第226話 ツングラスカの大爆発

現時刻は午後3時半。

しかし季節は秋に突入しているので日が落ちるのが早くなっている。急がないと真っ暗闇の中で駿馬を走らせないといけなくなる。


灰馬にも毎回変に負担を掛けてすまないなとか思っていたんだけど、この晴れやかな生き返ったとでも言わんばかりの顔を見ていたらそうでもなかったのかなと思う。

むしろもう少しスピード上げれそうだ。


そんな感じで、通常の駿馬を使って三時間の道を、飛ばしに飛ばしたところ一時間半で看破した。そろそろこいつら朱麗馬スレイバとタメはれるんじゃないかな。


国境沿いの町、レフ。

満足顔の灰馬達に水を飲ませつつ、手続きを済ませると、すぐさま目的の店を探す。


目的の店は小動物を売る店で、観賞用、餌用、実用、愛玩用の小動物を取り扱う。

いわゆるペットショップ的な店だ。

急がなければ。


「すみません、ナマコモドキをあるだけ下さい」


「は?いやいやアンタあるだけって。たくさん持っていても邪魔になるだけだろ?本来一個で十分なんだぞ?高級品だし。あ!それともあれか?横流しするつもりか?」


店番の堅物そうな男が訝しげに言う。


あーもう、説明の手間も惜しいって言うのに。


キリコは門近くで駿馬を見張ってくれている。来てくれとは言えない。

仕方がない。


「大事な泉が厄介な蟲が出す油で汚染されてて、このままじゃあ村が大変なんです。水を浄化するのにたくさん必要なんです」


「厄介な蟲が出す油?掬えばいいじゃないか?」


「もうそんなレベルじゃないんですよ」


「口では横流しの理由なんてどうとでも言えるからな。そんなに大変なら別の土地に移動すればいいだろ?とにかく、こっちにもそんな大量に売るわけにはいかないんだ。他にも欲しい奴はいるからな。だいたいちゃんと払えるかどうかも怪しい」


これはダメだ。もう完全にオレの事横流しする業者の人だと思っている。このまま話し合いを続けていても埒が明かない。仕方がない別の店を探すかと思い始めた時。


目の前の男の頭に拳骨が落ちた。


「いったあ!!」


「こんのバカタレ!!勝手に決め付けてから話するんでねぇって、何べん言ったら分かるんだド阿呆!!」


「し、しかし店長…」


男の背後から熊みたいな髭もじゃの男が現れた。某有名魔法学校の森番並みの恰幅かっぷくの良さに殴られたら終わりだろうなとか考えた。


「坊主、なんでそんなに必要なんだ?ナマコモドキは一個でもかなりの高額なんだぞ?それを大量にだなんて、事情を話してくれんとこっちも疑わないといけなくてな。事情によっては手を貸さんこともないが」


髭もじゃの男、店長が、堅物の男の隣に座る。


良かった、話をきちんと聞いてくれそうだ。


オレも焦るあまり説明を省いたのも良くなかったかもしれないと、一回深呼吸してから店長にエルトゥフの森に地面に亀裂が入っていて魔物が涌き出していること。昨日エルトゥフと悪魔との大規模な戦闘があったこと。その影響なのか泉が濁り、調べるととんでもないやつがいた事等を話始めた。

はじめはウンウンと頷いていた店長だが、魔物のくだりから顔が険しくなり始め、遂に悪魔の大規模な戦闘で頷くことなく真剣な顔つきになり、泉の話で身をのりだし始めた。


ちなみに堅物の男は、作り話だと思っているのか何なのか。終始「へーそう」みたいな興味なさそうにしていた。良かった、店長出てきてもらって。こいつ本当に話にならん奴だったっぽい。


「それで、その厄介な蟲というのは…?」


「火種蟲です」


店長の顔色が変わった。そして思いきり拳を机に叩き付けた。あまりの音にビビるオレと堅物。


「て、店長…?」


怯えたように堅物が店長を振り替えると、店長は般若のような顔をしており、堅物がそれを見て「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。


「火種蟲…だと。あの糞忌々しい蟲め、一度ならず二度までも…っ!」


凄まじい怒りが伝わってきた。


「お客さん、ツングラスカの大爆発って知ってますかい?」


「あ、はい。一夜にして村が消えたという大規模な爆発の事ですよね」


このレフの近くに、ツングラスカという地名があり、その中のマトフェーイという村が、ある日突然起こった大爆発でたった一晩でその姿を消したというとんでもない話だ。


「その原因が、火種蟲の出した悪夢の残骸のせいだ」


「え…」


「いや、店長。そんなはず無いでしょう。あそこの水は濁ってなかったし、何より草木もちゃんと生えてたじゃないですか。誰かの噂話を真に受けすぎですって」


半分笑いながら言う堅物に、店長がギロリと鋭い視線を送る。


「イヴァン、そういやお前に言ってなかったな。そのツングラスカの犠牲になった村は俺の故郷なんだよ。俺は彼処で家族を、親友を、仲間を全て無くしたんだ」


「………」


口を閉ざす堅物。


店長、アンドレイが言うには、マトフェーイ村は小高い山に囲まれた美しい村で、水は全て山からの湧き水を利用していた。ある時、水汲みを便利にするために井戸を掘っていた。湧き水があるのだから地下水脈もあるだろうって、しかし想像以上に深いところにあるらしく、村の男総出でどんどん掘り進めていった。アンドレイは父と商売をしに隣の町、ここ、レフへとやって来た。その夜、昼間と見紛うような凄まじい炎が村の方向から立ち上ぼり、父とアンドレイは急いで引き返した。しかし、そこにあったのは村を丸々飲み込む大きな黒い穴しかなく、母と妹、村人の姿はどこにもなかった。

アンドレイはその場に三日間座り込んでいたらしい。


「今、そこは?」


「鍛冶屋が喜ぶ土地になってるよ。黒い沼の周辺で火がよく燃える石が取れるらしい」


堅物、イヴァンが顔色を無くして店長から目をそらして下を向いている。


「その原因が、お客さんの村で発生している。あとは言わなくても分かるな、イヴァン」


「はい…」


頷くイヴァン。


「うちにあるナマコモドキは30。一個4万カースだが、まけて一個3万カースだ。すまんな、これ以上まけられなくて。こっちも店の経営と取ってきてくれる奴に金を払わにゃならん」


「いえ、ありがとうございます」


90万カースを払い、昆布状態のナマコモドキを袋に入れて手渡された。


「お客さん、頼みがあるんだが」


なんだ?


「実は俺は執念深くてな、火種蟲の対抗策を長年研究している。その成果がようやく現れてな。よければ俺の復讐込みで手助けをしたい。いいだろうか?」


なるほど、それなら警戒心の強いエルトゥフ達も納得してくれるだろう。してくれなかったら何とかすればいいし。


そしてアンドレイは頷くと、イヴァンの肩に手を乗せた。


「事が終わるまで賃金は倍にする。先に行って様子を見てこい」


「え!ちょっと店長!」


「堅物だが、頭の回転は早い。元大工の息子だったそうだからな。役に立つと思う。使ってくれ」


不服そうなイヴァンだが、大工の知識があるならもっと効率よく泉の水を抜けるかもしれない。


「ありがとうございます」

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