第3話
人参、玉ねぎ、ピーマン、鶏肉を切って炒める。そこにケチャップを入れて更に炒める。そして米をれて、馴染むまで炒める。
……炒めてばかりだ。まあ仕方ないが。炒めまくって出来たケチャップライスを皿に盛り、別のフライパンで卵を焼く。個人的に、トロトロの卵が苦手なのでフライパンいっぱいに薄焼きにする。後は、ペラペラの卵をケチャップライスに被せて出来上がり。
きっと、これが私がいっつも食べてるものだろう。
昔母と一緒に作ったもの。18でコンクリートジャングルに出て来る遥か前の懐かしい味。私が捨ててきた、家族の味。
これを作ったのはきっと、さっきあんな歌を思い出したからだ。
いずれ、とは思う。しかし、そのいずれがいつなのかは分からない。あの北の地に、この先戻ることは―
「―いい匂いする」
「ああ、おはよう」
あれから小一時間寝て起きたらしい。後ろ髪に寝癖がついていて、歩くたびに一部の茶髪がひょこひょこ揺れている。
「オムライスだ!久々だなぁ」
「自炊しないの?」
「やよいさんのご飯食べたら自分が作ったのなんか食えないよ、悲惨で」
料理に於いて、悲惨という単語が出るとは思わなかった。私だって、毎度大したものを作って出してるわけじゃない。家庭料理としてのレベルも普通くらいなものだろうに。
どう悲惨なのかはよく分からないけれど、フライパンを前に「あちゃー」という顔をした彼を勝手に想像して可愛いと思ったのは言ってやるまい。
「ここに来てない日はコンビニとか、先輩に食べさせてもらったりとか」
「ふうん」
先輩、というのは、仕事の先輩だろう。3ヶ月の間に彼がなんの仕事をしている人なのか知る機会はなかった。いや、知ろうと思わなかった、の方か。自分が自由業であるために、他人の職業に特に興味はないし、何より自分の職を説明するのが嫌だった。
「忙しいの、最近」
「ありがたいことに。なんで?」
「ううん」
当たりだった。曖昧な返事をして作っておいた大根の味噌汁を火にかけ直す。と、何やら彼が後ろから抱きついてきた。
「ねぇ、やよいさん」
「ん?」
「新婚さんみたいだね」
「……あと何人の女にそういうこと言うの」
思いつかずに中途半端な事を口走ってしまった。返事に時間を要したのは、自分が新婚という単語に引っかかってしまったからだろう。長い期間同じ人間と関わり続けることに苦痛を感じる私にとっては、結婚など無縁な話だ。
「……さあ、ね」
妙な間を開けて返事をした彼が何を考えているのかは私にはわからなかった。唇を重ねてきた彼の、ちらりと見えた顔がアンニュイで、それ以上何も言えぬまま彼は離れて行った。
「やよいさん、オムライスになんか書いてよ」
そう言った声は、生まれた妙な空気を壊すように明るかった。
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