第524話 総力戦、開始.10
正面、兵達が向かってくる。だが、その兵達の視線はこちらに向けられておらず、遥か後ろを見ている。
流石に多すぎるだろう。
「そこに在る筈のモノは存在せず、遥か地平線に浮かぶ船や街は夢幻と同じ。
兵達の視線が逸れていき、方向を変える。
そして遂に壁にぶつかり倒れた。
これで少しは足止めできればいいけど。相手は植物だ。
その内視覚から何かに感知する感覚を変えればバレてしまうだろう。
だけど、それまでは。
次々に引っ掛かっていく兵を横目に、アーリャは自らの飛べる範囲にマーキングを感知した。
行ける。
意識を集中し、魔力を集める。
懐にあるモノの繋がりを便りにアーリャは飛んだ。
一瞬の浮遊感の後、アーリャは薄暗い空間へと転移した。
「………、趣味悪いですね」
壁一面に十字架が飾られている。大小様々、装飾も多種多様だが、一つだけ共通しているものは、その十字架には美しいと形容する男が張り付けられていた。
年齢も服もバラバラ。
貴族もいれば奴隷もいる。
全て死体である。
その中で、奥の方に目立つように飾られた者をみた。
「ふぅ、見付けましたよ。ウサギさん」
ラヴィーノ。
彼は、死んでいるのが信じられない程、穏やかな表情で張り付けられていた。髪は、飛んだ際にマーキングの印が解けて元のオレンジがかった色になってしまったが。
戦利品として持っていかれたと聞いた。
だからなのか、十字架は戦いを連想させる装飾で、止めを刺されただろう鳩尾からは、クリスタルで作られたと思われる杭がしっかりと突き刺さっている。
血は拭き取られ、細かい傷を無くしているというのに、クリスタルを透かして見える内臓にアーリャは眉を潜めた。
ほんとうに、趣味が悪い。
「さて、と。やりますか」
十字架を下ろし、四肢を拘束していたベルトを外す。
突き刺さっているクリスタルの杭を抜き取り、可能な限りの傷を修復した。
本来、治療系の魔法は、怪我をした者と治す者との魔力の同調で成すもの。だが、今回は怪我をした者は既に死んでいる。
死んだものは普通生き返らない。
だから死んだものを修復する技術などは存在しない。
だけども、今回は、今回だけは特別だった。
何故ならラヴィーノは死んではいるが、まだ死にきっていないのだ。
「まさか、ここで古い技術が役に立つとは思いませんでしたね」
縫合術。今では魔法で治すので、魔法無しで傷を縫い合わせられるものはごくわずか。ハンターの中には自分で縫合する者もいるが、それでも最終的には治療院へと行って治して貰うのだ。
アーリャは昔、知り合いに教えてもらった縫合術にてラヴィーノの傷を縫っていく。砕けた骨や潰れた内臓は後回しに、残された後ろ側の皮膚を縫い合わせ、足り無い分の皮膚は魔力で作り出した。
辛い。
元々この城に入ってから体が重いと思っていた。
ここは混沌属性の魔力が淀んでいる。
人間に混沌属性の魔力は毒だ。
一呼吸する毎に息苦しくなり、肺が痛みを訴える。
目眩が始まり、頭痛が思考を奪う。
飛ぶ前まではそこまでではなかったのに。
(此処は、中心に近いのですかね。それとも、空間ごと違うのか)
あらかた塞ぎ終え、額に浮かぶ汗を拭うと布に包まれたあるものを取り出した。
それは魔宝石で作られた腕輪だった。
ライハから交換条件として提示した対価。そして、アンノーンからの対価であるビー玉程の結晶玉。どちらも魔力は満タン。
「さて、禁忌である死者復活の実験に付き合ってもらいますよ」
アンノーンの結晶玉を口に含ませ、跡形も無くなった心臓があっただろう位置にライハの腕輪を入れる。ずるりと、肉の間から手を引き抜く。
何処に魔力が宿るのか?
頭か、心臓か。
まだ決着は付いていないが、二ヶ所に配置すれば間違いないだろう。
呼吸が荒くなってきた。
まだだ。耐えないと。
そしてアレックスから渡された神具、双子の共鳴を取り出した。
「ふふ、助かりましたよ」
でなければ、内臓を戻すだけで魔力が尽きていたことだろう。想像以上の辛さだった。此処にいるだけで魔力の消費が凄まじい。
中の人形に、ラヴィーノの髪を巻き付け、魔力を流す。
すると、肉がブクブクと音を立てながら再生していった。砕けた骨も元に戻る。
きっと中の人形は大穴が空いているに違いない。
内臓が大部分戻ってくると、アーリャはお腹側の皮膚を縫い合わせた。
この作業をするだけでも消費魔力を抑えられる。
汗をぬぐう。
観賞用人形とするために掛けられた様々な魔法を解いていくと、埋め込んだ二ヶ所から魔力が体を器と認識したのか巡り始めたのを感じた。
そろそろいけるか。
乱れた髪を纏め、格好を正す。
カッコ悪いところなんて見られたくない。
「上手くいってください」
コトリ人形の中に捕らえられた魂が、体へと戻りたがっている。
まだ。
今解放すれば消滅してしまう。
ラヴィーノの体に触れ、自らの体を使ってラヴィーノの体から漏れ出す魔力を誘導する。ラヴィーノの体から漏れ出すのはライハの魔力だが、魔宝石に濾されて操作がしやすい。
魔力がコトリ人形に辿り着いた瞬間、道が出来た。
バキン。
コトリ人形がお腹から割れ、光が体へと吸い込まれた。
ビクンッ!!と、ラヴィーノの体が大きく跳ねる。ひゅっとすきま風の様な音がしたかと思えば、ラヴィーノが激しく咳き込んだ。
成功した。
ホッと息を付きながら、反射で流れるラヴィーノの涙を拭ってやる。呼吸が安定してくると瞼が震えた。
そろそろか。
髪を片耳に掛け、驚かせてやろうとわざとラヴィーノの目の前で見詰めた。
ゆっくりと目が開かれる。
まだ焦点が合っていない。仕方無い、先程まで死んでいたのだから。
「………ぅ……いて……」
「…しー……、そのまま、ゆっくりと呼吸して…」
だから少し優しくしてやっても言いかなと思った。のだが。
「ああ、あの世に連れていってくれる天の使いか」
とか生き返って早々そんな事を言い出したので、止めた。
「余計なことを考えずにさっさと呼吸しなさい。また頭を変な色にされたいの?」
ていうか、私の事を覚えているだろうか?
そんな不安は杞憂だとわかったのはすぐだった。
「…………アーリャさん?」
思わずアーリャの口に笑みが浮かんだのは仕方ない事だろう。
さて、生き返り早々だけど、仕事をしてもらいます。
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