第521話 総力戦、開始.7

突如、出現した海。何故海だと分かったのか、それは風によって漂ってくる潮の香りだ。川や泉などの穏やかで甘い水の臭いとは違う。優しく、清々しい水の臭いだ。それがザブザブと波打ち、落ちてきた白い太陽を呑み込んだ。


水中で幾度となく爆発が起きて、白い煙を吐き出すが、海は蒸発しきる事もなく安定して太陽を捕らえ続けていた。


アウソ、いつの間にこんな力を。


『ふん。海の加護を持つものがいたか。厄介だな。サラドラ!!!』


攻撃を続けながらフォルテが大声を上げる。サラドラは白い太陽を海に呑み込まれたショックで放心していたが、フォルテの声で我に返った。


『あれは俺達ではどうにもならん!クスラを呼んでこい!!』


『あいつ嫌いなのに!!』


『お前では手も足も出ないだろう!!』


更に仲間を呼ぶつもりか。

鞭のようにしなるようになった刺をすんでで回避しながら、ネコへ合図を送る。次の瞬間、ネコからビームが放たれ、不意を突かれたフォルテに直撃した。


『かっ……』


バランスを崩し、落ちるフォルテ。だが、怪我などは見受けられない。


「ムカつくほどに頑丈だな。額を直撃したってのに、バランスを崩しただけか」


『自信なくすわー』


「オレもだよ」


今の内にサラドラへと向かい、剣に冷気を纏わせる。

応援を呼ばせてたまるか。


『ん?げっ!』


サラドラはこちらを向いて、すぐさま逃げの体勢へと移った。恐らくこの白く霜の付いた剣見たからだろうが。先程のレーニォの時といい、異常に氷を恐れているところを見ると、弱点のようだ。


「……もう少し、水のも練習しとけば良かったかな」


だったらあんなことにはならなかっただろうに。

ネコはどんどん加速し、小さかったサラドラがみるみる内に大きくなっていく。


『追い付くよ!!』


「おう!」


剣を構え、もう少しというところで、ぞわりと鳥肌が立った。


──ライハ!下だ避けろ!!


エルファラからの警告。

下を見ると、黒い蜘蛛の巣状のものが視界一杯に広がっていた。網だ。間に合わない!!


「しまっ──」


凄まじい衝撃が襲ってきた。網が絡み付き、細かい返しが互いに引っ掛かり合い、身動きがとれない。ついで、鋭い鉤爪が左腕と胴体に確りと突き刺さった。


肺が潰されそうだ。


フォルテが戻ってきていた。しかもまたしても形状が変わっている。ケンタウルスのグリフォンバージョンと言えばいいのか。本来頭がある場所からは人型のフォルテの上半身が生えており、頭には鷲の頭蓋骨に似た兜のようなものが出来上がっていた。


オレンジの髪は長く波打ち、白目は黒く、赤い瞳が更に禍々しく輝いている。


そのフォルテの鳥の前肢によって網ごと鷲掴みにされていた。


『油断したな、小僧。このフォルテを本気にさせた事に後悔しろ』


網の内側の返しから刺が生えてきている。ヤバい。


「ネコ!!脱出しろ!!」


『ライハは!?』


「いいから早く!!」


体を固定していたネコの尾が取れ、形状変化でネコが網の隙間から脱出した。それを見届けながら、サラドラが飛んでいくのを見詰める。くそったれ!!


「!」


ぐんっ、と体に圧が掛かり、オレを掴んだままフォルテが急上昇し始めた。


『ライハ!!!』


ネコが追い掛けてくる。

だが、次の瞬間にはフォルテは宙返りをし、急降下を始めた。


フォルテの翼が折り畳まれ、落下速度が加速していく。

ネコも慌てて翼を畳むが、体重の差か、引き離されていく。


下には爆発も収まってきた海の壁。大分小さくなった面積の外側、丁度地面が見えている。其処にはいつの間にか針山地獄のように、地面から無数の針が突き出していた。


その中の特に鋭い針が近付いていく。まさか、こいつ。


『串刺しになれ』


笑うフォルテ。その向こう側に、フォルテへと向かってくるモノを見付けた。

フォルテよりも二回り以上に大きな体躯。真っ赤な鱗が光を反射しながら、空に薄い赤い線を引いてやって来た。


『!!?』


フォルテが自身に掛かった影に気付いて振り返れば、巨大な竜がフォルテを捕らえようと前肢を伸ばしていた。

グリフォン部分を掴まえられた瞬間、フォルテはオレを空中へと投げ捨てた。

落下速度は落ちない。


身動きも取れず、近付く針山。


「リバースの結界を地面に向けろ!!」


「!」


ニックの声。


迫る凶器に恐怖を覚えつつも、リバースの結界を多重に地面に向けて張ると、針山が横から来た攻撃によって吹き飛び、更地へと変えられた。


これは、アレックスの銃か。


地面に結界が接触し、ベコンと大きなクレーターが形成された。落下の威力は削がれた。だが、まだ網の中の育ちきった刺がある。身動きが取れないまま落ちれば、間違いなくアイアンメイデン待ったなし。


だけども、そんなことにはならなかった。


最高速度で駆けてきたキリコが、網の隙間に手を入れ、服を掴んで衝撃を無効化した。


「ありがとうございます、キリコさん」


「いいから、剣借りるわよ」


「え、ちょっ!」


ジュッと、柄を掴んだキリコの手からそんな音がした。

なのにキリコはそんなの構うことなく、網から剣を引き抜き、網を切り裂く。


刺状態では切れなかったのに、形状によって強度が変わって良かった。


網からようやく抜け出せ、上を見れば、フォルテが竜に追い掛けられていた。黒い刺も効果が薄いらしく、とにかく逃げることに専念しているように見える。


「はい。返す。あんたの剣熱すぎて使いにくいわ」


剣が返された。というか、キリコさんの掌が真っ赤になっていたが、熱さを逃がすために振ってる内に引いていった。


『良かった!!どうしようかと思った!!』


ネコが落下速度そのままで空から飛び付いてきた。

ほんとにな。オレもどうしようかと思った。


「あの蛇、あの体捨てて地面に潜ったから気を付けて。突然刺生えたり割れたりするから。今スイとニックとナリータが魔法で追ってる」


そう言って示す地面は、確かにエグい事になっていた。


「あ、大変です!悪魔の応援が」


「応援って、あれ?」


空に、アウソのよりも高い位置に違う水の塊が現れた。空を覆い尽くす水の膜。そのなかで何か大きなモノが蠢いている。


「………多分あれです」


水の膜の上に小さくサラドラが見える。


『お?なんだ面白そうな奴がいるな。遊んでやろう』


聞いたこともない声が言うや、水の膜が勢いよく迫ってきた。

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