第337話 南方戦線.1
駿馬をとばす。モントゴーラを抜け、ビャッカ諸国に入ってから血生臭さと腐敗臭が目立つようになってきた。あちらこちらから響いてくる口笛は、仲間との意思疏通をしている証だ。
恐らく、今通過しているこちらが敵なのかそうではないのかを見極めているのだろう。
「アウソ、教えてもらった?」
「もらいはしましたけど、通じるか分かりませんよ?」
「意思表示だけでも良いわよ。こんなところで時間とれないし」
「ですね」
アウソが指笛を鳴らす。
抑揚をつけた音は森に響き、すぐさま返事が返ってきた。
「うわ、ルキオ人ってすぐバレた。こんな音だけでバレるもんだば?怖ぇー」
「なんて?」
「故郷に向かうならこの先の三角岩を左に曲がって道なりに行った方が安全にマテラに抜けるって。曲がらずにまっすぐ行くと戦場だって」
「いつも思うけど、よくそんなすぐ言葉覚えられるわね」
「それでいろいろ助かってるけどね。さて、せっかくの好意よ、大事にしないと」
すぐに見えてきた三角岩を曲がり、数日も掛からないうちにマテラのマクツの森へと辿り着いた。
そこから道も村も全て無視してひたすらルキオに向かって走る。
その辺りからクレーターが酷くなってきていた。城壁は崩れ、村は壊滅し、川が氾濫している所もあった。
マテラでこんなだ。ルキオでは一体どうなっているのか。
先に行くにつれ口数が減る。
それとは比例して魔物の数が増えていくが、それすら行き先を阻む邪魔なものとしての感覚が強まっていった。
港町が破壊され、すぐ近くに臨時の港が作られているが、そこは兵士やハンターが乗り込む為の物で、一般の船は出ていない。
辛うじてルキオからの脱出するための船はあるが、それはハンターを送り届けた帰りのものだけで、数はない。
乗り込むにも待たねばならない。
そして、渡航する際にも、襲われる可能性もあると言われた。実際、既に三艘が沈められていた。
「駄目だ。山から行くしかない」
海岸沿いに山を目指す。その間、海の向こうからやって来る黒い物が海岸へと向かってくるのをハンターの船が襲い掛かる光景をいくつも見た。
ほんの半年前、ここを通過した筈なのに、たった半年でこんなにも変わるものなのか。
「師匠、あれ」
キリコが指し示す方向には北から援助しに来たハンター達の乗る印であるギルドの印章の付いた空舟がゆっくりと空を滑るようにして進んでいった。その空船を動かし、また追い抜いていく巨鳥の群れがいる。
あれは確かプローセルンの軍ではなかったか。
「こんだけ集まっていたら、あっという間に討伐できそうさ」
「いや…」
しかし、カリアはその様子を見ながら不安に駆られていた。
今一体いくつの国の戦力がここに集まってきているのか。国に残してある戦力は如何程なのか。
「カリアさん?」
杞憂だといいけど。
そう思いながらも、カリアは首を横に振る。
「なんでもない。急ぐよ」
山沿いに進み、惑いの洞窟を抜け、カリア達は目の前に広がる光景に愕然としていた。美しかった海は、今や赤茶色に変色し、海岸線は黒く染まり、風が腐臭を運んでくる。
大地は大きく抉れた箇所がいくつもあり、森は焼かれて消えてしまったところが数え切れないほどだ。
それでもギリギリ王都が無事なのは奇跡と言うべきか。
アウソが奥歯を噛み締める。
一体どれ程の人が死んだのか。その中には恐らくアウソの知っている人もいるのだろう。それは勿論、アウソだけではなくキリコもカリアもだ。ここはこの三人にとって故郷、もしくは第二の故郷と呼べる場所なだけにこの有り様は衝撃だった。
「…ザラキ」
カリアが慌ててザラキの家の方向を見ると、そこにも大きな破片が落ちてきたのかクレーターが出来上がっていた。しかし、そのクレーターが大きく歪んでおり、端の方に家が見えた。
無事だったか。
カリアはホッと息を吐いた。
山もかなり酷い状態だ。
この山のお陰でマテラの山沿いの街は無事で、そこがハンター達の集合場所として機能している。
突如、ヒュンという音が空から響き、光が海の方へと飛んでいく。しかし、それと同時に海の方からも光が飛んできていて、それらが途中で接触し軌道を変えた。
「危ない!!」
少し離れたところに光が着弾し爆発した。
爆風と、それによって巻き上げられた土が降ってくる。深く抉られた大地はこの攻撃のせいか。
「とにかくもこの戦場の指揮を取っている所へ向かわないと」
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