第523話 総力戦、開始.9

「次、どっちですか?」


「右です」


複雑に入り組む通路を駆け抜ける。長らく一本道だったのが、まるで迷わせることだけを目的としたような作りへと変わっていった。


城までは真っ直ぐなはずなのに、何故こんなにもグルグルと回らなければならないのか。


理由は分かっている。城から逃げるときに、追跡者を足止めする為だと。現に廊下のあちこちには、道を塞ぐための仕掛けが見受けられる。

その壁の向こうで水の音が聞こえるようになったから、もしかすると、廊下の足止めする壁が降りてきたあとに、水で埋めるのかもしれない。


雨が多い地域ならではだろう。

しかし、ここ数年ホールデンには雨が殆んど降ってない事をアーリャは知っていた。


水の音がするが、量はあまりない。


(城から逃れるときに使えるかと思ったけど、中途半端になりそうですね)


しばらく走り続け、道はトンネルように広いものになっていく。広い空間に柱が幾つも立ち、反対側の道へと渡れるように等間隔で架けられている。

暗くて見えないが、遥か下の方で水の流れる音。

ここは貯水槽か何かも兼用しているのか。


スイは道を歩きつつ、斜め上を見ている。

そして、ある地点で立ち止まると、懐から取り出した紐で短剣を括り、視線を向けていた方向へと投げた。


カシンと暗がりで短剣が何かに当たった音が響き、スイが紐を引いて引っ掛かりを確かめている。

何やら変な形の短剣だと思ったが、こういう為の物だったのか。


「階段を落とします。気を付けてください」


後ろへと下がると、スイが強く紐を引く。

ガチンと音がすると、歯車が回る音と共に梯子が降りてきた。


地面に着く直前で止まる。

綺麗に引っ掛かっていた短剣を回収し、スイが先に登っていく。

階段に体重を乗せた瞬間に地面に付いたが、何の為に浮かせていたのか不思議だったが、アーリャはスイの後に付いて登っていった。


梯子を登りきり、アーリャが足を離すと梯子が壁に戻っていく。


「アーリャさん。ラビさんの居場所は把握してますか?」


「ええ。そりゃバッチリです」


懐に忍ばせたモノが、在りかを示してくれる。

そうすれば、あと、もう少しで予めマーキングしている彼へと飛べる。


「良かったです。実は、これから少し厄介な所を横切るので、もしかしたら私は付いていけないかもしれないのです」


「どういうことですか?」


「………恐らくですが、運が悪ければ、私は身内と戦わねばならないのです」


身内が居たのか。

そういえば、スイは此処で働いていたらしいことを聞いた。

ならば、残念であるがその身内はもう人間では無くなっているか、この世には居ないのだろう。

願うならば、逃げられていれば一番良いのだろうが、可能性としては無いに等しい。


スイは覚悟をしている。


手伝ってあげたい気持ちもあるが、まずは目的を果たしてからだ。それに、スイも望んで無いのだろう。

付いていけない、それは先に行けという言葉を含んでいた。


「分かりました。では、結界を破り、皆が来るまで耐えてて下さい。出来るだけ素早く済ませますが、出来ますか?」


ふ、と、スイが笑みを漏らした。


「ええ。頑張ります」














部屋の本棚がずれていく。

そこ向こうから、スイとアーリャが出てきた。


人の気配は今のところない。


「……行きましょう」


スイが先頭で進んでいく。アーリャが施した光彩魔法で、人の形をした何かに遭遇しても今のところは戦闘にはなっていない。


「……むごいですね」


「…はい…」


人の皮を被った植物の化け物。

意識があるのかどうかも分からないが、少なくても此処に居た者は、残らず人間ではなくなっていた。それこそ、使用人から兵士まで。


険しい顔をしているスイ。覚悟をしていても辛いものはあるだろう。


実際アーリャの手下がこんなことになっていたら、怒り狂って、そうしたやつに永遠に地獄を見せるだろう。

虐めはするが、情がないわけではないから。


「!!!」


突然、スイが振り返り、アーリャを押し退け飛び出した。

何だとアーリャが体制を崩しながら視線を向けると、見えていないはずなのに、まっすぐにこちらに襲い掛かってくる体格のよい男がいた。


振られた剣を、スイが受け流す。


「った!」


地面にぶつかった衝撃で魔法が解けた。

近付いてくる気配はなかった。


何だこの男は。


「…こんな所で会いたくなかったですよ、ソロ兄さん」


スイと同じ赤紫の髪。この男が言っていた身内か。

ニヤリと笑う口からは植物の蔦が出ていた。


「……スイ……、ひ……ぶり………だ…な」


「意識があるのか!?」


ソロが剣を構え直す。


「また……訓練じょ…あ……そびに……来………のか。まった……く、しかた……いな」


「?」


言動がおかしい。

スイを見ると、悲しそうな顔をしている。


「母、う……が向かえ……来るま……で、遊ん……やろ……う。そら……木剣を……構え…ろ」


記憶が混乱しているのか?

はっとして周りを見ると、近くの兵もこちらへと向かってきていた。


「アーリャさん、行ってください」


スイが剣を構えた。


「 私が出来るだけここで兵達を引き留めておきます」


「………わかりました。なんとか生きてて下さい」


スイが構えると、ソロが“まるで人間のように嬉しそうな笑顔”になると、次の瞬間目に見えない速度で攻撃を仕掛けてきた。


受けるスイ。


それがスイッチとなり、周りの兵がスイへと向かっていった。

アーリャはすぐさま姿を隠し駆けた。


飛べる距離まであと少し。


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