第529話 総力戦、開始.15
首を掴んでいる人間の気配が変わった。
視線を感じて見上げると、半透明の金髪の女性がこちらを見ていた。髪が揺れる。裏側が青色になっていて、不思議な色彩になっていた。
エルフに似た耳を持つが、明らかにその気配は異質だった。
この人間が何かをしたわけではない。
勝手に出てきた。
『…誰だ、おまえ』
此処には印を付けたモノしか連れてこられない。
それこそ精霊や悪魔でさえも。
だから、本来居る筈のないモノだった。
「誰って、一応私も“カリア”なのよ。もっとも
ブリーギットと名乗った女がカリアの肩に触れると、侵食していた所が押し戻されていく。
それは無理やりではなく、焼けた大地に水が染み込んでいくような優しい侵略だった。だけど、目の前の存在にサラドラは震えた。
聞いてない。
こんなのが相手だなんて。
『何なんだよお前は!!』
叫んだ。これは反則だと言わんばかりに。
その声を聞いて、ブリーギットは満足そうに微笑んだ。
そしてカリアに頬擦りして、後ろから抱き付いた。
これは私のものだと言わんばかりに。
神憑き。
現在では禁忌とされ、その存在事態が無かったことにされている。
かつてはハベーラ家が再び復活させた技術で、世界の神と祭り上げられている
そうして作られたモノは強大なる力を手にする、と、信じられていた。
度重なる実験の果て、生け贄になったのはまだ幼い女児だった。
五つにも満たないその子は、この儀式のためだけに複数の禁忌を使って造られた。
人であって、人でない。
細胞はウォルタリカ人のものだ。だが、人からは産み落とされず、ガラスから産まれた。
片方はジャイアントハーフ、もう片方は人間の細胞で、さらにそれを神を下ろすために限界まで強化をされていた。
下ろすのが成功しても器が脆ければ意味がないから。
誰かが人造人間と冷たい目をして言っていたが、幼い子供は理解をしていなかった。
ただ純粋に、主人と、主人の言う大切なものを守るために産まれたのだと言い聞かされた子供は、そういうものなのだと思い込んだ。
自分は、誰かを守るために産まれた。
幸福な事なのかと訊ねたら、決まって大人達は『当たり前だ』と答えた。
だから、何の疑いもなかった。
この儀式で自分は皆を守れる存在になるのだと納得していた。
「この悪魔!!!」
途中、何処からか逃げ出したらしいドレイがナイフを突き刺しても、薄い傷が出来るだけで最後まで突き刺さらなかった。もっともそのドレイは射殺されたが。
そうして行われた儀式は、大失敗に終わった。
予定では、一柱のみ下ろす予定だったのが、三柱降りてきてしまった。
定着しやすいように、下ろす神の名前、カリアッハに近い名を与えたのだが、それがいけなかったらしい。
いや、今となっては分からないが。
とにかく、通常一柱でギリギリだった器に三柱も降りればどうなるのか想像もつくだろう。一柱は怒り狂い、竜巻を発生させて何処かへと飛んでいき、残り二柱は表裏一体の神だったからなんとか器に入ったが、幼い子供の容量を遥かに越え、暴走した。
カリアッハとブリーギット。
表裏一体の女神、季節を司る神、生死を司る神。
本来はカリアッハだけをと思った。何故なら冬の女神だから、破壊の女神だから、動物の守護神だからだ。
そこを読み間違えたハベーラ家の人々は残らず息絶え、一族は消えた。
我に返ったときには何もかもが無くなった後で、その後宛もなくさ迷い、限界まで強化された身体では死にたくても死にきれず絶望をしていたときにマオ・トルゴと出会ったのだがそれはまた別の話である。
「冬の私。半身であり、命の半分。だから、この子は私のものよ、渡さない。カリアッハ、使命を全うしたいんでしょう?守りたいものがあるんでしょう?だったら…」
ブリーギットがサラドラを見据える。
「そこの火の化身を消しなさい。本当は負担があるからやりたくないんだけど、手伝ってあげるわ。大丈夫、あの時のようにはならないから、遠慮なく、やれ」
『いっ!』
侵食が腕の封印まで押し戻され、弾き飛ばされた。
サラドラは尻餅を着き、キョトンとした。
尻餅を着かされたのなんて初めてだった。そう自覚すると同時に、恥をかかされたという感情が沸き上がり、殺意に変わる。
立ち上がり、そいつを見た。
死にかけだった姿は既になく、髪の裏側が金色に染まり、呪いを受けた右腕には緑色の包帯が巻き付いて崩れないように補強している。
掴みっぱなしだった大剣からは蔓が伸び、みるみる内に姿を変えて、柊の杖へと変わる。
気配が変わっている。
神性の気配だ。
憎たらしい。憎たらしい!!
「あなたは確か不死鳥とか言ってたわよね?私たちの季節の循環における再生力とどっちが上なのかしら?」
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