第515話 総力戦、開始.1
『甘いな、お前』
「そうかな?」
浮遊する砕けた氷が光を反射している。
お互いを拘束していた氷は砕け散り、分厚い壁も溶けきっていた。
エルファラの姿がまた少し変わっていた。
あの時よりも成長している姿だ。記憶の中のエルファラの姿だ。
胡座をかいて向かい合って座る。
エルファラは見た目的には中学生程だが、年齢は分からない。
『わざわざ僕を気遣ったのか?魔界も救いたいなんて。更に傲慢になったものだ』
呆れた様な口調だが、表情は心なしか嬉しそうだった。
「人間ってのは傲慢なんだよ。目的が大きい方がやる気も出るってもんだ。それに、エルファラの記憶のお陰で魔界もなんというか、オレにとって敵の地って感じよりも、もう一つの故郷って感じになってるし」
『僕のせいだっていうのか?』
「君のせいもあるよ。だから、オレは出来ることならば二つの世界を何とかしたいと思っている。恨みは消えないことも知ってるし、過去も変えられないことも知ってる。でも、未来までも変わらないとは、言えないだろ?」
『ラプラスの悪魔は知ってるか?アイツは未来を観測する奴だぞ。見えた未来は絶対ってやつ』
「それって結局は刷り込みだろ?オレの世界では“もし”や“パラレルワールド”っていう便利な言葉がある」
『………よくわからん』
分かったら分かったで驚くよ。
「つまりは、未来は一つではなく枝分かれしているから、どの未来を選ぶかは今の行動に掛かっている。だから夢を大きく掲げ精一杯足掻くんだってこと。さてと──」
立ち上がる。
『行くのか』
「おう。 エルファラも、サポートお願いな」
『任せてくれ』
目を開ける。
さて、始めるか。
最近、更にエルファラとの結び付きが強くなったお陰で、意識を失わなくても会話ができるようになった。いや、なっていた。気付いたのはこの間だけど。
今日は作戦決行の日だ。
準備はやれるだけのことをやった。後は、全力を尽くすのみだ。
「失敗はできねーな」
『うん』
「失敗したら人類全滅だからな」
ニックの言葉が重い。
そうだ。ここで失敗すれば全部終わる。
眼前に広がるのはホールデンの首都だ。
グレイダンが抜けたことにより脆弱になった移動力はアンノーンが埋めてくれた。名前と共に奪われた能力があればもっと楽に出来たらしいが。贅沢はいうまい。
一回の印無しでの転移魔法で、ドルイプチェ程ではないが大分距離は稼げた。そのあとは駿馬で更に進み、ホールデンの手前まで来た。
遠くに山が見える。
この景色は、かつてあの首都の塔の上から見下ろしていたものだ。それが今は、下から見上げる形となった。
始まりの場所が、終わりの場所なんて、人生とは分からないものだ。
「じゃあ、ここまでありがとう。気を付けて逃げてくれ」
ブルルル、と灰馬が鳴く。駄々を捏ねている気配はするが、これ以上は連れていけない。此処からは今まで以上の戦闘になる予定だからだ。
人型の雑と戦うのとは訳が違う。
しかも今回は味方も味方だ。ドラゴンや巨人やら、人間でさえ踏み潰される可能性だってある。気を配ってやる余裕もない。
灰馬の首に意識逸らしの魔方陣札を下げてやる。
最後に鼻筋を撫でて「ありがとう」とお礼をいけば。
一瞬手に頭をすり付け、気配が消えた。
ちゃんと言い付け通りに、皆の駿馬も連れていってくれた。
岩の裏に隠された地下通路への扉を開ける。
長い間使われてないから不気味だが、ここが最も素早く城まで近付けるのだ。
この中で身軽な人達が行く。戦闘能力は低いが、小細工が得意で立ち回りがうまい。
シラギク、デア、ビキン、ガルネット、スイ、そしてアーリャの五人だ。
「では、行ってきます」
「頼んだ。シラギク」
ニックがシラギクに何かを手渡し、シラギクは嬉しそうにそれを懐にしまう。
それを横目に、オレとアンノーンはアーリャに本当によろしくお願いしますと頭を下げていた。
「引き受けたからにはちゃんとやり通しますよ。ちゃんと貴方達から貰うもの貰いましたし」
そう言ってアーリャはオレの魔宝石の腕輪をプラプラと揺らす。だが、この中は魔力で満たされて淡く光っていた。何に使うのか知らないが、結界内はとにかく辛いだろうからと言っていたから、恐らくそれ関係で使うのだろう。
『ネコのも渡せればよかったんだけど』
「貴方は無理です。可愛いからってだけじゃなく、そちらもなにかと無茶をする質でしょうし、死なないように気を付けてください」
可愛いと言われながら喉を掛かれて戦闘前なのにネコは喉を鳴らされる。ここの住人はことごとくネコに弱い。ネコ万歳。
そしてこちらを見る。
「私も要ではありますが、その次の要は貴方なんですから。自覚をもって行動してください。では、また後で」
「待って!」
アーリャが地下通路へと降りていこうとしていたとき、アレックスが呼び止めた。
「これ、使ってくれ。少しだけど役に立つかもしれない」
「アレックス、それ渡して大丈夫なのか?」
アレックスがアーリャに手渡した物をみて驚いた。それは、アレックスにとって盾のようなものじゃないか。
アーリャも一瞬驚いてたが、アレックスをみてフフンと笑った。
「気付いていたのですか…。 ……というかこういうのに抵抗ないのですね。手段は選ばないタイプ?」
「そうだね。活用できるのなら、何でも使うかな。本当はジャスティス渡したいところだけど、これは難しいだろうし」
「いえ、これで十分です」
これでもかと嬉しそうな笑顔を向けて、スキップをしそうな勢いでアーリャは階段を下っていった。
「………これでもう無茶できねーな」
あれがあってこその戦い方だったろうに。
「無茶して死にそうだったら助けてくれなんだぞ」
「そもそも無茶すんなよ」
『ほんとだよ』
地下通路へと続く扉を閉める。
もう一度作戦を確認すると各々武器を取り出した。
「時間通りだな」
アンノーンが言う。
遥か右遠方からは防衛軍が迫ってる。済まないが、陽動として利用させてもらう。
「勇者、頼んだ」
「了解!!」
雷の矢を番え、首都の結界へと放った。
増えた魔力によって、矢なのにとてつもない轟音を辺りに響かせながら雷の塊が空を引き裂いて飛んでいく。
宣戦布告だ。
── ズドォオオオオオオオンンンンッッ!!!!!
城壁に張られた結界にぶち当たる。
結界の形に雷が走り、ヒビを入れた。
うーん。もう少しヒビ入れたかったな。
けど、これで軍の方の味方にも合図として伝わっただろう。
現に、軍の方向から魔力の塊が空へと打ち出されていた。
「合図が上がった」
「あっちも来たぞ!!」
ノルベルトの声で見れば、数えきれないほどの魔物が首都から飛び出し始めていた。
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