第174話 新色ボケ
「まともに学園に行くの久し振りな気がする」
あさまを背負って山越え登校。
とりあえず服を着ていれば密着しても生気は吸われないようなのでそれは良かったのだが、学園が見えてくるにつれ、オレは嫌な緊張感を覚えずにはいられない。
この夫婦登校ちょっと目立つんじゃ。
「テスト受けてたのに?」
あさまの方はまったく気にする様子がない。
「……」
セクハラハンドと同性愛矯正の呪いでほとんど人に接触してなかったからなんですが、と言いたいのだが、ライバルを呪いまくって孤立してたこの妻にその皮肉はたぶん伝わらない。
邪魔が入らなくて嬉しいとか言うぜ?
「そち以外なにも見えぬようじゃの。初心にしてあの貪欲さ、妾の後継者に相応しい限りよの」
封印されるだろ。
「呪家の当主が封印されるなどありえぬこと」
抜け目ない指名だこの色ボケめ。
「こっからは歩くぞ」
学園前まで来たところで背中から下ろす。
「うん」
思いっきり腕を組んで、胸を当ててくるあさまは周りを見ていないようだったが、オレは嫌と言うほど刺々しい気配と視線を感じる。だれが仕掛けてきてもおかしくないぐらい。
「ね、正生」
学園の門をくぐりながらあさまが耳打ちする。
「休み時間とか、どう?」
「どう?」
朝っぱらからなに言ってんの?
「十分の休み時間が五回、あと昼休みが食事の時間を引いても四十分、きゅ、九十分あれば一回できるよ、ね?」
「その計算はおかしい。足せないから」
流石に言うしかない。
「そ、そっか。隣の席だから事実上、ずっと?」
「オレの話を聞いてくれない?」
どうすんだこの新色ボケ。
「妾と肩を並べるにはまだまだじゃがの」
おい、褒めてないからな旧色ボケ。
そのまま周囲の視線と殺意を集めながら進むと、昇降口には人だかりができていた。下駄箱の先の掲示板を見ようとみんな集まっている。
「なんの騒ぎだ?」
「各学年のテスト一位の張り出しだと思う」
あさまが言う。
「テスト一位だけ?」
「ランキング一位への挑戦権が与えられるから、ね。勉強の出来る学園生にとっては不確定要素の多い襲撃より、決闘で上位を狙うチャンスだもの」
「そういや、そんな話も聞いたな」
色々あって頭の片隅にも残ってなかったが。
「全先正生!」
喋りながら通り過ぎようとしていたが、だれかの一言で一斉に視線が集まった。なんとなくわかっていたがあの掲示板に注目してるのは要するに、オレへの挑戦権を狙ってる連中な訳だ。
「はい。全先正生ですが?」
声に答える。
「舐め腐った顔しやがって、僕が一人しこしこと勉強に励んでいる間も、そうやって女とべたべた楽しんでた訳だな? この色情狂が!」
人だかりを割って現れた男が指さし叫ぶ。
支給される白い学ランではなく、日本で普通に見かける黒の学ラン姿、黒髪をきっちりと撫でつけたオールバック、気合いが入っている。
背は同じぐらいだが、ちょっと細い感じか。
「高等科二年のテスト一位! この
「ごめんなさい」
オレは素直に謝っておくことにした。
言いがかりでもない。
「!? 否定しろ色情狂が!」
ハルトはなぜか勢いを殺されたようだ。
「否定すると嘘になるので」
オレは言う。
一夫多妻にべたべたしない自由はない。べたべたしつづけないと妻たちを満足させられないのだ。真剣に、必死だ。色ボケなんだぞ。
「勘違いしないで、正生は人類離れして性欲が強いだけ。間違っても狂ってはいないわ。むしろ狂わせているわ」
あさまさん、そのフォローは間違ってる。
「一位を奪われても、一位の女になって幸せか? 僕がもともと倒すつもりだったのはお前の方だぞ! この
「寿女、だなんて」
ハルトから明らかに罵倒されているように聞こえたのだが、あさまはなぜか赤面した。オレの顔を見つめてもじもじしている。密着度があがって、胸の谷間に腕が入ってますけど。
「まだ、おめでたかどうかは、ね?」
「ね、って」
この新色ボケ、重症だ。
しかし、あさまの発言で、野次馬たちの視線と攻撃的気配は強まった。「聞きたくなかった」「本当にあの野郎」「黒血ヶ原を応援しよう」「なんとしてもぶち殺せ」などと怨嗟の声が聞こえてくる。嫌われ街道一直線だ。
わかる。
オレがそっちの立場でもそう思うよ。
「だれが、結婚を言祝いだ!」
「ことほい?」
なにを言ってるんだ?
「祝いの寿ではない! 呪いの呪!」
「あ、あーっ! さっすが、学年一位、すげぇ」
理解力が半端ない。
「褒めるところでもない!」
オレの言うことはなにもかも気に入らないらしく、ハルトは苛立っている。バカにしてるつもりもないのだが、なかなか強い気配になってきていて、一触即発な感じだ。
「呪女? 呪女? わたし?」
そしてあさまが不機嫌な気配になっている。
「わかった、決闘な。それじゃ、今度」
ともかく立ち去ろうとする。
決闘に依存はない。強い相手とちゃんと戦えるのは経験を積む意味でいいことだ。だが、オレのチームメイトはまずクッキーな訳で、ここであさまを怒らせても怒りの矛先がどうなるか。
「正生の手を煩わせるまでもない」
引っ張ろうとしたオレの手をふりほどいて、
「わたしが戦ってあげる。今すぐにでも」
あさまは宣言した。
「……」
オレは溜息を吐いて頭を抱える。
ほら、面倒な感じに。
「一位でない五十鈴あさまに価値などない」
ハルトは満足げに言う。
こういう展開がお望みでしたか。
「精々、そうやって、おめでたでもなんでも慶んでいればいい。そうやって腑抜けている人間に、ヒーローなど相応しくないことを僕がそこの性欲人間に見せつけてやる」
「……」
色情狂をさりげなく訂正する優しさと、性欲人間という言葉のチョイス、オレは評価するぜ。性欲人間じゃないから答えないけどな。
「いいぞ! 黒血ヶ原!」
パチパチパチパチ。
「叩き潰せ! 遙人!」
だれかの賞賛の声と同時に、拍手が昇降口に広がった。思っていた以上に、オレはヘイトを集めていたらしい。ヒーローというより完全にヒール。自業自得とは思うが、哀しくもなる。
「くぬ」
あさまが凄い悔しそうだ。
「行こう、正生」
「ああ」
一位は狙われて当然。
それはわかっていたけれども、ここまで敵意を集めているとなると、ヒーローになってもあんまり人には好かれなさそうな予感がする。もともとテロリストの父親の死刑回避が目的だから、好かれる要素なかったと言えばそうだが。
嫌われ者とヒーローって両立するのかな。
「あの先輩って島では有名な人?」
人集りから抜けて、教室へ向けて歩きながら、オレはあさまに尋ねる。とりあえず戦うのは確定している訳だから、負けないように情報は集めねば。
「聞いたことない」
あさまは言う。
「少なくとも、わたしがマークしてた100位以内には一度も入ってきてないと思う。新しくチームを組んで上がってきたのか、実力を隠してたのか、どちらかでしょう、ね」
「実力を隠す意味は?」
オレにはよくわからないのだが。
「学園の生徒の年齢だと、身体が完成してないからそこまで前向きに戦闘しないことはよくあることなの。能力は見せれば見せるほど対策される面があるから、頭を使うなら、戦闘回数は最低限に抑えるのも一つの戦略」
「そっか」
オレみたいに回復する度に身体が強化されるんでもなければ、ランキングを勝ち上がる方法としてはむしろ合理的ってことか。
「正生、負けちゃダメだから、ね?」
「そりゃもちろん」
あさまの不安そうな顔に、オレは頷く。
「腑抜けてたつもりも、性欲人間になったつもりもない。勝って証明するよ」
「うん、子育ての費用、大事だから」
「それ……確かにね」
そういう意味ですか。
なんでこの妻はもうおめでたムードなんだ。
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