第294話 山脈越え.7

あいつの名前はオオヤンバスズメバチ。家を飲み込む程の巣を形成したり、それどころか家を乗っ取ったり、魔物が住み着く洞窟を乗っ取ったりする暴れん坊。肉食で、元々の住人や辺りの動物を肉団子にして持ってくる。


今回のケースは乗っ取り系のもので、カツキの仲間がオオヤンバスズメバチに気付いてすぐさま戸にかんぬきを掛け、プローセルン人に連絡して頑丈なドアを作って貰ったんだとか。


内側にはハチ避けの臭いを付けてるからまだ大事には至ってないが、それでも日々増えるハチに危機感を覚えていたようだ。


「あのハチ、矢も剣も効かないからな」


全部弾かれる。


とすると、普通に雷の矢でちょっとずつ始末していくしかないな。しかしあのハチは頭がいい。早めに、一撃でやらないと反撃される可能性もある。主に体当たり。今はハチ避けの臭いで来ないけど、ドアの向こうに敵がいるとなれば話は別だろう。きっと突っ込んでくる。


「となると、やっぱり放電が良いよな。でも放電で電圧上げるの難しいんだよ」


言うなら、槍や矢なら、ホースを細めて勢いを増せるが、放電は水の勢いを増さないと勢いは出ない。確かに指先のやつなら小さいから上げられるけど、あのオオヤンバスズメバチに効くか怪しい。


いや、むしろ細い状態を維持で、電圧を最大まで上げてやれば外郭の隙間から入れるのでは?

でもソレだと操作が難しい。あの蠢く中で操るのは無理があるし、隙を付かれて反撃も嫌だな、でも……うーーーん!!


扉の前で胡座をかきながら考える。


どうにかして動きを封じられないものか。

なんなら雷以外でも良いけど。

撃炎石で煙出していぶすと大変なことになるし、…………氷とか?


「氷雹石投げ入れるか」


確かコールドスプレーとかあったはず。死にはしないけど動きを止めてしまえば、あとは感電で確実に仕留められる。


「よし!そうしよう」


立ち上がり階段に向かうと、カツキが首を傾ける。


「どこ行くんだ?」


「動きを止めるために氷雹石を取りに行く」


「氷雹石?氷雹石なんかどうすんだ?寒さに弱いのか?あいつ」


テコテコと後ろを付いてくるカツキ。


「死ぬわけではないけど、動かなくなるからやり易いんだよ」


「ふーん。氷雹石なら腐るほどあるから、それ使うといいよ」


高級な氷雹石が腐るほどって。

氷雹石が出来るメカニズムは知らないが、氷雹石の生産地の最北の国、ローデアも氷に閉ざされた土地だから何か関係でもあるのだろうか。


「ついてこい。こっちだ」


こいこいと手招きするカツキを追っていくと、木製のドアに辿り着いた。そこを開けると、奥にもう一つドア。ただしそのドアは霜がついていて、冷えていた。


そこを開けようとカツキが手を掛けるが、見事に凍りついているらしくびくともしない。

仕方ないので替わると、ベキベキと音を立てて扉が開いた。


そこはとあるアトラクションで、マイナス20度体験の部屋に似ていた。部屋全体が氷、氷柱も出来てるし、足を踏み出せばザリザリと足裏で細かい氷の粒が鳴る。


しかし、肝心の氷雹石がわからない。部屋には氷が大量に保管されているのは分かるが、まさか氷と氷雹石を間違えているわけではないだろうな。


「ほれ、これで割るんだ」


カツキからツルハシを渡された。


「この、白いのと透明なのあるだろ?この白い所さ狙うんだ。見とけ」


よいしょー!!とカツキがツルハシを振り上げ、氷に突き刺すと、ヒビが入って腕いっぱいの氷塊が転がる。


「でっか!!」


今まで見たこともない大きさだった。もはや石じゃない。岩だ。


「これで、だいたい牛一頭凍るのに10分くらいか?もう一個いっとくか」


言われたままにツルハシを振り上げ、白いのに突き刺すと、またも氷雹岩が転がり出てきた。

ゴロンと音を立てて転がる。なんという存在感。オレの氷雹石なんか手の平に余裕で収まるのに。


「氷雹石って、何なんですか?」


思わず訊ねる。


「これは氷の王が吐き出した冷気の塊だ。ここのは体の中に生まれる冷気の塊を自身が凍らないように吐き出すんだ。これを使って、口から冷気の霧を出して周りの物を凍らせるんだけど、あまりにも大きいと飛べなくなるし、死期が早まるんだ。北の方からの氷雹石は、氷の王が死んで、体が小さくひび割れて崩れた物なんだよ。そんなに強い冷気を出さないから扱いやすいってんで、こいつは売れないんだ」


「ほう、なるほど」


確かにこんなにでかくて冷気が強いんじゃ無理だな。現にちょっと立ち止まってるだけで、靴と地面がくっつき掛けていて、少し動かしたらメシィと音を立てていた。


「んじゃ、運ぶか。そこに布かあるから、それで転がして行こう」


ドアの外にある皮の布を持ってくると、それで包んで転がしていく。


ゴロンゴロン。まさに擬音がぴったりな音が廊下に響いて、カツキ以外のリトービットがなんだなんだと顔を出す。


それをカツキが説明しながら行くと、後続のリトービットが、階段を下ろすための道具を取りに行ってくれた。


「ささ、これに乗せて行けば、少し楽だや!」


女の子のリトービット達が不思議な籠付の乗り物を設置していてくれた。


階段の段差にぴったり合う車輪の車は、頑丈なワイヤーが付いていて、それは幾つもの滑車を通って壁の中へ。レバーもライトもあった。


金属製の車は、あきらからにリトービットの住み処とか生態とかも踏まえて考えてみても不似合いな物。でも、これなんだか見覚えあるんだよな。この無骨な感じ。


「これもプローセルンが?」


「そうだやぁ。荷物運ぶとき凄い便利。でも寒いと壊れるからあまり使うの制限してる」


「なるほど」


オレの中でプローセルン製、無骨だが精巧な物を作る国というイメージが出来上がった。


「んにぃ。これは体重制限があるから、オラが操作する。先に降りとけ」


車からライトが点いて、階段が照らされる。


そこを駆け足で降りていくと、車がガタガタ音を立ててゆっくりと降りてきた。


車から氷雹岩が下ろされる。


「じゃ、それを中に入れておいてくれ」


「え!?オレ一人で?」


「オラもう一つ運んでくるから、頼んだ!」


上昇していく車を見詰め、どうやってこの氷雹岩を中に入れるかを考えた。

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