第69話 ドナドナ

「え!?なに!?」


「しまった!!罠だった!!」


後ろから攻撃に気付いて慌ててしゃがむと頭上を拳が素通りする。


「あぶねえ!?」


しかしアウソは避けるのが遅れ、拳が肩を掠めた。


「いっ!?」


普通ならばそんな攻撃屁でもない筈なのだが、何故かアウソは拳が肩に掠めただけで膝から崩れ落ちた。


「え、ちょ!アウソ大丈夫か!?」


声を掛けても反応はない。アウソは気絶していた。


「アウソオオオオオオ!!!!」


またしても襲い掛かってくる男。そいつを回避し攻撃を仕掛けるも避けられた。アウソをノックアウトした禿(はげ)の男が襲い掛かってきたが、何故かそいつは倒れたアウソの足に引っかかって顔から転倒。

なにしてんだこいつ。


「捕まえた!!」


転倒した奴の所為で意識が薄れてしまい、攻撃を避け損ねて腕を捕まえられた。


「うわっ!はなせ!!」


必死で逃げようとするも、相手も逃がすまいと全力でしがみついてくる。


そうこうしているうちに転んだ男が起き上がりオレの腹に拳を叩き込んだ。


全身に走る身に覚えのある痛み。男の手には指輪があり、その指輪からは小さな電気の名残が見えた。

指輪型のスタンガンか。幸いにもオレの魔法が電撃属性だからか痛くはあるものの耐えられない程ではなく、頭がくらくらするが意識が無くなるほどではなかった。


「なんだこいつ!全然効いてないぞ!!」


「どいて、役立たず」


少女が目の前に鈴のようなものを翳(かざ)す。鈴からは甘い匂い。花のような、ねっとりとした匂い。


それを嗅いでいると瞼が重くなり眠くなってくる。

これはやばいと息を止めるが、少女が顎で殴ってきた男に指示を出すと、そいつはオレのみぞおちを思いっきり殴りつけ甘い匂いを吸い込んでしまった。

手足の先が痺れて力が抜けていく。


「これでもう動けないわ。運ぶわよ」


「へーい」


地面に転がされ、男がアウソを紐で縛りあげている。


まだかろうじて意識がある。霞む視界の先に猫が通れるほどの隙間が壁に空いていた。気付かれないように鞄から猫を取り出す。

猫は何が起こったのか分からず混乱しているようだったが、オレと目が合った瞬間、猫の震えが止まった。


「……緊急事態だ…カリアさんたちに知らせてくれ……」


行け、と、猫を解き放つと静かに駆けて行き、壁の隙間に消えていった。意識を保てていたのはそこまでだった。

















水の音がした。辺りは真っ暗で何も見えず、下水臭い。しかも体育座り状態から動けないほど狭い。縛られているのは分かるが、なんでこんなに狭いんだ。息苦しいし。


(袋に入れられて下水道を運ばれている感じか)


しばらく揺られていたが、急に地面に落とされる。

まだ体の麻痺が残っているからか、痛みは鈍い。


「これで今日の分は以上か?」


「以上だ。ああ、こいつは電気が効きにくいから眠り香で麻痺させてある。もしかしたら目が覚めているかもしれん。先に香を嗅がせた方がいい」


ゴソゴソと音がしてあの匂いが近付いてくる。密閉空間のせいであっという間にすべての感覚が霞掛ったように鈍くなり始めた。

眠い、でもまだ寝てはだめだ。

舌を強くを噛み眠気に耐える。

動けないけど意識はしばらく保っておかなくては。


「これ運ぶ間くっ付けて置けば良いじゃねーか」


「獣人(ケモノ)ならともかく、この濃いのを人間(ヒト)にやりすぎると毒だぞ」


「そうか、目が覚めるたびとかめんどくせーんだけどな」


「次目が覚めていたらやればいい」


襟首を掴まれて何かから引きずり出され、首に冷たい何かを装着される。装着時のガチャリという音と鉄の匂い。

そして縄が解かれて腕が自由になるも香の所為で動けない。腕にも同じように冷たいものを着けられ、そこでようやく目を覆っていたものを取られた。


森だった。サグラマの外壁が木の隙間から見えるということは、ここはサグラマの外だ。


「おい、こいつ薄目開いてるじゃねーか」


「気にすんな。どうせ何も見えてねーよ。見えてたとしても動けるわけじゃねーし、夢見てるようにしか思わないだろ」


「そうか、なら安心だな」


「よいしょっと」


俵担ぎをされて、檻の中に投げ込まれた。

中にはたくさんの人が同じように首輪と手枷をされて転がされており、向こうにアウソの姿も見えた。


(この中も、薄いけどあの香の匂いがする…)


檻の天井付近にあの鈴があった。

檻の周りは分厚い布で覆われていて、隙間は投げ込まれたところだけだ。

眠気と頭痛を我慢して音を立てないように匍匐前進(ほふくぜんしん)で進み、布の隙間から覗き見ると、迷子かと思っていたあの女の子がプカプカを煙管(キセル)を吹(ふ)かしていた。服は子供が着るようなものではなく、色っぽいものへと着替えており、子供の癖に大人の色気を出していた。

少女が大きく伸びをする。


「ふう、あー今日は疲れたわー。まったく人使い荒いわよ。ここ最近忙しくない!?捕まえても捕まえても足りないってどーゆうことよ!!なにしてんのあいつら!?毎日毎日毎日毎日、ふざけんじゃないわよ!!」


少女は赤毛の髪を鷲掴むと、その髪を地面へと投げ捨てて近くにいた男に怒鳴り散らしていた。

カツラだったのか。

もう一度少女を見ると、茶色のショートカットヘヤーに垂れた兎のミミが二つ。


(しかも、あの子、小兎獣人(リトービット)だったのか…)


獣人族は様々な種類に分かれ、その中で小兎人(リトービット)は大人になっても見た目は5歳から7歳ほどにしかならない。

見事に騙されたな。


(とにかく、何か痕跡残さないと)


音を立てないように、長くなった髪の一部を千切り檻の外にばらまく。

良かった、気付かれずに撒くことができた。


よし、こんな感じで隙を見て撒いていこう、そうしよう。

そう決意し、とうとう限界がきて意識が飛んだ。












うっすらと意識が浮上してきた。


香の効果が薄れてきたらしく、力が入らないまでも動けるようになってきた。

周りを見回してみると人間だけではなく獣人、尾の生えた人間、エルフっぽい人、翼のある人、女性に子供に赤子まで。

獣人の人たちの首輪は香の鈴付き。

みんなすやすや眠っていて、見張りはいない。


「………」


チャーンス。


こそこそ髪を撒くために隙間へ這って行こうと少し動いた瞬間、大きく馬車が揺れた所為で手を滑らせて盛大にすっころんだ。


「おい!馬車を止めろ!!」


「!?」


馬の嘶(いなな)きと、馬車の急ブレーキでひっくり返る。

やっちまった。


ドカドかとさっきの二人組とは違うムキムキの大男が、小兎人(リトービット)の少女を引き連れてやってきた。

寝たふりをする。どうか気付かないでくれ。

しかし少女はまっすぐこちらを指差した。


「あいつよ、寝ているふりをしているわ」


この兎め。


首輪を掴まれて引きずり起こされる。なんとか首は締まっていないが苦しい。


「無駄な足搔きよ。寝息と普段の呼吸は違うの、私の耳は心音や呼吸音まで分かるのよ。もちろんあなたの悪だくみがばれてバクバクした心臓の音までしっかりとね」


「さすがは兎さんーーいたっ!!」


「兎って言われるの嫌いなの。あんた、こいつに濃厚の鈴香(リンカ)を付けて」


小兎人(リトービット)にビンタされた頬が痛い。


大男に慣れた手つきで首輪に匂いの濃い鈴を取り付けられ、三秒数える前に意識が落ちた。


無念。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る