第512話 決戦前.10

駿馬を預け、アンノーンの後に着いていく。


「本当に大丈夫か?顔青いぞ」


そして顔色は優れないらしい。


「はははは、いや、ちょっとね……」


そして渇いた笑いしか出てこない。

大丈夫大丈夫と心の中で唱えても、怖いものは怖い。


見覚えのある通りだ。

確か、この先の広場で戦ったんだ。


「なんだあれ。変なオブジェ」


アンノーンがとある方向を向いてそう言った。


思わずその方向を見ると、あの時無かった彫刻が飾られていた。

美しさはない。ただただ不気味な彫刻。

角の生えた男女が互いの心臓の位置に剣を突き刺している。角の女の手には蔓が巻き付いた人の生首、角の男の体には刺の鎖が幾重にも巻き付き、その後ろで人間が剣を突き刺そうとしている。足元に転がるのは顔の無い無惨な姿の人間達で、側に文字と十字に似たマークが彫られた石碑。


「ヘルヅの悪夢ってさ。悪魔同士の殺しあいが起きて、たった半日で凄い数の人間が犠牲になったんだって。こわいねー」


棒読みである。

アンノーンがちらりとこちらを見て。


「ま、大丈夫だよ。どうやらあの悪魔達は共倒れして死んだらしいし。この街の教会に、二人の角が運ばれて、復活できないように封印されてるらしいから。だからそんなに怖がるなよ」


「!」


知ってるのか。

アンノーンはもうこちらを見ていなかったが、少しだけ体の強張りが解けた気がした。


広場を抜け、直進した所にお洒落な喫茶店がある。

アンノーンはそこへ向かっている。


「……甘露屋?」


ユイも少し困惑気味。


『なにそれ』


「甘いものも売ってる店。……てか、ええ…?」


本当にここなのか?

だが、アンノーンは躊躇いなく入っていった。

追い掛けていくと、ただの喫茶店であった。


人も疎ら。


アンノーンは視線を滑らせ、奥に目をやると「お!」と声を上げた。


「居た居た。さ、行くぞ」


「?」


ユイと顔を合わせる。どういう事だ?そこには誰も居ないのに。

だが。


「行こう。アンノーンは行動は奇っ怪だが、仕事はきちんとする」


といって、ユイも着いていく。


つまりふざけてはないらしい。

魔方陣かと思ったが、そんなものはない。だが、アンノーンの進む方向にほんのちょっとだけ違和感を感じた。


そこで、ある魔法を思い出した。

なるほど。


先に着いたアンノーンが席に着く。


続いてユイとオレも席に着いたところで、アンノーンが目の前の椅子に話し掛けた。


「そろそろ魔法を解くか、中に入れてくれないか?このままだと独り言を言っているみたいで恥ずかしいんだ」


「あら。別に良いじゃないですか」


女性の声。


「たのむよ」


「……はいはい」


ずるりと、椅子が溶けて、空気から滲み出してきたように人が構成される。

紫色の長髪、真っ赤な唇の艶のある女性だった。


気だるそうな瞳がアンノーンを見て、溜め息を吐いた。


傍らには紅茶とケーキ、そして、布に包まれたモノ。

魔力を感じるが、魔具か?


「貴方が噂のあちらの観測者アンノーンですね。そして、」


こちらを見る。


「水の勇者、ユイ。で、貴方が今期の勇者ライハと使い魔のネコですね」


はじめまして、と、言おうとして、首を捻った。

何だろうか。初めて会った気がしない。


ネコも鼻をヒクヒクさせて『んー?』と言ってる。


どっかで会ったっけか?


クスクス、女性が静かに笑った。


「初めましてじゃ無いですよ。──羅刹のライハさん。カリアさん達はお元気ですか?」


「!!!?」


瞬きをした瞬間、女性は消え、見たことのある人へと変わっていた。試験の際お世話になった。背の低い事をハンターにからかわれて怒っていた、お下げの女性。


「なんで、この貴女が此処に!?いや、え!?」


頭が追い付かない。ネコも思考停止しているのか、女性とオレを交互に見ている。


「知り合いだった?まぁ、いいや。紹介するね。




この人は、アーリャ。

ここの世界の遣いで、今回の鍵となる人物です」




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