第504話 決戦前.2
やほ、と、男が軽い挨拶をする。
男の目の前にいるのは、巨大な生物だ。
岩を砕く角、骨を引き裂く牙、木々を薙ぎ倒す爪、津波を巻き起こす尾。そして、竜巻すら起こせる翼。
その身は炎を連想させる赤で、一際大きな個体が静かにその男を見下ろしていた。
「ひさしぶりですかね、グローヴン」
『 もう、此処には来るなと言った筈だが 』
言葉と音がずれて聞こえ、それが重なって消える。
竜の言葉は難しい。
何度聞いてもはじめの一言がずれて聞こえてしまう。
ちらりと両隣を見る。
そちらもまるで岩のごとき体躯の竜がこちらを冷ややかに見下ろしていた。
「私だって来る気はありませんでしたよ、ただ、ちょっと状況が変わったんですよ。赦して下さい」
『良いわけは無用!!』
ビリビリと空気が震える。
怒気だけでこれだ。おそろしや。
人ならば、これで丸一日気を失っているだろう。だが、この男は今なお涼しい顔をしてそこに居た。
「ひとまず聞いてください。まず、外の様子はどのくらい把握してますか?」
『……なに?』
「島以外の様子です」
『ふん。我らには関係のないことだ』
全くアギラの竜達は本当に頑固者だ。どんなに外がめちゃくちゃであっても、この島に手を出さなければ動かない。
悪魔もそれを知っているのか、南から攻めてきても、この島を避けている。そうだろう。なんせ、先の戦争でこの島の竜達にぼこぼこにされたのだから。
「果たして、そうでしょうか?」
男の言葉に竜が少し反応した。
『どういう事だ?あちらの観測者』
観測者と呼ばれた男が口許に笑みを浮かべた。
「この大陸の隅々まで張られた魔方陣。これがなんなのかご存知ですか?」
『魔方陣?あの忌々しい点の事か?知らんな。知る必要もない』
「ええ、そう言うと思いました。だけど、これは関係があるのです!!あの魔方陣、人間達が一生懸命解除しているから発動まで時間が掛かっていましたが、今回の戦争のせいで解除のスピードが落ちてしまい、そろそろ、発動しようとしています。あれは、この世界を殺す魔方陣です。いや、乗っ取る魔方陣というべきか?」
男の言葉に竜の眉間に皺が寄る。
世界を殺す?世界を乗っ取る魔方陣?
竜は太古の生き物だ。始まりの巨人から産まれたあと、そのままの形を残した誇り高い生き物だ。
だからこそ、この世界は始まりの巨人のものという認識で、次々に形を変えていく兄弟が好き勝手していても、バカなやつらだと見下していた。
だが、だからこそ、兄弟達が好きに動き回るのはまだ何かあっても一掃できる自信がある。なにせその為に磨いてきた力だ。だが、この男の言葉には、竜が許せない言葉が含まれていた。
この、始まりの巨人が愛した世界を殺す?
あまつさえ乗っ取るだと?身の程知らずにも程がある!
これは少しばかり耳を貸してやるか。
そう竜が思うと、翼を閉じて、形が崩れた。
その行動に他の竜達がどよめいた。
『王!!この男の言葉に耳を向けるのですか!?』
『ああ』
体が安定する。
『今こやつは我が聞き捨てならぬ言葉を出したからな』
四つ足が二つ足に変わり、羽の代わりのマントを後ろへと流した。視線は大きく下がり、観測者の男と大差無い。
「感謝します、グローヴン。偉大なる竜の王よ」
『御託はいい。さっさとどういう意味かを説明しろ』
「ええ、まず、あの魔方陣の性質からお話しましょうか」
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