第472話 絶望の淵で.2
『諦めるのか?』
くぐもった声が聞こえる。耳を塞いでいても聞こえる声に思わず少しだけ目蓋を開くと、底の方に分厚い氷の向こう側にエルファラがいた。
姿が前見たものと少し違っていたが、エルファラだと分かった。
『逃げるのか?』
責めるようなエルファラの目を直視できなくて、思わず視線を逸らした。
「………オレは何もできない。強くなったと思っていたのは勘違いだった。オレは誰も救うことができない…」
誰一人、あんなにも慕ってくれていた隊員達を呆気なく惨殺され、“預り”として守らなければならなかった筈のラビを目の前で殺された。それなのに何故オレはまだ生きているのか。
違う、生かされたんだ。
悪魔の言葉を思い出した。
今回は絶望を与えるだけだと。
今回は?
次があるのか?
脳裏にあの時の光景が浮かぶ。もっと良い方法があっただろう。あの時サラドラに攻撃を当てることが出来ていれば、フォルテの攻撃を受け流すことが出来ていれば、いや、サラドラを圧倒できる程の氷を作り出すことが出来ていれば…。考えれば切りがなく、後悔は後を断たない。
動く度に事態が悪化しているような気さえする。
ならばいっそ、動かない方が──
『はっ!笑えるな!』
エルファラが鼻で笑う。
『お前が何もできない?強くなったと思っていたのは勘違いだった?誰も救うことができない?ははっ!!はははははは!!!!』
腹を抱えて笑うエルファラに、思わず耳を塞ぐ手を退けて見た。
『エゴだな。何故お前が誰かを救えると思った?』
「………どういうことだ」
『お前は神にでもなったつもりなのか?誰かを救う?その考えこそ浅ましいし傲慢でエゴだ』
エルファラはオレに人差し指を向けた。
『自分すら救えないやつに誰かを救えると思うな』
「………」
氷から徐々に刺が伸び、水中を埋め尽くしていく。
それはエルファラ側も同じで、まるで氷の檻に閉じ込められていくようだった。その氷にエルファラが触れると、たちまちのうちにエルファラの手を凍り付かせた。
『ほら、そうやって自分を痛め付ければ赦されると思っていること事態が間違いだ。気付いていないだろう。お前、今自分の体がどうなっているか分かっているのか?』
「…わかっている」
伸びた氷が胴を貫き、凍りつかせ始めている。
激しい痛みがあるはずだが、感覚が変なのかよく分からない。
よくよく見れば電流もチラチラと視界に入っている。痺れはないが、多分これも体を傷付けているのだろう。
「わかっている、こうしてもどうにもならない事くらい…」
過去には戻れない。
あったことを無かった事にはできない。
「でも……、どうすればいいのか…っ!」
胸の奥が軋む。許されたい。だけども、許される事はない。
オレは皆の命を背負っていた。本来なら、オレが盾となって剣となって、皆を家族のもとへと帰さなければいけなかった。
ああ、レーニォさんもまた傷付けてしまう。せっかく立ち直ったのに。
ギシギシと氷が音を立てる。
刺は更に禍々しく、エルファラもオレも動けないように絡めとっていく。
『……、ふん。難儀なやつ』
呆れた顔で、エルファラが力を抜いた。
『こんなことで足止めを食らいたくはなかったけど、既に僕とお前は一心同体状態。今さら契約解除もできない。お前を許す事も慰める事もしない代わりに、僕はここで待っててやる。どーせ僕が言っても響きやしないだろうし』
器用に胡座を掻き、腕を組む。
『お前の尻をひっぱたいてやる奴は他に居るからな。だから──』
──早く目を覚ませよ。
そこまで言うと、エルファラは氷に閉ざされた。
ホールデン戦から一週間が過ぎた。
あの全滅事件で双方大きく戦力を失った為か、暫しの間停戦になっていた。
数キロに渡って消された大地は白い灰に覆われ、濃密な混沌属性の魔力が停滞しているせいで奇襲も掛けられない。
「………」
野営地の空気は重い。
なんせ数千の命が一瞬の内に敵の攻撃で消滅し、ギリギリ生き残ったあの遊撃隊ですら悪魔の追撃によって全滅したのだ。
運び込まれてきたライハ隊長を見て思わず悲鳴を上げ掛けた。
普通なら、死んでいる。
それなのに辛うじて息があったのは、流石は遊撃隊隊長だと言うべきか。
そういえば、ネコさんも何か特殊な攻撃でお腹に刺が突き刺さったまま帰還してきて、ネコファンの人達が怒り狂った。未だに刺が突き刺さったままだが、ネコさんは面会謝絶状態のライハ隊長から離れようとしない。
目は覚めていると聞いたが、何も手に付けない状態が続いているらしい。
遠目で確認が取れ、魔法鏡で状況が確認されて伝達された内容を聞いて絶句した。ああなってしまうのも仕方がないと思う。むしろよく壊れなかったと誉めたい。
軍の上層部が詳細を聞きに訪れ、ライハ隊長の元仲間が止めるのも聞かずにフラフラとしながらも説明に行く姿は見てて辛い。
かといってこちらは底辺も底辺の一般兵。憔悴したライハ隊長を絞り上げて吐かせた甘い蜜を、記事にしたいと押し掛ける新聞社の記者を止めるくらいしかできない。
「おい、また暴徒だってよ。生き残りを出してなんで息子が死んだのか説明しろって。ったく、そんな元気があるんなら軍に志願して人類のために戦えっつーの」
「なんかライハ隊長も可哀想ですよね、あの人のせいで全滅した訳じゃないのに」
別部隊の新人がそんなことを話ながら去っていく。
一般人は呑気だ。誰のために俺達が命を掛けて戦っていると思っているんだか。
「はぁー、何とかならんかな。代わってやりたいとは思えないが」
近いうちに上からライハ隊長へ何か指令があるらしいが、処罰じゃないことを祈りたい。
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