第159話 おかしいめ

「恥ずかしい水溜まりが出来ておる。出来ておる。そち、このままでは干からびてしまうぞ? 我慢できぬのか? 我慢できぬのか?」


「あ、ぐっ、ァアッ、ひァ、うぅっ」


 白蛇が体内で蠢く。声が抑えられない。


 身動きが取れなくなって、どれくらいの時間が経ったのか、途切れ途切れの意識が戻る度に、なぜか自分の側の色ボケに責め立てられる。


「……」


 無言で見てる白い女もアレだが。


「性欲が高まれば強くなれるのではないのか? のう? どうした? その様は? 妾の生きておった頃はこんなものではなかったぞ?」


 こっちのうるささと比べれば女神だろう。


「あ、あっ」


 また、おしっこを漏らした。


 白い髪が姿を変えた蛇たちが吊し上げた身体を吊して全身を刺激する。ざらりとした肌で脇や脚の裏を滑っていったり、耳の中に舌の形になった細い毛を差し込んできたり、口の中に入って喉の奥まで押し込んできたり、もちろん、女性器なんてまずグチャグチャだ。


「無様! 無様よの! ほほ」


 くっそ、色ボケ、楽しそうだな。


 女の状態でも白い獣になれると思ったのだが、むしろ逆だった。女の身体がそうなのか、間々崎咲子がそうなのか、オレがそうなのか、なんにしてもすぐに絶頂に達してしまう。


 男の性欲と女の性欲はたぶん違う。


 ヤりたいという気持ちを我慢すればするほど蓄積していく男の性欲に対して、女のの性欲はヤってもヤってもあまり尽きないが蓄積もしない。


 サラッとしてるのだ。


 男の性欲が羊羹みたいなものだとするなら、女の性欲は心太みたいなもの、意識としては男のままの獣を呼び出すにはカロリーが足りない。


「うまくないぞ?」


 辛辣な批評は要らねぇよ。


「勇者を誑かす、女」


 ぐったりしたオレに、白い女が言う。


「勇者に永遠の忠誠を誓え、女」


「!?」


 頭の重さが戻ってくる。


 首から上を動かせるようにしたようだ。オレは首を振る。快楽には屈してるが、男に戻る、その確実に近づいてくる逆転の可能性があるので、オレはまだ気持ちを保てている。


「まだ耐えるか、女」


 白い女は濡れた蛇を束ねて太くする。


「あれは、そちも壊れるぞ?」


 うるさい。


「かつての女より骨がある、女」


 また首が固まる。


 なんとなくだが、この場所の意味がわかってきた。勇者本人はたぶんコイツの本性を知らないのだ。妻とか言ってたのが本当かどうかは知らないが、大事な人間を守るための場所に一緒に入れておこうぐらいの感じだろう。


「あおっ、おおおおっ」


 極太の白蛇が身体を半分に割くように進入してきて、オレは激痛に耐える。少し進んで、少し戻る。ざらざらしたのが引っかかって、中を刺激して、意識が飛ぶ。何度も飛ぶ。


「ひう、ひ」


 蛇は毒液を吐いた。


 まただ、目眩のような、頭の中をかき回される。思考力が死ぬ。気持ちよさだけがくっきりと切り出されて、全神経が悶える。汗が噴き出す。涎と涙、ありとあらゆる汁が吊された足の先へ集まって流れ落ちていくのを感じる。


 痙攣するように、全身が震えて止まらない。


「妾、あの者と友達になりたいの」


「ニーヤーっ」


 色ボケの声に被って、室内に響いた声。


「もういいよ。もう」


「甘い、ライラ」


 白い女はそう言いながら、オレを縛っていた白蛇を引っ込める。べしゃっと水溜まりに落っこちたオレは、天井が開いて、巨大な手がオレをつまもうと指を伸ばしてくるのを見る。


「えいっ」


 つままれてひょいと外に出される。


 されるがままに空中を回転しながら、オレがみたのは、今までオレがいた部屋が人形遊び出使うような小さな家の一室である光景だった。飛び出した勢いのまま、床に転がって、自分の大きさがわからなくなる。周囲が異様に大きかったり小さかったりはしない。


「ご、ごめんなさいっ」


 仰向けに転がったオレに頭を下げる女の子。


「……」


 謝るタイミングが手遅れすぎる。


 完全に腰が抜けてて動けもせず、オレは小柄な女の子に支えられて、椅子に座る。女の部屋を出ると女の部屋、なんのマトリョーシカなのわからないが、こちらは普通に色彩がある。


 しかも広くて豪華だ。


「ライラ・アルフといいます」


 パタパタとタオルを手渡して女の子は言う。


「……」


 オレは無言で受け取って身体を拭く。


 ま、可愛い子なんだ。


 睫毛が長くて、目なんかパッチリ、丸顔で、たれ目で、優しそうで、人形みたいで、お嬢様と見ればわかるような服を着ている。滑らかな肌に、艶やかなブラウンの髪、背は低いけど、おっぱいは主張するぐらい大きい。


 幼い感じだが、身体は成長しきってる。


「なんであんなことに?」


 しかし、可愛い子に優しくしたいオレでもさすがに不機嫌になる状況ではある。誘拐されて監禁されて陵辱された。情状酌量の余地はもうないと言って過言ではない。


「ニーヤーは、ライラのともだちです」


 ビクビクしながらもライラは口を開く。


「うん」


「ライラは、うらないしです」


「占い師?」


 オレの問いかけにコクと頷く。


「ライラは、うらないでせかいをすくうゆうしゃをみつけ、まじんのニーヤーがけいやくによってちからをあたえています」


「で?」


「はい。ニーヤーはゆうしゃにちからをあたえるかわりに、けっこんするやくそくをしました。なので、ゆうしゃがほかのおんなのこをみるとしっとでおかしくなります」


「おかしかった」


 かなり嫉妬深い。


「なんにんかのおんなのこがおかしいめにあって、にげだしました。ゆうしゃはにげだしたこまでおいかけないので、それでニーヤーはまんぞくします。さきこさんもにげてください」


「そっか」


 たどたどしいが、内容は理路整然としてる。


「じゃあ、逃げるわ、って逃げられるか!」


 オレはタオルを床に叩きつけた。


「いっ!?」


 ライラが震える。


「別にきみに当たるつもりもないんだけど、友達だとか言われたからって、逃げて終わりにするつもりなんてないよ? ニーヤー? そこの人形のお家を叩き潰せば死ぬのかな?」


 オレはキャビネットの上に置かれた家を見る。四角い箱が十字に組み合わさって、少し宙に浮いたなんだか不思議なインテリアだが、大きくなってしまえば壊せない感じでもない。


「ご、ごめんなさい。ニーヤーに、にんげんのぜんあくとかはないのです。わるいのはライラです。しかるならライラをしかってください」


「叱る? 潰したいんだ」


 向かっていくオレにすがりつくライラ。


「ライラがだめだっていわれてたのに、まじんのふういんをといちゃったから、だから、わるいんです。しかってください」


「あーっ!」


 ムシャクシャする。


 なんでオレが悪人みたいな感じなんだ? 


 そもそも勇者が勝手にパーティを送り込んで襲撃してきて、それを返り討ちにしたら、襲いかかってきて女にされて、あさまとデート中に誘拐されて、それで尻の穴まで犯されて、そこまでされてなんで相手が女の子だからって罪悪感を覚えなきゃいけないんだ。


「なら、叱るよ」


 オレは振り返る。


「はいっ」


 ライラが首をすくめた。


「見てたんだよね? 中の様子」


「ライラは、ニーヤーのすることがこわいので、ベッドでまるくなってました。でも、いつもはもっとはやくおんなのこがにげるので、さきこさんはじかんがながくてしんぱいになって」


「見てなかったんだ」


 叱れない。


 潤んだ目で、不安に耐えながらこちらを見つめてくる人形のような女の子の、純真無垢さに完全にオレはやられていた。勢い任せに怒鳴ったり詰ったりしてもこっちの気分が悪くなるだけだ。


 ああもう、理不尽。


「性欲もまるで感じぬしの」


 色ボケも反応しない。


「妾は苦手じゃ、このような娘」


 いっそもっと小憎たらしいのが出てこいよ。


「ああもう、なんだ。えーと、占い師なら、ワタシを占ってくれない? それでなんかチャラってことにしよう。チャラになってないけど」


 なに言ってんだオレ。


「わかりました。ライラうらないます」


 女の子がとてとてと準備をはじめるのを見つめながら、オレは深い溜息を吐く。酷い目にあったが、忘れよう。だれも見てなかったのなら、だれも知ることはないだろうから。


 ただし、勇者には責任を取らせるが。

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