第320話 同じ穴の狢.4

太ももに突き刺さった物のせいで体制を崩した瞬間、根っこの攻撃が全て来るのが見えた。あれをまともに喰らってしまえば、いくら“双子の共鳴”があってもダメージを受け流しきるのは不可能。絶対に重傷を負って死んでしまう。


ライハは悪魔に気に入られていて関節を決めてこようとする攻撃に抵抗するのに手一杯。


助けはない。


だが、そんな事で諦めてはスーパーノヴァのパーティーリーダーの名が廃る!!


「上級神聖魔法、ライフスペントレード!!」


瞬時に頭の中で魔法式を構築すると、その魔力と魔法式を銃に流し込み自らの心臓に向けて撃った。銃弾が心臓に届くのと、悪魔の攻撃が炸裂したのはどちらが先だったのか。


全身に走る凄まじい痛みに意識が朦朧とする中、アレックスは耐えた。


(やっぱり受け流しきれなかった!!でも、こんな痛みくらいでへこたれないんだぞ!!)


歯を食い縛り耐え切り、振動が収まって自らの体を見下ろすと、凄まじい数の根が突き刺さっていた。根の先は高質化し鉄のようで、しかし幸運にも頭とジャスティスは無事だったのが救いだ。


(これで何年寿命が縮んだのか…)


上級神聖魔法、ライフスペントレードは自らの寿命を犠牲に五分間だけ不死身にする魔法だ。国によっては禁術、黒魔法として禁止されている所もあるが、今はそれがありがたい。


「ゴフッ…」


喉に詰まった血を吐き出す。耳が何やら良くない音を拾い上げ、鳥肌が立っている。何となくだが、ライハが危険な気がする。


震える手でジャスティスの銃口を正面に向けて、火焔の魔法弾を放った。


真っ赤な炎が視界を染め上げ、地面に縫い付けていた根が消えると、アレックスは体に突き刺さる根を抜きながら立ち上がる。気道に溜まった血をもう一度吐き出し、呼吸を整えると治癒が始まる。“双子の共鳴”による治癒は一瞬のものだが、“ライフスペントレード”の治癒は治療に掛かる月日を犠牲にして早送りしているに過ぎない。しかしそれでも“双子の共鳴”が臓器や神経などをメインに引き取ってくれたお陰で寿命がごっそり持っていかれなくて済んだ。


「おい、アレックス、大丈夫か?」


「!! この声、ラビ? 何処にいるんだい?」


「すぐ隣だ」


見渡してみてもアレックスの目にラヴィーノの姿は映らない。しかし、隣にいる証拠だと言わんばかりに、何もなかった所から回復させるための魔方陣が書かれた紙が現れて体に貼り付いて、発動の光が灯って紙ごと消えた。


「良かった、死んだかと思って心配したぞ。いや、それよりもライハがやばいんだがどうすればいい?」


見上げてアレックスはびくりと肩を震わせた。


そこにいたのはライハに良く似た悪魔だった。

頭には捻れた真っ黒な、しかし不思議な光彩を持つ角が伸び、全身から禍々しい魔力を溢れさせていた。瞳も赤く光り、口からは牙のようなものも見える。


それでもライハだと分かったのは、禍々しい魔力の中でもそれを押さえ込もうとするいつものライハの気配を感じたからだ。だが、それよりも圧倒的に怒りの感情が剥き出しになって魔力と共に全身に叩き付けられる。


ネコが食われたというショックに加え、俺が殺されたと思っているのか。


ごくりと喉がなる。


あまりの恐怖で声すら出ない。


いや、その前にあれは本当にライハなのかと疑ってしまう。先程の、悪魔の口から衝撃的な情報で何故かライハは悪魔との混ざり者というのは分かったが、実際見てみてそんなものじゃないと思ってしまう。


あれは完全に悪魔だ。それもかなりやばい方の。


『フフフフフフ、やっぱり私の見越し通りだったわ。美しい、その純粋な殺意が素晴らしい。ねぇ、そんな美しい貴方を食べたらどんなに力が付くのかしらね。同士食いはあまり好きでは無かったけど、ちょっと興味が湧いたわ。いや、その前に貴方の目の前でもっともっと人を殺して憎しみの感情を膨らましてからでも良いわね。そうだ!確か、近くにもう一人貴方の仲間の人間がいたはずよね、今度はその子を殺ってみるってのはいい案だと思わない?手足を引き抜いてから、断面を少しずつ削って…』


アレックスの隣でラヴィーノが怯える気配がする。


それにしてもあのジョウジョは恋する乙女の様に頬を染めながら、ライハの前でラヴィーノをどのようにして惨殺するのかを語るのに夢中で、こちらに気付いていないようだ。


人間だってな、工夫をすれば死ににくい奴だっているんだ。その余裕が命取り。


その隙を突いてやろうと思ったのだが、ジャスティスが持ち上がらなかった。いや、体が、指先でさえも動かない。アレックスは焦った。恐怖で体が動かなくなるなんて初めてだった。


「おい、おい、アレックス、やばいものが出来始めている」


「!」


辺りを見渡せば、黒い球状の物が現れていた。クローゥズだ。なんで、これはリューセ山脈南部で出来るもので、北部では殆んど出来ないものなのに。どれだけの量の魔力がここら一体を埋め尽くしているのなんて考えたくもない。


「………そうか。なるほどな」


凍るような冷たい声が聞こえた。

それがライハの声だと理解するのに数秒かかった。それほどまで、先程の声は冷たく、無感情なものだった。


「今まで、こんなに腹が立ったことはなかったし、何より、たまに沸き上がるこの良くわかんない感情を、これ以上悪魔っぽくなりたくなくて無理矢理押さえ込んでいたんだけどさ、こう、大切な奴を殺されて、やっと、大事なモノを守るためには“鬼”になることも必要なんだと理解した」


『え』


バキンと、一瞬のうちに世界が凍り付いた。

見渡す限りの白で、木も草も氷に覆われ、空気すらも凍りついて、凍った水分が日の光に反射してキラキラと光りながら舞っている。


「!!?」

「!?」


何がどうなっているんだ!?


『嘘っ!待って、そんなはず…!?』


ジョウジョが驚愕の表情を浮かべた。根もすっかり凍って動けないらしい。そんな中、ライハは腕の拘束を無理矢理破壊していく。無表情で。瞳すら冷たい。


『!!』


ライハの手がジョウジョの頭に置かれる。


「まずはネコを返せ」


破裂音と共にジョウジョが砕け散り、中からドロリとした黒いものが流れ出した。それは地面に落ちるとみるみるうちにネコの姿へと変わっていく。だが、ライハはそれを一瞥するとすぐさま別の方向へと目を向け、手を翳す。


掌一杯に白い光が集まると、それは白い雷となって視線を向けた方に飛んでいき、着弾した所から轟音が。雷が通った跡は黒い焦げさえもなく、綺麗に消滅している。


「……ちっ、外したか』


再び掌を少しずらして向ける。

その時、ラヴィーノが声を上げた。姿を現し、震える拳を握り締めて声を張り上げる。


「ライハ!!!!」


ゆっくりと視線がこちらへと向けられる。

とても怖いが、あれはライハだ。悪魔じゃない。


大きく息を吸い、立ち上がる。


「大丈夫だ!!!ライハ!!!俺もちゃんと生きてるんだぞ!!!」


恐怖で膝が笑ってるが構うものか。


腕を広げ無事なのをアピールすると、ライハの冷たい気配が霧散していき、瞳の異様な輝きも鎮まっていく。


「…………ああ、そうか、“双子の共鳴”…忘れてた………」


そう言い終えると、ライハの力が抜け宙ぶらりんになって停止した。


それを見てラヴィーノの一言。


「まさかアレ俺達で回収しないといけないのか?」


だった。

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