第56話 急変
真っ暗な森の中。洞窟に突入したハンター達を見送ってからどのくらい経ったのか。
時たま負傷した賊が洞窟から逃げ出すのを村人全員で襲い掛かり捕獲するを繰り返していると、周辺の見回りをしていた若い衆達が顔を真っ青にして慌てて戻ってきた。
「たっ、大変、大変だ!!!」
「なんや、どうしたんや?まさか…、出ていた賊の奴等か戻ってきたんか!?」
村人達にそんな最悪の事態が起こったのかと焦るが、若い衆達は首を全力で横に振る。ホッと息を吐くのも束の間、若い衆達の次の言葉で身を固くした。
「そんなもんやあらへん!!もっと一大事や!!」
「西の空に、ドラゴンが!!!」
「なんやと!!?」
ふっと周囲が暗闇に包まれる。
続いて猛烈な風が吹きすさび、村人達は飛ばされないように近くの木にしがみつくことしか出来ない。そんな中、一人の村人が悲鳴を上げた。
空を見上げ、今にも意識を失いそうな程顔が青ざめている。その尋常じゃない様子に他の村人も空を見上げソレを視認すると声にならない悲鳴を上げた。
遥(はるか)上空から黒と赤の斑模様の巨竜がこちらへと急降下してきていた。
「ーーーーっ!!!」
凄まじい地鳴りと共に洞窟の一部が崩壊しカリアは急いでその場から逃げた。
何かの魔法が発動したわけでも、爆弾が仕掛けられてソレが爆発したわけでもない。洞窟全体が揺れ、それに耐えきれなかった箇所が次々と崩れていった。
「吃驚した。なに今の」
「わからん。けど、なんか外騒がしくねぇ?」
崩壊してきた瓦礫から逃げながらサズのパーティーリーダーであるウルマがそう言う。確かに洞窟の出入口付近で悲鳴が上がっている。
「………」
「なぁ、なんか嫌な予感するんけどーー」
ウルマが言い終える直前、洞窟内に聞いたこともない咆哮が響き渡った。重低音の、聞いたものは皆震え上がる恐ろしさがある咆哮であったが、何故だがカリアにはそれが悲鳴のようにも聞こえた。
「……これは、誰か様子見させてきたほうが良いかもね」
肩の上に頭を乗せていた猫が突然上を向く。時おり耳を動かしながらも目はある一点を注視していた。
何かあるのと猫が見る所を同じように見るのだが特になにもない。何もないのだが、何故かそこを見ると背筋がザワザワとした。
なんだか分からないけどなんかあるんだろう。
(猫ってたまに何もないところ見てたりするって言うし)
そう結論付け、鍵開けの進行具合はどうだろうかと思った時、背後からガチャンという音がした。
「やった!!開いた!!」
「凄いぞレーニォ!!さ!こっちのも早く開けてくれ!!」
沸き上がる歓声。
開け放たれた扉から村人達が泣きそうな顔をして出てきた。
ある者は嬉さのあまりハンターに抱き付き、またある者は泣き出していた。
そんな村人達をもう大丈夫だと励ましながらレーニォがもうひとつの牢屋の鍵開け作業を開始する。
その時だ。何かに気付いたキリコが上を向き表情を固まらせると聞いたこともない切羽詰まった大声を出した。
「何か来る…、皆伏せて頭を守れ!!!」
反射的に猫と近くに居た村人を庇いつつ地面に伏せた次の瞬間、地震の縦揺れのような振動が襲ってきた。揺れは一瞬だったが、その振動のせいで脆くなっていた壁や天井にヒビが入っている。これは、急がないと。
「ん?」
何か声が聞こえた気がして振り替えるが、誰かがオレを呼んだ様子はない。
首を捻りつつ庇い込んだ村人に怪我はないかと訊ねると声を震わせながらも大丈夫だと言われ、手を貸し立たせてやる。
「おい、ちょっとこっち来い」
すると何故かニックが開いた牢屋の前で手招きをしていた。
先ほど胸ぐらを捕まれたばかりなので本当は行きたくないのだが、顔は笑顔なのだが少しずつ増す威圧感に負けた。
「…何でしょう」
「お前呪い持ってんだろ」
「いやなんでソレ知ってんでるすか」
「ウィザード舐めんなよ。見ただけで分かるわ。で、それは反転系か?反発系か?憑依系か?」
「反転です」
「ラッキーだ。これ持ってろ」
そして捕縛の魔法陣を壊した時に使った針を無理やり持たされた。マクイ木墨と思われる黒いのがないからもしかしたら違う針かも知れないけど。
なにこれという目をしてニックを見ていたら針を指差し通伝針だと一言だけ行って視線を外す。
いや、確かに針の正体も知りたかったけどその前に何でオレが持たされたのか聞きたかった。
「これをアレにぶっ刺せ。しばらく針は離すなよ」
アレとニックが指差す方向にはいままで気が付かなかった魔法陣。形状から先ほど見た捕縛系、音消し系、(多分)電気系とも違うそれは、パッと見ゴツい印象を受けた。
ていうか、待て待て。
「ストップ、ニックさん」
「なんだよ」
不機嫌そうな顔をしながら振り替えるニック。
「簡単でいいんで説明下さい」
「いまそんな時間ないだろ」
「もう本当にざっくりとでいいんで、あれがなんなのかだけ教えてください」
得たいの知れない魔法陣に得たいの知れない針を『刺せ』言われたからと言って素直に刺してみるほど勇気はない。
ちょっとだけでも教えてくれと真剣に頼むと非常にめんどくさそうに溜め息を吐き、隷属の首輪の固定陣と答えた。
固定陣というからには、恐らくあれを中心に一定の距離離れると激痛が襲うってやつか。
(…と、いうことは)
「反転の呪いで解除するって事ですか?」
「なんだ、思ったよりも飲み込み早いじゃねーか」
なんで針を指すだけで解除出来るのか分からないが、あれがなければ安全だと確信できればすぐさま行動。
少し高い位置にある魔法陣につま先立ちで狙いを定めると、一気にぶっ刺した。
ギン、軽く針の先が壁に突き刺さる。そこからひんやりとした何かが針を通して伝わってきたが、手首に到達する前に突然霧散し、それと同時に魔法陣にもヒビが入って割れるようにして消えた。
「おお!」
まさかこの忌々しい呪いが役に立つとは。
軽く感動した。
「おい!クラウス!!大変だ!!何処にいる!?」
バタバタと階段上から転がるように薄い金色の髪の青年が焦った様子でやって来た。手には血がベットリ付いている剣、そして胸元にニックの服にあるのと同じ模様があった。その青年を見てハンター達が一瞬誰だという顔をしているなか、ニックだけはイラッとした顔をしていた。お仲間でしたか。
「…あいつほんといい加減に名前の呼び方覚えろっつーんだ鳥頭っ…。どうした!」
「あ、いた。なんだっけ?あ!そうそう!ドラーケン…じゃなかった。ドラゴンが現れたんだ!!」
ドラゴンの言葉で場がざわついた。
「ドラゴン!?え!!?何処!外!?中!?」
「み、見間違いとかじゃなく?ガチで?」
「ああ!洞窟の外壁に衝突したらしい、ウルマん所の奴が確認したから間違いねぇ。なんか知らんが暴れてるみてぇだから早いとこ脱出しねーと崩れる可能性が高いから知らせに来た!!」
「おい!外の村人達はどうしてんのや!無事なんか!?」
「今んところ確認は取れてねぇ。が、実をいうと上の階の崩壊が激しくてそれどころじゃねえ、今出入り口を結界で持たせてあるがそう長くはもたん。だからもし先に脱出出来る奴がいるんなら先に脱出させた方がいい」
まじか、もしかしてさっきの揺れってドラゴンがぶつかったせいなのか。だとしたらどんな巨体でどんなスピードでぶつかったんだよ。
そんな事を思いながらどうするんだとキリコを見ると、しばし考えて指示を出した。
「ここに大勢居とくのも危険ね、ニック、隷属の首輪の解除お願いできる?先に村人達を逃がしたい」
「大丈夫です、先ほど隷属の首輪の固定陣を破壊しましたのでこのまま地上へ上がれます。首輪は上がった後にでも外れるので心配いりません」
見事に猫を被ったニックが言う。
破壊したのはオレなんだがな。
「わかったわ!なら急いで脱出するわよ。班分けしないと…、サズ!」
キリコがサズの元へ行き、話を聞いていたアウソが村人達を一ヶ所に集め始めた。
ガチャンと鍵の開く音が響く。
「よし、開いた」
「早く出ろ!脱出するぞ!」
「皆ひとかたまりに、走るなよ、今パニック起こされても困るからな」
「怪我してる奴も先に!女性と子供は真ん中にして守れ!」
脱出組はキリコをリーダーにアウソとその他という感じに。居残り組はサズをリーダーにオレ、ニック、先ほどの金髪の青年という感じに。
ちなみにオレも脱出組にいたのだが、魔法陣解除の補佐としてニックに無理矢理残された。
ニック曰く、お前使った方が早い、とのこと。
確かに針を魔法陣に突き刺すだけで破壊できるならオレを使った方が早いな。
「よいしょっ!」
二つ目の固定陣を破壊すると脱出組もちょうど準備が整ったようで、アウソがこちらに駆けてくる。
「じゃあ、気を付けろよ」
「アウソも気を付けて」
ゴツンと拳をぶつけお互い言葉を交わすとアウソは脱出組へと走っていく。
その時、誰かが何かを叫んだ。
「!」
どうしたんだと振り返れば、何とレーニォが膝から崩れ落ち四つん這いになり地面を力一杯殴っているところだった。何かを言っているのだが、嗚咽混じりで良く聞こえない、ただしきりにラビラビ言っているのは聞こえた。
一瞬どこからか敵の攻撃でもあったのかと思ったのだがどうも違うようで、ハンター達が困ったような顔をしながらも連れていこうとするのだがレーニォはそれを激しく拒否。それをキリコが鞄から出した物を指に挟み、レーニォの肩を手で叩くといきなり力を無くしたように倒れ、その隙にハンター二人が体を支えてキリコにオーケーサインを出していた。
「?」
非常に気になったが、脱出組はそのまま出発した。後で誰かに訊こう。
「おい!えーと、キリコん所の…」
サズがオレの名前を思い出そうとしているが、そういえば名乗ってない事を思い出した。
「ライハです」
「じゃあライハ!いくぞ!」
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