第491話 裏の者.14
目の前にあるのは圧し殺してきたオレの感情だ。長い間、見て見ぬふりしてきた怒りや不満だ。
感情は敵ではない。
きちんと向き合うものだ。
自分(の感情)を信じ、自分(の感情)を殺してはならない。
なら、どうするべきなのか?
分かりきったことだ。
手を伸ばす。痛みだけを与える剣が突然すり抜け、影が驚きに目を見開いた。影は、仲間達を奪われた時までに姿が変わっていた。酷い顔をしている。怒りも悲しみも大きすぎて、あまりに苦しくて堪らないという顔をしていた。
その顔が、不意にエルファラのものへと変わった。
強く抱き締め、背中を撫でた。
『なっ!!!止めろ!!!止めろよ!!!お前はオレの怒りを拒絶するんだろ!?』
剣が消え、変わりに拳が奮われるが、それでも抱き締め続けていると、力が抜けてきて、次第に嗚咽に変わってきた。
「今までごめん。もう、オレは自分の感情を無視しないから、君も遠慮なくオレにぶつけてきてくれ。もちろん、エルファラの感情も」
『……くそ…、くそぅ…。うう…ぅ……』
怒りが静まっていく。
感情は敵ではない。捨てることはできるが、それは人として壊れる事だ。オレは、この怒りを認め、受け入れた。
グニャリと、地面が揺らぐ。
端を見ると、この空間がもう持たないことが分かった。ボロボロと崩れ、鎖のようなものがこの残された空間を覆おうとしていた。
早く出ないと、閉じ籠られるな。
「早くいかないと。ほら、立てる?」
立ち上がり手を引くと、影は頷いて立ち上がった。
姿はもうオレのものでもエルファラのものではなかった。ただの人の形をした影が、しっかりとオレの手を掴んでいる。
「まだオレを信じてくれるなら、一緒に飛んでくれないか?」
『……行く、飛ぶよ』
「ありがとう」
前を見据える。鎖はもうすぐ覆い尽くしてしまう。
影の手を引いて走った。
早く!早く!早く!
鎖が覆う毎に暗くなる視界、狭まる隙間。人一人分すら怪しくなってきた。間に合うか!?
『強く願え、そうすれば望む物が生まれる』
「!、分かった!!」
空いた右手に集中し、願った。
ずしりと重みと質量が現れ、目を向けると、今まで不可視だった剣が姿を現した。
剣の根本に何かの文字が刻まれた。
『思い切り振れ!!』
言われるままに、剣を全力で振った。その瞬間、目の前にあった鎖がことごとく切断されてバラバラになった。
行ける。
世界の端を思い切り蹴り飛ばし、影を連れて何もない空間へと飛んだ。
落下していく体に風が容赦なく下から叩き付けてくる。
頭上で、先程までいた空間が鎖に覆い尽くされて沈黙していた。きっと、あのままあそこにいたら、もう出られなかっただろう。
かといって、今も助かる保証はないが。
影が手を強く握る。
『認めた。お前は強い。きっとこのどうしようもない感情の渦を何とかしてくれるとオレは思った。これから、オレはこの怒りを、怨みを、負の感情を全て力にしてお前に渡す。決して自惚れず、道を踏み外す事がない内は、オレはお前の味方でいよう』
「?」
なんの事だ?
影の方を向くと、既に影は人の形すら怪しく、所々がボヤけて光の粒となっていた。
影がこちらを向いて、口を開いた。
『これから、お前の剣の名前は“
じゃじゃ馬ときいて、もう既に一頭いるのにと思った時、影の形が崩れて宙を舞い、右手に持っていた剣に入り込んだ。複雑な紋様が刀身に刻まれた。
途端感じるこの剣のヤバい力。これ、じゃじゃ馬どころじゃない。
其処の方に光が生まれ、次の瞬間視界が眩んだ。
ボンッ!
そんな音をさせて視界から黒が崩れ落ちた。
ボタボタと落ちた黒いものは、地面に落ちた途端に消え失せた。
「戻った…。!!」
右手に何かを掴んでいる感触。
地面から突き出た剣の柄をオレがしっかりと掴んでいた。
黒剣ではない、あの空間で手に入れた斎主と名前が付けられた剣だった。
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