第二章動き出す
第38話 黒猫と青年
最近、マクツの森に見たこともない魔物が住み着いているらしい。
深い深い森の中、その女性は歩いていた。
紺色の髪を高く結い上げ、背中には一振りの剣と小さめの鞄。足取りは軽く、紫色の瞳は何かを探すようにあちらこちらを見回し、ため息をついた。
「はぁ、まったく。どんな暴れかたしてんのか」
足元に落ちている残骸を摘まみ上げる。
それはとある魔物の一部であった。
確かこの森では強めのランクに入っていたはずだが、原型を留めないほどにボロボロにされていた。
それでも判別できたのは、この周辺に同じような残骸が散らばり、ついさっきこの魔物の上半身が無惨に切り刻まれた状態で見付かったからだ。
ついでにその女性は辺りを見回す。
そこらの木々には鋭利なもので抉った様な跡が付いており、その中の根本からへし折られた木に獣毛が残されているのを発見して、手に持っていた魔物の残骸を放り投げた。
女性は残された獣毛を手に取り観察する。
真っ黒な毛にゴワゴワとしたものがへばりついている。爪で剥がしてみるとそれは血が固まったもののようだ。
どうやらこの獣毛の持ち主も無傷とはいかなかったらしい。
そして地面へと視線を滑らせる。
「…あった」
森の奥へと続く血痕と足跡。
しゃがんで指で掬うとぬるつきがある。とすると、問題の魔物はまだ近くにいるはずだ。
足音を消して血痕を追った。
しばらくいくと目の前に洞窟が現れた。
けっして大きくはないが横幅があり、熊などの動物が隠れるにはほどよい大きさだ。血痕と足跡はそこへと続いている。
女性は剣を抜き、慎重に洞窟へと近付いた。音はない。気配は感じるから中にはいるのだろう。
どんな魔物か。
洞窟を覗き込んでも中は暗くて良く見えない。中へと入り奥へ進むと、小さな影を見つけた。
「…………人間?」
洞窟の中にいたのは人間だった。
黒い髪で、見たところ普通の青年。
血痕はその青年へと続いていた。
良く見てみると酷い怪我をしていた。
至るところに傷があり、特に酷かったのが目の近くにある引っ掻き傷と脇腹の裂けたような傷。血痕はその脇腹から滴るものだったらしい。
女性は辺りを警戒しつつ青年に近付くと呼吸を確認する。
浅いが呼吸をしている。
続いて怪我の確認。
手足の傷はほとんど治りかけており、目元の傷も血は止まっていた。問題は脇腹だ。そうとう深いのか血が止まるようすはない。
鞄から消毒液に針と糸、包帯を取り出して素早く処理をする。といっても応急処置のみなので急いで森を抜けて医者に見せなければならない。
包帯できつく縛っていると、何処からか鳴き声が聞こえた。
か細い声。
声の方向に目を向けると、洞窟のさらに奥、闇の中から小さな金色の光がこちらを警戒するように覗いていた。
◇◇◇
何処までも透き通る冷たい水のなかを空気を求めてもがいている。
苦しい、呼吸がしたい、と。
しかし目を開いても見えるのは透明の空間で、足元には闇がぽっかりと口を開けている。
上の方から光が差しているのに気が付いて必死になって水を掻いた。
早く。
早く。
息が持つうちに…。
そう必死に頑張っているのに、いつまでたっても光には届かず、むしろ光が小さくなっていく。なんだこれは、沈んでいるのか?
「!?」
その時、氷のようにヒヤリとしたものが足に絡み付いてきた。驚いて蹴ってほどこうとするが、それの底へと引っ張る力の方が強くて体がみるみるうちに沈んでいく。
黒い蛇のようなモヤだ。
それが足元の黒い穴から這い出てきて体に絡み付いて沈めようとしてくる。
ソレに対して底知れぬ恐怖が襲ってきた。
嫌だ!まだ行きたくない!
助けを求めて光に向かって手を伸ばすと同時に、黒が視界の全てを覆った。
「…おい、大丈夫さ?」
知らない声が気遣うように話し掛けてきた。
相変わらず目の前は真っ黒だが、数回瞬きしたところで、ようやく目の辺りに何か巻かれていることに気が付いた。
(包帯?なんで包帯なんか巻かれているんだ)
取ろうとして手を持ち上げようとするも、腕は途中で力をなくしてパタリと落ちた。
なんか、力入らないし。
「今無理に動こうとするな、酷い怪我だったんだから」
「………、…けが?」
声を出して更に驚いた。
酷く掠れている上に喋るのが辛い。
まるで長いこと声を出さなかったように。
「ちょっと待ってろ、今飲み物持ってくるさ。カリアさん!キリコさーん!黒髪のやつ気が付いたー!!」
声と共にバタバタと足音が遠ざかって静かになった。
今聞こえるのは小鳥の声だけ。
緑の匂いが強いから、森の中とは思うけど…。何となくクローズの森とは違う感じがした。
「具合はどうね」
「!」
しばらく外の音を聴きながら待っていると、突然すぐ隣から女性の声がした。
足音がした覚えが無かったからもしかしたらずっと近くに居たのかもしれない。
声の方向に顔を向けて答える。
「…えっと、大丈夫です。ちょっと力が入らないだけで」
「そう。痛まないなら良かったよ、薬が効いたかね」
「ありがとうございます。
………それでちょっと、訊きたいことが」
その時、再び足跡が慌ただしく近付いてくると、先程の声が「あ!」と言う。
「カリアさん、もう来てたんすか。探しました!」
「ちょっと、師匠。一言声かけてよ」
それともう一つ、少し若めの女性の声。
これも知らない声だ。
「ああ、すまんよ。でもこいつの連れが起きたってグイグイ引っ張るから」
「…じゃあ仕方ないわね」
誰だろう、まさかシンゴじゃあるまいし。
そこまで考えたところでツキンと頭が痛んだ。
(……………あれ?)
なんか、忘れているような気がするが、何を忘れているのかが分からない。
「水持ってきたんだけど、お前起きれるか?」
最初の声が近くまで来たので、一旦考えるのを止めた。
水という単語を聞いた瞬間物凄い喉の乾きを感じ、それと同時に気持ちが悪くなるくらいお腹も減っているのも感じる。
「多分、起きれると思います」
最初腹筋だけで起きようとしたが全く体が上がらない。仕方ないので両腕を使って起き上がる。だけどその動作すらひどく辛い。
なんでだ。
首を傾げ考えるが何も思い浮かばない。
筋肉痛なら分かるが…、それとも筋肉痛は酷くなると力が入らなくなるのか?
「その前に包帯とるか」
ちょっと失礼と言って最初の声が後ろへと回る。布ずれの音がした後に視界が明るくなり、少しずつ目を開けてみた。
始めは光が目に染みて痛かったが、数回瞬きをすると治まる。
まず最初に見えたのは黒猫だった。
とても綺麗な黒毛に金色の瞳をもった猫で、その猫がオレの膝の上に乗りこちらを見上げて『にゃあ』と鳴いた。
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