第296話 山脈越え.9

ネコが目を覚ますと、温かい水の中だった。やさしい石と苔の臭い。体は柔らかな縄の籠に入れられていて、溺れないようにしてくれている。


真っ白で恐ろしい雪の波に飲み込まれ、ライハが地面から出ていた岩の角に頭を激突させて意識を飛ばした瞬間、ネコは何度目かの『このままだと死ぬ!!』と覚った。

現に体は雪に揉まれ、深く沈んでいく途中で、体温もどんどん下がっていく。


ネコは寒いのは苦手だが、今はそんなこといっている場合じゃないと、体を帯状にしてライハの周りに巻き付いて雪を掻いて浮上した。だが、落ちてきた雪が多くて、ネコも力尽きようとしていたとき、灰馬が蹄で雪を掘っている音が聞こえた。


そっからは覚えてないが、どうやら助かったみたいだ。


欠伸をしながらドアの方を向くと、ライハが机に突っ伏して寝ていた。見るからに寝辛そうな格好なのだが、爆睡していた。


全くどうしようもない飼い主だ。


お湯から出て、形状変化でお湯を体から絞り出すと、乾いた尻尾の先でライハを揺する。


身動ぎして起きたライハに向かってネコは言った。


『腹へった~』













ネコが起きた。

あれから丸々1日起きないから心配だったけど、起きたら起きたで腹へった喉乾いたと煩かったから体に不具合は無さそうだ。良いことだ。


オレはこの1日、カツキの友達のプローセルン人を待ちながら、リトービット達とハチを料理したり、地下の部屋の掃除(割れた氷雹岩の処理)をしたりと忙しかった。その代わり、雪山や洞窟の知識を貰ったりしていたが。

リトービット達は、灰馬が雪崩に巻き込まれても元気な理由が不思議だったらしく、もしかして魔方陣が効いたのかと話すと、それを教えてくれと群がられた。


リトービットは手先が器用で、オレなんかよりも早く魔方陣を綺麗に描くことができた。あとは魔方陣に魔力を流すだけなのだが、リトービット達は魔力が少ない。

なので、割れた氷雹岩の欠片を使って魔方陣を描いてみたところ、うまく発動した。


氷雹石には魔力があるからもしかしてと思ったが、正解だった。


これでもう少し遠くまで食料を喜んでいた。


あのオオヤンバスズメバチは凄く美味しかった。バター焼きが一番美味かったな、もしまた遭遇することがあったら、バター焼きで食べよう。


雪山はまだ天候が不安定だ。

カツキ曰く氷の王が孵化して三日は危険なんだと教わった。あと、カツキに第三次人魔大戦が始まったのを知っているかと言ったら、初耳だったらしく驚いていた。でもリトービットは基本この雪山から出ないので被害はあまりないらしいが、今回は洞窟内に魔物が湧きに湧いてるから、前回よりは被害が出るかもしれないから、対策をとらなければと言っていた。


カツキとネコと、縄を編んでいると、突然カツキが顔を上げ、外の方向に顔を向けた。

それは他のリトービットも同じで、ネコも少し遅れて耳を動かす。


「どうしたん?」


「んにぃ。やーっと来たか」


よっこらせとズボンの屑を叩いて立ち上がると骨を鳴らす。


「オラの友達。プローセルン人のタクトリアスだ」


カツキに続いて外に出ると、そこには大きな鷲が居た。魔物かと一瞬身構えたが、その鷲は鞍と手綱が付いていて、あきらからに野生じゃない。


本物の鳥馬チョウバか。

いや、飛鳥馬ヒチョウバだ。


以前、試験で鳥馬の代わりに乗ったのがあったが、これは鳥馬でも飛ぶ鳥を乗りこなして空を翔る飛鳥馬だった。


飛鳥馬を操れる者は珍しい。


いや、そういえばプローセルンでは飛鳥馬が有名ってのは聞いたことあるけど、それでも乗れるのはごくわずか。特殊な訓練を受けた軍人だ主だと聞いていたが。


「カツキィ!!この私を馬車がわりにするなって何度も言っただろーが!!前昇級したって言っただろ!?忙しいんだって!!」


その鷲から青みを帯びた白銀の髪を靡かせて女性がやって来た。防寒具が凄くて、男だか女だか最初は分からなかったが、それでも女性だと分かったのはカリア並の胸が主張していたからだ。髪はそのあとヘルメットを取ったから分かったけど、なんというか男物に見える防寒具と胸のアンバランスが凄まじかった。


「そう言っても来てくれる君はオラの最高の友達だと思ってるよ。今回は寝床を荒らしていた魔物を退治してくれたコイツを送ってほしいんだ。このまま放置したらまた雪崩に巻き込まれちまうかもしれないからな」


カツキがばしばしとオレの太股を叩く。


「魔物を?ってことはもしかしてあのハチを殺ったのか?」


「そうなんだよ、被害も閉じ込めた部屋の最小限で済んだからな。しかもあいつ食うと美味いんだぜ」


「しかも食ったのか」


タクトリアスが堪えきれずに笑い出した。


「なるほど、私の友を救ってくれたって言うなら、手を貸すのは当たり前か。タクトリアス・シルヴィアだ。よろしく」


「ライハ・アマツです。よろしくお願いします」


出された手を握り返す。


始め怖い人だなと思ったが、マテラのチクセ村のリーオと同じタイプか。見た目怖いけど話すといい人的なやつ。


「あと、こっちが仲間のネコです。話します」


『よろしく』


ネコが前足を前に出すと、タクトリアスがビックリした顔でネコの前足を手袋を外して握手をした。その時オレは見逃さなかった。タクトリアスがネコの肉球を思わずプニプニと押していた時の素晴らしい笑顔を。


やはりネコの肉球はどの世界に行っても最強らしい。


ネコと握手の時に尻尾と前足どっちの方が正しいかの議論で前足一択と推しておいて正解だった。


「で?カツキは私に何をくれるんだ?まさかタダ働きではないだろう?」


「勿論だ。今回ライハに面白い技を習ったから、それと、スズメバチの肉をたんまりご馳走する。味は御墨付きだぜ」


「ほう、楽しみだな」


肉と聞いて嬉しそうなタクトリアス。


「そんじゃあ、このビルケにもその肉を分けてくれ。食事後準備が出来次第送ってやろう」

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