第61話 発つ前に

灰色の馬がよっこらしょと体を持ち上げ、こちらへとやって来る。ちなみに顔は人間でいうところのメンチを切る状態。馬にしては立派な牙を歯を剥き出して見せびらかしつつ威圧をして来る。


「う"ーーー!」


ついでに犬のように唸り始めた。


「なに威嚇してんだよ、何にもしてんだろーが」


昨日といい、今日といい、理不尽に動物に嫌われるのは本当に辛いし勘弁してほしい。

前肢の蹄をガツガツと地面を蹴り更に威嚇してくる馬に段々と苛ついてきたので両手を伸ばして鬣を鷲掴むと思いっきり引っ張り、馬の眉間に頭突きを喰らわせた。


驚いたように目をぱちくりさせながら後退りする馬に指を差す。


「馬のくせにナメんなよ、分かったら大人しく伏せしてろ」


結構イライラしてたからノリで言っただけだったのに、怠け馬は呆然という感じで伏せをした。逆にビックリ。


「ライハー?決まった?」


蹄の音が複数近付いて来るので振り返ればカリアが三頭の馬を引き連れてやって来た。黒毛と、茶色と茶色で額に白のひし形模様のある馬だ。


「いえ、まだ……」


「あら、これは見事な青毛ねぇ」


「青毛?」


怠け馬を見てカリアが言う。


「青毛?どこら辺が青?」


「この毛並みよ。青毛って言っても真っ青って事じゃないよ?この日に当たったときにこの微妙に青みがかった色の事を言うんよ。っていってもこの辺で青毛は珍しいわねー、良かったじゃない」


ここでは灰色の毛並みは青毛と言うのか。

そう頭の中にメモしつつ、いまだに伏せ状態の馬を見る。

確かに日の当たり様によっては青く見えなくもない。


「そうか、珍しいのか。でもオレ嫌われてるみたいなんで別の探しますよ」


威嚇されたし。

きっと乗せてくれなさそうだ。


別の馬はどうかと移動すると、何故か背後からカッポカッポと蹄の音が。

後ろに、怠け馬が頭を下げつつ着いてきていた。


「は?」


なんで着いてきているんだコイツ。

さては噛み付く気なのかと更に移動するも、そいつはまだ着いてくる。


「なんだよ」


振り返ると怠け馬は解せないという顔のまままたしても伏せ。本当に何なのコイツ。何がしたいの。


「それ、もしかして服従の合図してんじゃない?」


「え?」


「青毛の駿馬は気性が荒くてプライドも高いけど、目上の相手の言うことは凄い聞くのよ。あんたこの子になんかやった?」


「いきなり威嚇して来たんで頭突きして伏せって言いました」


「駿馬に頭突きに伏せ」


かっこ笑いが語尾に付きそうなカリアが笑いたいのを堪えている顔をしている。


「多分、威嚇した相手が萎縮せずに、更に反撃されてきたのでビビり、恐らく『伏せ』であんたが上の立場だと思ったみたいね」


「えぇー」


確かに動物の威嚇にビビったら格下だと思われて更に襲われるってのは知ってるけど。馬にも当てはまんのか?

ちらりと横目で馬をみると、そいつは上目遣いでこちらの様子を伺いながらも伏せを続行中。


いやいやまさかと思いつつも、ちょっと試し。


馬と向き合い、目を見て言う。


「お座り」


言われた通りに座る。


「お手」


差し出した掌に置かれるデカイ蹄。


「………」


犬かよお前。

視線を上にあげると次はなんだと指示を待つデカイ犬の幻影が見えた。おかしいな、目の前にいるのは馬なのに。


「おい猫、どうするこの馬お前よりも賢いぞ」


オレの言葉を理解した猫が、なんだとお手くらい出来るわと肉球プニプニの前足がオレの頬に突き刺さった。




















おはようとキリコさんがお昼頃にやって来た。


髪の毛があちこち跳ねており、一応纏めて結い上げているが寝起き感が半端ない。

そしてお酒の臭いが凄い。

どんだけ飲んだのか。


「キリコ、あんた酒臭いよ」


「あー、やっぱり?ちょっと水浴びしてくるわ」


カリアに指摘されてキリコが欠伸をしながら去っていった。

体を拭う布を手に持っていたから、水浴びの前に顔だけ出しに来たってところか。


「それにしてもアウソは遅いわねぇー、もう半刻(およそ30分)は経ってるよ」


「うーん、ですね」


そしてその前に水浴びに行ったアウソが戻ってこない。


水浴びといってもこの村の水浴び所は川の水を仕切ってあるだけなので、変な風に身を乗り出したりすれば川に流される可能性もある。


まぁ、アウソに限ってそんなことはやらないと思うが。

カリアから受け取った乗馬用のベルトを怠け馬へと着けながら二人の帰りを待った。


それからまたしばらくして、水浴び所の方から複数の笑い声と、何故か口笛の音が。

完全に犬へと成り下がった怠け馬の鼻面を撫でながらそちらを見ると、アウソとその他おっさん10人ほど。よく見たらサズが居た。

てか、みんな褐色の肌しているから一瞬分からなかった。


「あら、ウルマ」


その中のやたら頭巾や腰布がハデな色の中年男性がカリアに気が付いて、お!と声を上げた。


「おー!!カリア!!お前朝はえーな!我(わん)とおんなじくらい飲んでたんに!」


「これでもジャイアント種の血が入ってるからね、酒は水よ」


「ははははは!!流石は巨人の国出身だ!」


カリアさん、結構飲んでたんですか。

そんな言葉を飲み込みつつ、そういえばあちらでもロシアとか北の方はやたらアルコール耐性があったなと思い出して一人納得した。


「えー、ライハ!ちょっと聞いてみ!」


アウソが駆けてきて何だと見てみると、アウソは複雑なリズムの指笛を披露した。

おおー!!と、沸き上がる拍手。


「凄い!昨日のサズさんみたいだ」


「お!正解!いやー、さっき水浴びしてるときにサズさんに教えてもらったばーて。何でもこの人ビャッカ出身らしくて、指笛や口笛のメロディーで遠くの仲間と簡単な会話ならできるらしいんさ」


「へー! 面白い、ちょっと教えてよ」


ん?ていうか、ビャッカ?


「ビャッカって、隣の」


確か戦争真っ只中の国だったはずじゃあ。


「ビャッカっぽくないね、髪色も名前も。遊人(ゆうびと)?」


カリアがそう訊ねると、サズが指輪を外す。するとみるみるうちに髪がオレンジに近い茶色へと変化した。


「色変えの魔具です。国からの逃亡者なもんで、名前もサズじゃなくてサスレバって言います」


「なるほどねぇ」


「じゃあ、これからサスレバさんって言った方が良いですか?」


「いや、サズで」


「わざわざ偽名使ってんに本名で呼ぼうとするとか、面白いなコイツ」


「よかったなライハ。ウルマさんに気に入られたぞ」


「ええー」


そんな感じで雑談しつつ、オレもサズに指笛を教えてもらったのだが、ヒューヒュー風の抜けた音しか出なかったのが残念である。











「よいしょ」


鞍に跨がり軽く手綱を引いて馬を歩かせる。

視線が高いのと、馬が歩く度に今まで体験したことのない揺れ方で少し慣れるのに時間が掛かったが、慣れてしまえば楽しくなってきた。


「にゃー」


「そうか、お前も楽しいか」


猫もオレの頭にしがみつきご満悦なのかフンフンと鼻を鳴らす音が聞こえた。


「結構上手いじゃない」


「ありがとうございます」


水浴びから戻った、キリコが褒めてくれた。


「始めて乗ったにしては変に固くなったりしてないし、器用なのね」


「いやいや、器用っていうのはアウソみたいなのを言うんですよ」


目の前には馬を自在に操り、ウィリーをするアウソ。もしオレがあれをやったとしてもそのまま落ちるだけだろう。


「ライハも慣れてきたことだし、昼過ぎに出発するよ」











馬に所有物の印の首飾りを下げ、木に繋いでおく。そうしてから、村長や知り合ったパーティーに挨拶をして回った。


それぞれのパーティーから国や宗教がらみの幸運を祈るみたいな言葉をいただき、最後にニックのパーティーを訪れた。


「あれ?ニックさんだけですか?」


村長から教えてもらった宿にはニックしかいなかった。

杖を松葉杖がわりにしてやって来たニックがオレを見て、少し視線をずらしてカリア達の姿を見ると菱形を作る感じに両手を合わせ、軽くお辞儀をした。向こうの挨拶だろうか。


そしてオレの方には胸の前で掌を下にした状態で重ねた。これは何だろう。これも挨拶か?


「いや、シラギクが丁度外していてな。今は俺だけなんだ。もう出るのか?」


「そう、昼過ぎにね。シラギクにはお世話になったから挨拶をしようと思ったんだけどね」


残念、とカリアが言う。


「そうか、なら戻ってきたら伝えておきます」


そういえば、トンネル作ってくれてたのはシラギクだったと思い出した。オレも礼を言わないと。


「ちなみに、ノルベルトさんは…」


「あー、あいつらは御祈り後にそのまま出発するからな、もう行くんじゃないか?いや、寝坊してたからその分凄い謝っているはずだから間に合うかもな」


だから急いでいたのかと納得した。

じゃあ、現在走り去った何処かで二人が必死に神様に遅刻してごめんなさいと謝っているのか。なんか、シュール。


「じゃあ、急いで戻るか」


礼も言えずに行かれるのは、ちょっとモヤモヤするしな。


「あ、ちょっと待て、呪……ライハ」


「?」


急いで戻ろうとしたところで、ニックに引き留められた。

振り替えると、魚のように口をパクパクさせているニック。言おうか言わまいか悩んでいる様子で、とりあえず待ってみた。

すると、小さくモゴモゴと呟いた後、こちらをきちんと見て口を開く。


「………その、あの時は礼を言う。助かった」


一体何の事だろうかと考えて、昨日のニックが階段で転倒したことを思い出した。


「あ、あー、あれか。いや、オレもその後に(多分)ノルベルトさんに助けられたのでおあいこです」


「実際お前がいなかったら間に合わなかったし。で、礼といってはなんだが…、その呪いが解けるまでの間、有効活用出来る方法を教えてやる」


有効活用?


「何ですか?」


「更なる呪いの装備を身に付けろ」


「?」


何故また厄介極まりない呪いの装備を装着しなければならないのか。

意味がわからないとハテナを飛ばしながら首を傾けていると。ニックが何だお前わからねーのか。と、そんな幻聴が聴こえるくらい呆れた顔をした。


「えーとなぁ、まず呪いの装備は人に対して悪影響を及ぼす効果が附属した装備の事をいう。普通は、な」


普通は、ということはオレの場合は普通では無いということだ。そこまで考えた所でハッとする。


「あ!」


「分かったみたいだな。あとは、そうだな…、お前らサグラマに行くんだろ? なら、そこをねぐらにしているリベルターという奴を探せ。クアルトからと言えば良くしてくれるはずだ」


ニックの視線がオレではなく猫に注がれていたのが気になるが、ニックが教えてくれた情報は、オレにとってとても為になるものだった。

これでただの厄介だったこの呪いと上手く付き合える。


「ありがとうございます」


オレは感謝の意を込めて、ニックへ深く頭を下げた。

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