第364話 フリーダン ~ ユイ ~

男が目を覚ましたのはそれから二週間が経ってからだった。


「?」


ここは何処だという顔をしながら起き上がり、隣で干し柿を作っていたグロレと目があった。


「君……」


「!!! フリーダン!! タジン スゴン ゴロン チビ ジギン!!」


グロレは驚きのあまりにひっくり返り、何とか立ち上がると大慌てで部屋を出ていってしまった。その様子をポカンとした表情で見詰めることしか出来なかった男は伸ばしかけた手を戻す。


そこでようやく辺りを見回す。

岩の壁にフカフカの布団。部屋に浮かぶ蛍に似た光は男がギリギリ届かない所を、様子見をするかのように飛んでいた。


「……!! 刀! 俺の刀は!?」


布団をひっくり返す勢いで探すと、刀はあっさり見付かった。寝床の枕元に置かれた刀を抱き寄せ気配を探る。


いつから寝ていたのか覚えていないが、警戒を解いてはならないと思うのだが、部屋に充満する香りが警戒を解かそうとしてくる。


山脈を超え掛けたのは覚えている。そこからどうしたのか分からないが、言葉が通じなかったのを見ると、ホールデンとは違う国に辿り着けたようだ。


「ほらほらグロレ、言葉が戻ってるよ」


「うぅ、焦った、から」


『驚いたんだよな』


人の声が近付いてくる。男は刀の柄に手を掛けようとしたのだが、男の意に反して手は動かなかった。


「え?」


扉が開く。


「良かった、体の具合はどうかしら?」


男の体から自然に力が抜けた。

心の底から安堵の感情が沸き上がり、混乱した。









フリーダンは男の脈を見て、熱を測る。


「貴女は誰ですか?」


男がフリーダンに質問をする。フリーダンはこの男の事を知っているが、男はフリーダンの事を知らない。


「私はフリーダン。魔法使いよ。自分の名前を覚えている?」


「フリーダンさん。……名前」


手を頭に当て考え出す。そして離した。


「ユイ……ノブアキ」


その名前を聞いて安堵した。良かった。名前の混乱は無かったようだ。

隣にリジョラとグロレが2つ椅子を持ってきて腰掛け、フリーダンも腰掛けた。


「ユイさん、治療に当たってもしかしたら記憶の混乱があるかもしれません。完全に回復するまで安静にしていてくださいね」


「……はい」







ここは西のリトービットの住処の一つだ。

事情を説明すると余ったところを使ってくれと貸してくれた。


『では、わたしは?』


「リジョラ」


「ん!」


「グロレ」


『あそこにいるのは?』


「フリーダン」


「これ は?」


グロレが指差す先に青みを帯びた灰色の靄が浮遊している。


「レン」


「おおお」


『記憶力も問題無さそうだな』


ユイは所々の記憶が抜けていた。

それは隷属の首輪による長期間による苦痛や魔力汚染によって多大なストレスによってなのか、それとも融合した精霊のせいなのかは分からないが、一応元居た国の名前とホールデンの事、勇者の仲間がいた事などは覚えているが、上司の名前や仲間の顔がすっぽり抜けている。


「これは?」


「ケータン。だった気がする。ケータイだったか」


ボロボロ荷物の中、これは大事に布に巻かれていた。光を浴びせながら起動させると、手紙が来ていた。


「?」


差出人はライハという。

頭の中に黒髪の青年が過る。ああ、そういえばホールデンで剣を教えていたか。芋づる式でタゴスも思い出した。


記憶が少し戻って懐かしいとユイは呟きながら開いた。


あんなに大量の手紙を、それも最後は報告書みたいなやつを送ってしまい、今更ながら恥ずかしく思う。余裕が無かったんだ。


ライハからの手紙を目を通して、ユイは固まった。


それは長いこの世界での旅の記録だった。


見知らぬ土地、馴染みのない文化、出会った仲間、巡った国、命を奪ってしまった人、そして悪魔と勇者の事。


読み進めるうちにユイは拳を握り締めた。

ライハがこんなにもこの世界で進んでいたというのに、俺はホールデンを自力で出ることすら敵わなかった。


「はは……、こりゃ再会したとき嬉しさが勝るのか悔しさが勝るのか。分からんな」


でも、再会するなら俺も胸を張っていたい。


「元気になったわね。それ、お友達から?」


フリーダンが暖かなスープを持ってきてくれた。


「はい。同じ勇者仲間でした。少し見ない間に先に行かれてしまっていたみたいで。俺も頑張らないと」


スープを受け取り口を付ける。スープに入った熱々の野菜が体を温めていく。


「ふふふ。じゃあ早く体を元に戻さないとね」

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