叫びそうになったが、それはサラドラの首を掴んでいる手によって阻まれた。
『あーあ、可哀想に、もう砕けそうじゃん。感覚ももう怪しいんじゃない?生きながらに炙られる感覚って、慣れたら快感とかになる?サラドラは炙られる感覚分からないけどさ』
ヒビに指を差し込み広げていく。
焼いた鉄を無理やり差し込まれている感覚だ。
『昔さぁ、サラドラが殺し損ねた男が居てさ。そいつにも本格的じゃないけど呪いを掛けてたんだよ。長い時間を掛けてジワジワと広がって、最後は砂になる。名前は何だったか』
カリアの脳裏にある記憶が甦った。
遥か昔の記憶だ。
師匠は、強かった。ザラキと二人がかりでも倒せなかった。
だけど、いつも包帯を身体中に巻いていて、黒斑の病に掛かり呆気なく死んだ。
火に掛けるまでも無かった。
なんせ、息を引き取った瞬間に全身が燃えて砂になってしまったのだから。
『マオ・トルゴとか』
「!」
体が動いた。
左手がサラドラの腕を掴み、蹴りを放った。
体を捕らえ、すり抜ける。
『無駄だって言ってるじゃん』
「…あ“っ……」
ギリギリと先程よりも強い力が首に加わる。首を掴む手さえ熱くなっていく。意識がボヤける。
『………、ねえ、なかなか死なないけど、なんか呪いとか受けてるの?』
サラドラの声音が変わった。
その声は、先程までの怒りや苛つきではなく、興味があるものだ。
呪い、か。
呪いといえば呪いなのか。
サラドラを睨み付ける。
サラドラは何か考え込み、良いことを思い付いた子供のように目を輝かせながらこちらを見た。
『よし、考え変わった。お前はサラドラの手先にしよう』
「ッッ!!? ぅ…あああああ!!!」
サラドラのヒビに差し込んだ指先から熱いものが流される。火よりも熱い。それは体内を焼き、駆け上がっていく。
侵食が進んでいく。
『大丈夫大丈夫。すぐに終わるから、そうしたら一緒に戦おう。ははっ、あいつどんな顔するのかな』
喉が裂けるほど叫んだ。
すべての苦痛の渦に放り込まれたような、頭がおかしくなるほどの激痛だった。その激痛の後にやって来るのは自分の知らない“何か”の感覚。
体の中が物凄いスピードで作り替えられていくような感覚に恐怖を覚える。
身に覚えのある
『!!!?』
スイッチが切り替わった。
「…おはよう、誰か知らないけれど、私を出してくれてありがとう」
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